表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/64

身代わり宮の明玉 八

「飽きた」


 後宮生活一週間にして、明玉はそう呟いた。

 毎日、何もしなくてもいい生活に、三日目まで極楽に感じたものの、四日目からは手持ち無沙汰になり、五日目には裏山を駆け巡りたいという衝動にかられ、六日目には継ぎ接ぎ服に身を包みたいと思い、七日目となる一週間で明玉は後宮生活を『飽きた』の一言で総括した。


 花鈴が訝しげに明玉を見る。


「お食事ですか? 衣装ですか? 部屋にですか?」


 飽きた対象を確認しているのだ。


「全部。後宮生活に飽きたわ。やることがなさすぎて」

「やること……身代わり宮ですので、やることがない方が幸せかと」


 后妃の身代わりで懲罰を受けない方がいいはずなのだ。


「身代わり以外に役目ってないの?」

「身代わり以外は優雅に暮らせるのが、代妃の役得なのですよ」

「優雅って退屈なのね」

「では、ついででございますれば、後宮の役割分担をお話いたします」


 花鈴がコホンと咳払いして、口を開く。


「後宮の主たる后妃は、後宮の儀礼祭礼をする役目がございます」


 後宮の儀礼祭礼、生活に関する全般は女官や官女の働きによって行われているが、それを指示して動かすのが后妃になる。

 后妃は、最初の命令と最後の確認。そして、儀礼祭礼、宴など表舞台で立ち振る舞う。


「后妃は表の役割を担います。裏方的役割を嬪妻四佳人が担います」


 本来なら、嬪妻四佳人は后妃誰かの傘下に入るのだ。つまり、それが後宮の勢力図にもある。

 重要な儀礼祭礼の準備を后から任されれば誉れとなる。

 后から正妃、正妃から嬪へ、嬪は妻に指示し、四佳人が動き、女官や官女末端までに指示が通るのだ。

 明玉は小首を傾げる。


「代妃は?」

「表舞台にも裏方にもなりえます。正妃の代わりに儀礼祭礼に出ることもありますし、現在のように嬪妻四佳人がいないときは、裏方も担うのです」


 そこで、花鈴がひと息つく。

 他の代妃の部屋を慮るように視線が動く。


「現在、嬪妻四佳人はおりませんので、中間である代妃がその役を担うことになりました。ですが、皆様床にふせっており身代わり宮の女官が代わりをしております」

「身代わりが代わりをして、さらにその代わり……何がなんだか」


 明玉は呆れる。


「つまり、現在この身代わり宮の最高権力者は、明玉代妃になります」

「は?」


 明玉は目を瞬いた。

 確かに、他の代妃が皆床にふせっている現在、明玉しか女官や官女に指示できる立場の者はいないわけだ。


「とはいえ、入宮したばかりの明玉代妃に、後宮の儀礼祭礼はわからないでしょうし、後宮裏方への指示もできないかと」


 明玉はウンウンと頷く。


「他の代妃に早く完治してもらわなきゃ」


 明玉の言葉に、花鈴が微笑む。


「何かしら、お見舞いの品を見繕うとかはどうでしょうか?」

「それは良いかも! ……よし、庭に行くわ」


 花でも見繕うのだと花鈴は思っていよう。

 だが、明玉の目的は別にあった。


 回廊に出た明玉は、身代わり宮の中央にある庭を眺める。

 板張りの道は桟橋のようになっており、中央の広場から放射線状に伸びて、屋敷と表門へと続いている。その道の狭間に見事な花が咲き乱れる。それぞれの狭間に趣があり、見飽きない。

