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身代わり宮の明玉 九

 汀良王は影から連絡を受け、後宮へと向かう。


「身代わり宮で怪しい者……木に登って周囲を伺う者……おなごのような衣服……」


 侍従の徳膳が頭に思い浮かぶ御仁は、もちろん明玉である。


「まさかとは思いますが……」

「代妃だと?」


 汀良王は口にしながらも、流石に違うだろうと思っていた。風にでも飛ばされた衣服が木に引っかかっているのだろうと。

 身代宮の表門を潜り、庭の柿の木を見上げるまでは。


 というわけで、着地を悦に入って決めている明玉に、汀良王の口から漏れた。



「おい、猿」

「……」


 明玉はその声に聞き覚えがあった。

 そして、状況的に自身が不利であると分かっている。不利であるときの逃げ口上は、相手に一言たりとも横やりをさせぬように喋り続けることだ。


 人のいい父親の宿敵、詐欺師にはそうやって対処してきた。


 明玉は息を密かに吸い上げる。

 そして、ガバっと顔を上げると躊躇なく口を開く。


「御上におかれましては、遠路はるばる身代わり宮へお越しいただき、嬉しく存じますわ。労い膳に労い金、一カ月の休宮とお気遣いいただき、感極まり暇を持て余すほどにございます。さらに、御前の名誉までこのようにあるなんて、冥土の土産にもなりましょう。クワバラクワバラ。御前の名誉、きっと多くの代妃も望んでおりましょう。しかーし、代妃方々が床にふせっておられます。新参者の私めができることはお見舞いだけにございましょう。辛辣舐めるような身代わりへのお見舞いときましたら、甘さ広がる物と考えまして、庭の柿の木が目に留まりました。渋抜きをして、干し柿をお配りしようと思うに至ったのです。はやる気持ちのあまり、カポカポ靴を脱ぎ捨てるという暴挙をおかしてしまいました。後宮代妃として、なんと罪深き行いだったと、この明玉しっかり部屋にて謹慎し、干し柿を真心込め作り、もちろん雨漏り修理の方々にもお裾分け致しますれば、平に平にご容赦を。では、部屋にて自身を戒めようと思います」


