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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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身代わり宮の明玉 二の三十一

「うっうっ……」


 俯く明玉から嗚咽のような声が漏れた。

 やっと、明玉をやり込められた、と后はご満悦である。明玉を快く思っていない正妃代妃らもほくそ笑む。


 明玉は胸を押さえ、息を整える。


「明玉代妃、皆の優しさに感動し嗚咽まで漏らすとは……フフッ、ここが華咲き誇る後宮であると、実感したのじゃな。いいのえ、今までのことは、何も気にしていないわぁぁ。さあ、感謝の意を述べるといいわ、跪き頭を地につけてぇぇ」


 なんとも陰湿な言い方である。

 明玉はゆっくり膝を曲げていく。

 后や正妃代妃らが、嬉しげに明玉の様を見ている。


「……うっ、うっ、うっしゃあぁぁぁぁ!」


 明玉は屈伸からの見事な跳躍を披露した。

 拳で天を突き上げるように、強く高い跳躍だった。


 ポンポーンと高履きを脱ぎ捨てる。

 運悪く、后と白梅正妃の脛にあたっていた。本当に運悪く?


 二人が小さくもんどり返る。


「ありがとうございます!!」


 そんな二人の手を掻っさらい、ギュッと握りしめた。


「ギャ」

「イタッ」


 明玉の握力たるや、後宮の華とは思えぬ逞しさ。

 それから、ポイッとその手を放り投げ、他の正妃代妃らを抱きしめ回る。もちろん、逞しさを発揮して。


「ありがとぉう、ありがとうぉう!! 後宮に入宮してぇぇ、こぉーんなにぃぃ優しさをいただけるなんつぅうぇぃっ!! この明玉、火の中水の中、天空地中もなんのその!! 天国も地獄も行きまするぅぅ~ いざ、水中へ」