 所々に風流な設えの机や椅子。小川が流れていたり、石庭であったり、それはもうそこに妃が佇んでいたら絵になることだろう。


 だが、この庭を楽しむ妃らは床にふせっている。明玉を除いては。


「さあ、明玉代妃、参りましょう」


 花鈴が明玉の手を取る。


「身代わり宮にいるときくらい、添え手なんて必要ないわ」


 明玉は花鈴を置いて、カポカポと高履きを鳴らしながら歩き出した。


「……後宮に召されたばかりの后妃は、この高履きに慣れるまで一年はかかると言われています」

「確かに、これで走るには相当の鍛錬が必要よね。頑張ってみるわ」

「いえ、そうでなく……ハァ」


 花鈴が説明するのも面倒になったのか、ため息をつく。


「大丈夫よ。一年なんてかけないわ。こういうの慣れだってことくらい分かるもの」


 明玉は高履きでスキップしだす。


「明玉代妃! 危のうございます!」


 花鈴が明玉の腕をガシッと掴み、スキップを止めた。

 花鈴の恐ろしい顔面に明玉は引きつり笑いを返す。


「へへ……あ、そうだ。籠はある? 見舞いの物を入れたいから。九人分のお見舞いだからね」

「そうでした。籠が必要ですね。取ってきますから、そこの椅子でお待ちを」


 花鈴が屋敷に引き返していく。


 明玉は花鈴が屋敷に入るのを見届けると、高履きを脱ぎ捨て中央の広場まで移動した。

 庭に日陰を作るため、中央には小高い木が植えられている。


「あの尖った形状は、渋か半渋」


 明玉は木になった実を見上げながら、口角を上げた。

 上着を脱ぎ椅子にかけると、髪飾りのリボンを解き、裳の裾をたくし上げて結ぶ。


「一人二個ずつとして、二十個ぐらいは欲しいわね」


 明玉は木に手と足をかけ、野猿のようにスルスルと登っていく。


 その光景を、屋敷から出た花鈴が目を見開いて見ることになった。手にしていた籠をボトンと落として。


「明玉代妃ぃぃぃぃぃぃ!!」


 それはもうとんでもなく大きな悲鳴で、屋敷のあちこちから女官らの顔が出る。

 そして、木の上の明玉の姿にポカンと口を開けて固まった。


「花鈴、下で受け止めてね!」


 明玉は柿の実を取ると、青褪めて木を見上げる花鈴に落とす。


「ヒッ」


 花鈴は柿の実を避けた。

 柿の実が板張りの広場を転がる。


「花鈴、籠は? 籠で受け止めて!」

「明玉代妃! 下りてください!!」

「えー? まだ柿の実を取らなきゃ」

「すぐに! すぐに! 下りてくださいまし!」


 明玉は仕方がないとばかりに、木から飛び下りた。

 綺麗な着地を決めた明玉に花鈴が卒倒しそうになる。


「何?」

「な、な、な、なっ」


 花鈴は上手く言葉が出てこないようだ。


「干し柿をお見舞いの品にするわ。花鈴は、下で柿の実を籠で受け止めてね」


 言うやいなや、花鈴が止める間もなく明玉は木に登った。

 花鈴の膝が崩れ落ちる。


「あらま」


 明玉は木の上から花鈴を見て呟いた。


「うーんと、じゃあ裾にでも入れて」


 楽しそうに、明玉は柿の実を収獲する。

 下を見ると、花鈴以外にも女官がわらわらと集まってきた。

 明玉は、これ幸いにと柿の実を落とす。


「受け止めて!」


 女官らがてんやわんやしながら、柿の実を受け止めたり、転がった柿の実を追いかけたりと、明玉は楽しくて仕方がない。


 爽快な気分になって、周囲を見渡す。

 微風が頬を撫でた。明玉は大きく息を吸った。


「やっぱり、木登りは楽しいわ」


 眼下には『碧月城』。広大な王宮の果ては見えない。


「……あれは」


 明玉の瞳に映ったのは人。


「屋根守りかしら?」


 視力のいい明玉は、王宮の……否、汀良王の手の者を視界に捉えていた。いわゆる、姿を見せぬ影の侍従や密偵は屋根に身を潜めている。


「これだけ大きい王宮だもの、雨漏りの修繕は必須よね」


 完全に誤解している明玉である。


「干し柿ができたら、お裾分けしようかしら」


 そこで明玉は余分に柿の実をもぐ。たくし上げた裾に数個入れてから、躊躇なく飛び下りた。

 かけ声を発しながら。


「ヒャッホッホーイ!」


 着地は決まった。華麗に決まった。

 明玉は悦に入ってポーズを決めるほど。


「宙を流るるは青龍の如し、羽を広げるは朱雀が如し、地を踏む脚は白虎の如し、ぶれぬ芯は玄武が如し」


 決め台詞とともに。


「おい、猿」

次回更新1/5

5,10,15,20,25,30日毎更新予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