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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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身代わり宮の明玉 二の二十三

 転んでもタダでは起き上がらない、とはよく言ったものである。


 明玉はある部屋の屋根裏に忍び込んでいた。

 この時点ですでに常軌を逸しているが、なんと、花鈴と凛音も知っての行動というのだから驚きである。


 もちろん、理由はあっての許容であり、通常なら明玉の身体を拘束してでも行かせなかったであろう。


 明玉は天井の板を少しだけずらす。

 息を殺しながら、注意深く部屋内を確認した。


 二人以外いない。

 二人分の小さな膳は空になっている。


「お水ですが、どうぞ」


 お付き女官が水の入った茶器を紗蓉代妃に差し出していた。


「ありがとう」


 紗蓉代妃が茶器に口をつけている。

 唇を湿らす程度に飲んだだけのようだ。


「やはり、沸かしていないお水は口に合いませんね」


 お付き女官も自身の茶器に口をつけたが紗蓉代妃同様に飲めてはいなかった。


 二人は眉尻を下げた顔で苦笑し合っていた。

 明玉は、そんな二人を見ながら微笑む。

 懐から干し芋を取り出すと、ずらした板の隙間から落とす。


 ちょうど、机の上にある空の膳に落ちた。


 トンッ


 二人の視線が空の膳に移り、驚愕の眼差しで干し芋を見つめている。

 明玉は次に干した小魚を落とす。


「えっ!?」


 お付き女官が思わず声を上げた。

 紗蓉代妃は口元を押さえながら、視線を上げた。


 明玉はニヤリと笑う。


「え、あ、え、えぇえぇ?」


 天井を指差ししながら、視線が明玉とお付き女官を行き来した。

 お付き女官が天井を見る。


 明玉はニヒッと笑い、慣れた手つきで板をずらして、その隙間から身を翻す。そして、ストンと猫のような軽やかな着地を披露した。


 あまりのことに口をポカンと開けて、二人は固まっている。


 明玉は、懐に忍ばせたブツを出す。


「まずは、干した小魚。それと、干し芋。あとは、燻ったかぼちゃの種が入った袋。おまけの菓子」


 机の上にブツを並べ、明玉は得意げに胸を張った。


「あの、えっと……ありがとうございます?」


 紗蓉代妃がなんとか言葉を紡いだ。


「どういたしまして。ささ、召し上がれ」


 明玉は手慣れた様子で、部屋の燭台を一つ拝借し、小魚を炙り出す。


「……だ、大丈夫なのですか!?」


 お付き女官がやっと状況を理解したのか、慌て出す。


「毒なんて入ってないわよ。もちろん、腐ってもいないし」


 明玉はあっけらかんと答えた。


「いえ、そうではなく……なんと言いましょうか……」


 お付き女官が天井と明玉を何度か交互に見ては、言いようがないのか、途中で諦めた。

 まあ、つまりは後宮の妃が、まさか屋根裏伝いに幽閉中の部屋に忍び込んで大丈夫なのか? とのことだろう。

 いや、それ以前の問題か。


「一日一食だと心身持たないかと思ってね。花鈴も凛音も二人のおかげで、あの雨慈に一泡吹かせるどころか失墜まで持ち込んだから、快く送り出してくれたのよ。あ、おまけの菓子は、二人から」


 明玉の言葉に紗蓉代妃とお付き女官が顔を見合わせる。


「私たちは、佳良公と明玉代妃を貶めようとしたのですよ?」


 紗蓉代妃が眉尻を下げながら言った。

 お付き女官も顔を伏している。


「いやいや、二人ともお人が悪い」


 明玉は軽妙に言い返した。


「なかなかの曲者、いや違うな、なかなかに食わせもの……后など引けも及ばない役者。雨慈なんて、まんまと自滅しちゃったし。デュフフフ、上手くいったって感じよね?」


 明玉はニマァと笑う。

 炙った小魚を皿に置いて続ける。


「銀の腕輪は自分の物だって、最後まで口にしなかったじゃない」


 そうである。銀の腕輪の持ち主は、紗蓉代妃だったのだ。


「雨慈に起死回生の一手を与えることもできたってこと。銀の腕輪は自分の物だと言えば、きっと、雨慈に……后に最善にして最高の逃げ道を示せたはずだわ。ささ、召し上がれ」


 明玉は紗蓉代妃とお付き女官に炙った小魚を差し出す。

 明玉の真っ直ぐな視線を受け、二人は小魚を手にするが、視線が泳いでいる。


「御上に詰められたときに証言できたはず。演じるなら……」


 明玉は二人から少し離れた。


「『あの、えっと……』」


 紗蓉代妃の口ぶりを真似る。


「『……そ、その銀の腕輪は、実は私の物でございます』そう言って、后を見る。『身代わり代で、大事な銀の腕輪が仮押さえをされていると、后に相談したのです』そこまで言えば、小賢しい后なら最善にして最高の一手を思いつくわ」