 バッシャーン


 呆気に取られる間もなく、明玉は水中へ飛び込んでいた。


 これが明玉。まさに明玉。

 その言い様はまさに后の口調をおちゃらけたもの。后の気持ちを逆撫でる天才だ。


「なっなっ、なんというおなごじゃぁぁぁぁ! かなる上は、あれをっ!! はよお、あれを持ってこりゃぁぁぁぁ」


 后の宮の内官らがエッサホイサと竹の棒を担いで現れる。


「浮上せぬように、突けぇぇぇぇ」


 后も明玉が飛び込むことを予想していたようだ。

 破天荒な明玉なら、やりかねないと。

 后が息遣い荒く、池を指差す。

 水中で衣を脱いだのだろう、衣装がプカプカと浮いてきた。

 内官らは、躊躇しながら竹の棒を突き刺していた。


「あ、ぁ、あの、后?」


 麗羅正妃が怖ず怖ずと声をかける。


「なんえっ!?」

「し、死んで、しまいますよ」


 后がニタァと笑う。


「何を言うておる? わらわは、明玉代妃に宝飾品のありかを竹の棒で示しておるだけよ。勘違いするでない、麗羅正妃よ。のお、皆もわらわの意図を誤解せぬようにな?」


 正妃代妃らが頷く。

 皆、引きつり笑いを浮かべていた。

 流石に溺死を拝みたいとは思っていない。明玉が惨めに屈する姿を見たかっただけなのだ。


 后の狂気の沙汰に背筋が凍っている。


「明玉代妃!」

「明玉代妃!!」


 お付きの花鈴と凛音が堪えられず、池を覗き込み叫んだ。


 池に浮上している衣装。

 ブクブクと気泡も上がっている。

 その水面を、竹の棒が何本も突く。


 前回の池落ちは、橋の中央からでなく、池の淵からだった。

 今回は一番深い池の中央、誰も手が伸ばせずすぐには救助できない所に、明玉は飛び込んだのだ。船を出すしかない所に。


 船はまだ池の淵に留まったまま。

 内官らが后の指示を待っているだけ。


「后!! どうか、どうか、船を出してくださいませ、お願い致します!!」


 花鈴が后の足下で土下座する。


「助けたら、宝飾品を拾ったことにならぬぞ」


 后がキョトンと呆けてみせる。


「お願い致します、お願い致します、どうか、どうかっ」


 凛音も后の足下にひれ伏した。


「その姿、お付きで見たかったわけじゃないのじゃ、残念よのぉぉ。オーッホッホッホッホ」


 后は高笑いしながら、近くの内官から竹の棒を奪うと、力いっぱい水面を突いた。



 ガシッ



 竹の棒を掴む細く白い手。

 水面から手だけが出ている状況は……戦慄ものである。


「ヒッ」


 后のみならず、正妃代妃らも悲鳴を上げる。

 そして、ヌボーと浮かび上がってくる水草頭。


「ギャ」


 水面から出る……細く白い手に水草頭。

 ガクブルものだ。

 加えて、その物体からうめき声が聞こえてくる。

 ウッウッウッ……と、湿ってくぐもったそれに、とうとう、悲鳴が上がった。

 后、正妃代妃らの悲鳴大合唱である。

 阿鼻叫喚とはこれを指すのかとも言えよう。


「ごめんなさいごめんなさい成仏してぇぇぇぇ」


 そんなようなことを口走りながら、念仏でも唱えるように、手を合わせて擦りながら祈っている。


 后などは、もう腰が抜けかけお付きに支えてもらっている有り様だ。


「うっうっうっ、うっりゃぁぁぁーー!」


 おわかりいただけよう……明玉であることは。


「金の簪、拾ったどぉぉぉぉーーーー!」


 水面から突き出した手に、后が投げ放った金の簪がキラキラと光っている。

 何を隠そう、否、その他宝飾品も懐に隠し、明玉は雄叫びを上げ浮上したのだ。

 そして、バシャバシャと元気よく池の淵まで泳いだ。

 ジャバッと池の淵から勢いよく上がった明玉は、とんでもない格好である。


 上着や重ね着、裳を身に着けておらず、下着の上に単衣着だけ。もちろん、高履きは放って飛び込んでいるし、足袋も水中で脱ぎ捨てている。

 衣服が身体にはりつき……めくれた袖と裾から細く白い手と足、ポタポタとたれる水滴。そして、頭を覆う水草は腰まで長く、ボッタボタと水が滴っている。


 明玉は、水草を少しだけかきあげ、片目だけを見せた。

 ニタァと笑って。


「ヒーッヒッヒッヒッヒ」


 金の簪に頬ずりしている。

 もう、妖怪のようである。


「うっほっほーい」


 小躍りを披露した後、明玉は池の淵から架け橋に向かっていく。

 最初はゆっくりピチャピチャと。徐々に足早でビチャンビチャン……そして駆けていった。ビチャッビチャッビチャッと足音と足跡を残しながら。


 后や正妃代妃らは恐れおののく。異形な者が速度を上げ迫ってくるのだから。ガタガタと足が震え真っ青な顔で身を寄せ合って見つめていた。

 明玉なのか、死人明玉なのか、亡霊明玉か、はたまた水草頭妖怪か何かか……。

 架け橋の中央で対峙となる。

 そよ風が水草を揺らした。

 あらわになった口元が動く。


「ごぉのぉ、ごぉおんぅぅっっ、いっじょうぉぉぉぉ、わずれまぜぇぇぇぇん。まぁつぅだぁいまぁでぇぇ、ズビィズビィ」

(このご恩、一生忘れません。末代まで……鼻啜り)


 鼻声になってしまった明玉であった。


「うっぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーー」


 先ほどの悲鳴大絶叫、阿鼻叫喚など桁が違う声量だ。


「悪霊退散悪霊退散悪霊退散!」


 成仏を唱えた次の悪霊退散である。


「え? ヤダなぁ、私ですってば、勝手に死人にしないでください」


 明玉は、水草を取ってみせた。

 取った水草をグルグルと回す。

 水しぶきが、后や正妃代妃らに降りかかった。


「止めよおおぉぉ!!」


 后が明玉を指差して叫ぶ。


「あっ、すみません」


 明玉の手から水草が消える。


「あぁ~れぇ~」


 水草は宙を舞った。


「潜り疲れたからー、手元がー滑っちゃったわあー」


 見事な棒読みを披露した。


 ベチャン


 水草は落ちた。

 どこに?

 筆頭代妃の頭に。


「ギィィイヤァァァァーーーー」


 頭をブルンブルンと振り回すがなかなか落ちない水草だ。結い上げられた髪に髪飾りと、水草は絡まって取れない。

 水草が視界を遮っており、筆頭代妃は周囲に助けを求めるように手を伸ばしているが、皆逃げ回っている。

 ワーワーキャーキャーとてんやわんやの大騒ぎだ。


「なんて、すんっばらしいのでしょう!! 私の手に宝飾品を握らせたい皆様の優しさが見事成就したことを、後宮の淑華とは思えぬほど、これほどまでに騒がしく喜ばれているなんて、この明玉、しかと胸に刻みましたわ」


 明玉の発言で騒ぎが収まる。

 水を打ったように静まり返った。


「落とした当人と拾った私が同じ場にいては、皆様の優しい詭弁を無にすることになりましょう。お返しするのが筋ですものねぇ……ですから、私は心を鬼にして退かせていただきますわ。あら、そろそろ日の入り、冷宮にて謹慎致します」


 呼び止める間を与えず、明玉は踵を返す。

 そうして、脱兎の如く駆け出した。

 金の簪を掲げ、『ィヤッホー』と嬉々とした声を上げながら……。




 憤怒で真っ赤になる顔とは、こういう顔だろうか。


 プチン


 きっと血管が切れた。白目を剥きながら……后は卒倒した。

次回更新11/25

午前 二の三十二話

午後 二の三十三話


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