そして、その扉は開かれる ②
そして、普段の彼女からは想像できないスピードで歩いた玲子はくだんの店の前に立ったところで問題が発覚する。
実を言えば、玲子はこのような店に入ったことがなかった。
いや。
正確にいえば、ひとりで入ったことがなかった。
仕方がない。
まずは敵情視察。
そう決心し、とりあえず中を確認しようと考えたところで更なる問題が発覚する。
外から中が伺えないのだ。
そう。
この古風な店のガラスは小さいうえにすべて茶色。
もちろん顔を思いっきり近づければ見えるかもしれないが、それでは自分の怪しげな行動が中の人からは丸見えとなる。
それは即笑いものになる。
当然できない。
「意気地なしの私」
玲子は自分を罵ったものの、それで状況が改善されるわけではない。
これまでの彼女ならここで諦め、ブツブツと独り言を言いながら妄想し、すべてを自己完結させていたことだろう。
だが、今日に限ってはどこから湧き出してきたのかはわからぬ、というか、あったどうかもわからぬ勇気をひねり出し、ドアノブに手を掛ける。
まあ、それだけ聖護院修代がどのような男と逢引きしているか興味があったともいえるのだが、とにかく女子高生の下世話な好奇心が大いなる不安に打ち勝った瞬間だった。
なんと言われようが、これは偉業だ。
それとも、偉大なる第一歩か。
などと、訳の分からぬ妄言を心の中で呟きながら、人生で初めて、ひとりでチェーン店以外の喫茶店に入った玲子の視線にまず飛び込んできたのは、二十代後半と思われるマスターらしき男性。
ハッキリ言っていい男。
そして、ハッキリ言わなくても私の好み。
一応言っておくが、これでも私は女子高生。
カッコいい男子が大好きだ。
ただし、クラスで人気の某生徒のような軽さを売り物にしている顔だけ男は好きではない。
あくまで、スマートで落ち着きがあり、かつ理知的という付帯条件が付く。
そう言う点では、このマスターは私の条件を完璧に兼ね揃えている。
たぶん。
玉石混交的情報をつけ加えながら誰に対してかわからぬ長い説明で自らの好みを語ったあとに玲子はこうつけ加える。
まあ、こういう男性には当然それなりのパートナーがいるのだろうけど。
続いて、目に入ってきたのは……。
黒猫の置物。
ではなく、本物の黒猫。
カウンターの上で姿勢を正すその黒猫がこちらを見ている。
はて。
玲子はそのような法律や条例にはまったく詳しくないが、このような店で動物を飼っているのは問題にならないのだろうかと考える。
「……まあ、ネコカフェというものがあるのだから、猫は特別に許されているのかもしれない。きれいだし。私も許す」
行ったこともないそのネコカフェとやらを引き合いに出して玲子は自らの疑問を手際よく完結させたところで、マスターらしき男性が声をかけてくる。
といっても、その男が口にしたのはごく当たり前の「いらっしゃい」という言葉だけである。
だが……。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」