 明玉は口ぶりを変える。


「『紗蓉代妃のぉ、相談を受けてぇ、私は一計を案じたのですわぁ、御上ぃ。落とし物はぁ、監査官佳良公がぁ、明玉代妃を庇えぬようにぃ策を講じたまで。だってぇ、二人は本廟参りから親しげだったようですしぃ。だからぁ、紗蓉代妃は本来なら監査官に明かすことを、私にぃ相談したのでしょうねぇ』」


 后の口ぶりそのものだ。


「そんな后の発言に、きっと雨慈も息ぴったりに続けるわ。『私は、明玉代妃の部屋で銀の腕輪を見つけ紗蓉代妃と確認しました。……確かに、嘘偽りを申しました。後宮で人様の蜜を吸う鼠の所業を、どうしても祖先の前で詳らかにしたかったのです!!』なんて、感じに持っていけるもの」


 明玉はそこで二人を見つめる。

 紗蓉代妃とお付き女官はバツが悪そうに苦笑いしている。


「御上は最初から皆の動きを、鏡仕立ての床と祖牌で見ていた。でも、もっと全体を見えていたのは一番後方の二人だわ。実際の皆の動きも、鏡仕立てに映る光景も目にできていたからね」


 そうである、今回の要は全てを見ていた二人が、いつ、どのように証言するかによって結果が変わるのだ。


「二人は、御上が最初から見ていたのも知っていた。だから、最初に雨慈から証言を求められたとき、雨慈の仕業だと証言することもできた。だけど、あえて、紗蓉代妃は証言を曖昧にし、お付きが企みに合わせたのね。だって、この時点ですでに雨慈の失墜は確定していても、この程度のことで后まで失脚などいかないだろうから。今後、后に目をつけられぬように、企てに乗ったふりをした。雨慈の仕業だとわかっていた御上がどう動くか、どう詰めるか、后の所業まで言及するのかと見極めるために」


 紗蓉代妃は小さく頷いた。

 明玉は続ける。


「御上が、私明玉の胸ぐらを掴み詰問したわよね。私、そこまで夢うつつで起きていなかったのよ。御上だけでなく、全てが見えていた二人も私が寝ていたのを知っていた。寝覚めの状況で、私が何を口にするか……フフフ」


 明玉は笑う。


「身代わりの身代わり業を自白した私だったけれど、銀の腕輪の持ち主が紗蓉代妃だとは言わなかったわ。だって、紗蓉代妃が霊廟にいる理由は、銀の腕輪の持ち主だって皆が知っての上だと思っていたから」


 身代わりの身代わり業が暴かれたと明玉は勘違いし、土下座で自白したのだ。

 幽閉解除になんの関係もない銀の腕輪の持ち主紗蓉代妃と監査官の佳良公がいることが、明玉が勘違いした理由である。


「最後まで企てに乗ったふりで、三人ともに御上に詰められる状況を作り上げながら、ここぞという場面で祖牌に映っていると証言したのよね。確実に言い逃れができぬようにして、雨慈を転落へと持っていった。だからでしょ? 霊廟を出る際にホッとした表情になったのは。私明玉が銀の腕輪の持ち主を、最後まで口に出さなかったから」


 そこでやっと紗蓉代妃が小魚を口にする。


「二人は、佳良公と私を貶めようとしたのでなく、雨慈を嵌めたのよ」


 小魚を口にした紗蓉代妃が微笑む。

 美味しいからなのか……雨慈を嵌めたことに対してか。

 お付き女官も朗らかな表情だ。

 

「息ぴったりなのは后と雨慈じゃなくて、二人だわね」


 明玉は肩を竦めながら言った。


「フフッ」


 紗蓉代妃から笑い声が溢れた。

 お付き女官も口元に手を当てて笑みを隠している。


「自身に痛手を負ってでも雨慈を転落させた。そんな二人へ差し入れするのを、花鈴も凛音も止めなかったの。それどころか、お土産まで持たせてくれたわ」


 そこで、三人は顔を見合わせた。

 してやったりの表情である。


「さて、私はそろそろお暇するわ。それから、幽閉期間中は毎日御用聞きに来るわ。グフフ……もちろん」

「お代がいるのね?」


 紗蓉代妃が明玉より先に、親指と人差し指で輪っかを作ってみせた。


 ……転んでもタダでは起き上がらない、それが明玉である。

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