 相手が明玉の口上の内容に頭が追いつかない隙に、逃げるが勝ち。明玉は平に平にと発するあたりから、ズザザザザと汀良王から距離を取っていた。


 事ここに至って、明玉は勘違い甚だしい。

 明玉にとって、木に登ることより、高履きを脱ぎ捨てることの方がいただけないと思っているあたりがだ。


 明玉は踵を返し、柿の籠をむんずと抱えるとバビューンと部屋に消えていった。


 そして、残される汀良王とその他人々。


「……」


 皆が無言で汀良王を窺っている。


「カポカポ?」


 汀良王の視線は明玉が消えた屋敷に向かっており、逃げ口上の一部を口にしていた。

 桟橋仕様の道に脱ぎ捨てられた高履きが所在なさげに転がっている。


 ……シュールの光景だ。




 明玉は冷や汗を背中に流している。


「おい」

「はひぃーん!」


 汀良王に声をかけられ、明玉は名馬の如く反応する。


「猿の次は馬か」


 汀良王の侍従がグッと喉を鳴らす。きっと、笑いを堪えているはずだ。


「ヒヒィーン」


 明玉は素早く反応した。

 そして、『ヤラカシタ』とも瞬時に思うが、後の祭りである。


 控える侍従や女官らが、辛抱できずに噴き出した。


「も、もも、ももも」

「桃?」


「申し訳ありません!!」


 明玉は勢いよく頭を下げた。


 ゴンッ


 思いっきり机に頭を打ちつける。

 机に準備された茶器がガチャンと跳ねた。


「おい、落ち着け」


 汀良王が突っ伏す明玉に言った。


 部屋から中庭に呼ばれた明玉は、現在、汀良王とお茶を嗜んでいる。

 所謂、茶会だ。


 逃げ口上では逃げられぬのが、後宮である。

 連れ戻された明玉は、汀良王と対面にてお茶をする名誉を賜ったのだ。


「どうか、どうか、打ち首だけはご容赦を!」

「木登りで打ち首などするわけがなかろう!」


 明玉はバッと顔を上げる。


「では、毒杯ですか!?」

「だから、木登りで毒杯なわけがなかろう!」


 明玉はプルプルと震え出す。


「つまりは、カポカポ靴を履けぬように両足切断!」

「お前、耳はついているのか?」


 明玉は両手で両耳を押さえる。


「み、耳でございますか!? 耳なし……打ち首よりましですね。……あの、初めてですから、優しくしてください」


 汀良王のこめかみに青筋が立った。

 汀良王が、両手を伸ばし明玉の両手を払いのけ、両耳を掴み引っ張る。


「よく聞け!」

「痛いです、初めての耳削ぎなので優しくしてくださいまし」


「打ち首、毒杯、切断、削ぎはしない。復唱しろ!」

「打ち首、毒杯、切断、削ぎはしない……え!? しないの?」


「しないと言っておろうが!」


 汀良王が若干息を切らす。


「落ち着いてくださいませ」

「こっちの台詞だ!」


 汀良王が身を乗り出して、明玉にゴンッと頭突きを食らわした。


「イテッ」

「クッ」


 互いに額を擦る。


「石頭め」

「そっちこそ、あっ、ヤベッ」


 明玉は素早く突っ伏す。


「も、もも、ももも」

「座れ、茶を飲め、復唱しろ」


 汀良王がすぐさま命令した。

 この流れでは、最初に戻ってしまうからだ。


「座れ、茶を飲め、復唱!」

「よし、言葉通りにしろ」


「承知しました」


 明玉は、椅子に座りお茶をグビッと飲んだ。

 背後から、凄い圧を感じ、明玉はチラリと振り返る。


 花鈴がカッと目を見開いて、明玉を凝視している。


 明玉は、目をたぶん百回ほど瞬いた。

 花鈴も負けずと、瞬き返す。


「問題ない。茶の飲み方など気にしない」


 汀良王が大きなため息をつきながら言った。

 そこで、明玉は花鈴の無言の圧を理解する。

 さっきのグビッと飲みを注意されたのだと。


「蓋を少しずらして、おちょぼ口でフゥフゥ、香りを楽しんで、頬を緩めて感嘆吐息、ちょびっと口をつける。後宮のお茶の飲み方って、面倒くさいわぁ……あっ」


 明玉は花鈴だけでなく、汀良王からも圧を受ける。


「もう、そろそろ、猫をかぶれ」


 明玉は振り返って口角を上げる。

 最大限の作り笑顔だが、目の当たりにした汀良王は天を仰いだ。


 明玉の作り笑顔は不気味過ぎるのだ。


「……扇子を」


 侍従の徳膳が『御意』と言って下がる。

 すぐに戻ってきた手には扇子。


「これを使え」


 汀良王が明玉にポンと扇子を渡した。

 明玉は小首を傾げる。


「扇子を使ったことはないのか?」

「ぎょ」


「魚?」


 明玉は侍従を一瞥し、決意みなぎる表情で口を開く。


「御意!」


 扇子で汀良王を扇ぐ。

 瞬きのような速さで懸命に。


 汀良王の整った御髪がちょいと乱れるほどに……。


「止めよ! 復唱!」

「止めよ、承知しました! もう涼まれましたか?」


「……ハァ」


 汀良王がため息をつく。

 そりゃそうだ、扇子で扇いでほしいわけでなく、扇子で作り笑顔を隠せの意味だったのだから。


「もう良い、疲れた。行くぞ、徳膳」


 汀良王が立った。

 明玉はもちろん……土下座する。


「懲罰を」


 汀良王が、また天を仰いだ。


「……代妃明玉、そちに懲罰代わりの役目を命じる」

「はい、謹んでお受けいたします!」


 明玉はゴクンと喉を鳴らす。


「干柿作りだ。最高の品を我に納めよ」

「っ!」


「復唱しろ」

「干柿作り、最高級品!」


 明玉はここでやっと顔を上げた。

 そして、図らずも汀良王と視線が重なる。


 明玉は茶会で汀良王を目前にしても視線を合わせなかったのだ。


 明玉の頬が緩む。

 ふにゃりと笑うその顔は、作り笑顔とは違うが、この後宮では相応しくはない。枕によだれでも垂らしていそうなほど緩んでいる。


 汀良王がまたまた天を仰いた。

『だめだ、これでは』的な、ある意味目眩すら覚える状況である。


「御上に献上する最高級の干柿作り、賜りました!!」


 明玉は意気揚々と宣言した。

 そして、はたと気づく。


「最高級の干柿以外は、どうすれば?」


 明玉の瞳はキラキラと汀良王に向いている。

 つまりは、貰えるのかとの期待だろう。


「代妃らに配ればいい。……いや、待て。一級品も納めよ。それ以外は好きにせよ」

「かしこまりました!!」


 明玉は扇子を手に掲げ、汀良王へと差し出す。

 汀良王は、扇子を掴みかけるがギュッと手を握って引いた。

 

「……扇子はやる。使え」


 汀良王から、明玉は干柿作りと扇子を賜ったのだった。

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