身代わり宮の明玉 七
「水苦の刑、水落の刑、水瓶の刑。これが水に関する刑です」
花鈴が、明玉に説明する。
後宮十刑を教えているのだ。
水苦の刑は然り。水落の刑も字の如く。水瓶の刑は水がいっぱい入った瓶をずっと持ち続ける刑だ。
「それから、打、つまり、叩きに関する刑は、枝打ちの刑、鞭打ちの刑、棒打ちの刑、板打ちの刑。こちらは、一見板打ちが重いかと思えますが、影響が続くのは」
「枝打ちでしょ」
明玉は花鈴が言う前に答えた。
花鈴が少しばかり驚く。
「板打ちは、板面が広いから、思ったほど痛くないはずよ。枝打ちは、自然に生えている枝だと、真っ直ぐ加工されているわけじゃないから、言い換えれば『棘のある細い棒』で打たれるようもの。それもしなるから、かなり痛いのよね、枝先が肌に食い込めば化膿だってするわ」
明玉は、裏山で足を引っかけ、しなった枝に打たれた経験がある。端梁の大きな手で尻叩きされるより痛いと経験済みだ。
「ご明察恐れ入ります」
花鈴が感心して言った。
明察でなく体験済みからの教訓であるが。
「続けます。打に関しては、尻叩きが一番多く用いられます。次いで、ふくらはぎになりましょう」
「衣服を着ての刑で合っている?」
花鈴が頷く。
「基本、后の女官より刑が執行されますが、打に関しては内官が行なう場合があります」
「御上以外に肌はさらせないし、女官が棒や板を振り下ろすなんてできないってこと?」
「はい。女性の細腕では、一計ならまだしも、百計は無理です」
「百回も振り下ろす作業をしていたら、次の日には筋肉痛よね」
花鈴が微妙な顔つきになる。
明玉は百回程度の素振りなど簡単だが、女官なら二桁にたどり着けまい。筋肉痛以前の問題なのだ。
「内官を呼ばず、女官による枝打ちの場合がご指摘のような惨状になりえます」
化膿して目もあてられない状態になるのだ。
「でも、流石に百計まですれば、どの打も重症になるわね」
明玉は言いながら頷く。
「それで、残り三刑は?」
「まずは、不動の刑。命じられた姿勢で動かずにいることです」
明玉はこの前の水苦の刑でのことを思い出す。
「御上もこの前命じたってやつね!」
「はい。中腰で一刻待機でしたね。多いのは、膝つきで半日待機でしょう。数日は動けなくなります」
花鈴が膝を無意識に撫でた。
「経験が?」
花鈴が曖昧に笑む。聞かれたくないようだ。
「他の刑は?」
「形動の刑。命じられた動作を繰り返す刑になります」
明玉は小首を傾げる。
「不動とは反対に、ずっと動き続ける刑です。ほとんどは三歩一拝、三歩進んでひれ伏して一拝という形を、千回続ける、陰宮を十周する、そのような感じで指定されます」
「なるほど、確かに不動とは反対になるわね。それで、残りは?」
「三絶の刑。食べること、飲むこと、寝ることを禁止される刑です」
明玉は引きつり笑いを浮かべる。
「それは最も重い刑ね」
「いえ、後宮十刑ほど軽いものはありません。罪にもならぬ失態へのお咎めですから。本当に罪をおかせば、后妃であってもその地位から失脚し、本当の刑が執行されます」
「確かに、お茶をこぼしたからって罪になるわけないわね」
「はい、その通りです」
花鈴がそこでひと息つく。
「そして、身代わり妃の身代わり代金ですが」
明玉の瞳が爛々と輝き出す。
花鈴が若干引きつりながら続ける。
「給金の他に、後宮十刑の身代わり代金があります。身代わりを頼む后妃が負担しますが、刑の重さにより代金は違いますし、上乗せ金がある場合も」
「私のようにね!」
明玉は花鈴の言葉に被せるように言った。
「身代わり妃の給金と、身代わり代金と、上手くやれば上乗せ金。グフフフフ」
それは、もう悪徳何かしらのような明玉の表情に、花鈴が完全に引いている。
「身代わりの妃として、頑張って稼がなきゃ!」
「あの、意気込みの方法が違うように思います」
花鈴が頭を抱えた。
「明玉代妃、身代わりは懲罰だけではありませんからね」
「ほとんど懲罰の身代わりなんでしょ?」
「極たまに、茶会や宴の代わりを命じられることもありますし……正妃と本当に入れ替わる場合も。正妃が失脚し、代妃が正妃へと昇格することもありましょう」
花鈴が、明玉をやる気にさせるためにそう発したが、明玉は不満げに口を尖らす。
「稼げないじゃない」
「はい? ……給金は代妃より正妃の方が多いですよ」
「それくらいは分かるけれど……正妃って面倒くさそうだから」
「……面倒くさそう?」
「后のご機嫌伺いとか、御上の相手とか、茶会や宴だってそう、面倒だわ。こんなきらびやかな衣装も、着てみて分かったけれど、動きづらいしいっぱい決まりもあって、やっぱり面倒。懲罰の身代わりの方が簡単だわ!」
花鈴が唖然としている。
ほとんどの代妃は、正妃と入れ替わることを望むものだ。それを、明玉は面倒くさそうとのたまった。
后のご機嫌伺いはともかく、御上の相手を夢に見、茶会や宴、着飾ることこそ後宮の誉れであるのに。
「ねえ、花鈴。後宮十刑の講義は終わりよね?」
「まあ、はい」
「昼餉をいただきたいわ」
明玉は鼻をスンスンと嗅いでいる。
先ほどから、美味しそうな匂いが漂ってきている。身代わり宮には、専用の厨房があるのだ。
「もう、昼餉の時間になっていましたね」
「昨日の労い膳は、ほっぺたが落ちたわ。今日の朝餉は蒸し鶏入りの絶品粥だったし、飾りつけられた副菜に、果物まで……やっぱり素晴らしきかな後宮よね。素潜りで魚を取ったり、野山で狩りをしなくてもいいし、開墾をして穀物を作ったりしなくていい、切れ味最悪の包丁で叩き切るように調理もしなくていい! 雨漏り酷い廃院寸前の屋敷を辛うじて保つために、屋根に上って修繕していたのが懐かしいわ。私、妃にでもなった気分よ」
気分じゃなく、実際に妃だ。
花鈴の脳内は明玉の発言を理解できない。
「花鈴、どうしたの?」
明玉は小首を傾げる。
花鈴がハッと意識を戻し、明玉の発言はそら耳だったのだと自身を納得させる。
「コホン、では確認致します」
花鈴が手を出す。
後宮十刑を、明玉は紙に記していた。
照れながら、明玉は花鈴に紙を差し出す。
妃として、文字が書けるのか、その文字の美しさ、筆跡の確認である。
*後宮生活充実の刑*
水苦の刑ー洗顔
水落の刑ー沐浴
水瓶の刑ー鍛錬
枝打ちの刑ー血みどろ痛金貨
鞭打ちの刑ーヒリヒリ痛金貨
棒打ちの刑ー激痛ガッポリ金貨
板打ちの刑ー兄の平手痛金貨
不動の刑ー休憩
形動の刑ー散歩いっぱい
三絶の刑ーひもじい
花鈴が遠い目をする。
「自慢じゃないけど、字だけは美しいって、へへ」
確かに明玉の字は美しい。だが、そこじゃないと、花鈴は思うのだった。
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