身代わり宮の明玉 二の十五
明玉は現実を直視する……気になれず、悪あがきを紡ぐ。
「幻覚じゃない?」
「ああ」
「幻聴でもない?」
「ああ」
「偽物なわけが」
「ない!!」
「影武者とか」
「ない!!」
明玉は冷や汗をかく。
こういう場合の窮地をどう切り抜けるべきか 、脳内で思考に思考を重ねる。
とりあえず、自身から他の何かに気を逸らせるべきだろうとの考えに至る。
手持ちの札……ならぬ手持ちのこれしか明玉は差し出せない。
「……食べます?」
明玉は燭台の火で炙りすぎた小魚の干物を、汀良王に差し出した。とんでもなく名残惜しげに。
「……」
汀良王が干物を凝視している。
「これをどこで手に入れた?」
到底、後宮の食材に思えない代物だ。
否、後宮の妃が干物を持っていること自体おかしい。
「や、えっと、ですね。兄がくれたんですよ。葉っぱばかりじゃ身が持たないだろって。石州で、こっそり貰っちゃって」
青衛が明玉を見失っていた頃、明玉は下山時に食材を運ぶ兄端梁と鉢合わせしたのだ。
明玉同様に、端梁も霊山を往復する必要があった。供物の運搬だけでなく、本廟参りの者が一泊するための食材も運搬しなければならなかったから。
「兄?」
「はい、兄です」
明玉はハッと思いつく。
「商い証、ありがとうございました!!」
明玉は、勢いよく膝をつくと汀良王に対して五体投地礼を行った。
小魚は掴んだまま。
「お、おい」
「沈家は持ち直しています。これも、ひとえに御上のご恩情あっての賜物。この明玉、御上のためなら火の中、水の中、木登りに岩登り、灯火守りに厠守り、二人羽織もなんのその、影武者だってへっちゃらでござーい。あうっ」
流暢に続けている明玉の両頬を、汀良王の手がムギュと掴んだ。
「お前、話しを逸らして逃げ口上に持ち込もうとしたな?」
明玉はアゥアゥと口を動かす。
汀良王はパッと手を離し立ち上がると、両腕を組んで明玉を見下ろした。
明玉は正座をしたまま、汀良王を見上げている。
明玉は恐る恐る小魚を両手にちんまりと乗せ、掲げた。やはり、これを差し出すしか許しは得られないとでも言うように。
これぞ、残念な明玉の思考である。
「どうぞ、ご賞味くださいませ。グスン」
それは、もう目をウルウルと潤ませて、明玉は言ったのだ。
汀良王は額に手を当て、ため息をつく。
「焼き加減がご不満なのですね。仕方がありません……かくなる上は、秘蔵のあれを出すしかありません。干し物好きの御上に、極上の一品干し物を」
「おい、ちょっと待て。誰が干し物好きだと?」
「恥ずかしいことではございませんわ!! お腹の虫が鳴るほど干し柿がお好きで、ガブッとしたのはあの華の日。この明玉、御上のために日々干物(乾物)を研究しておりますわ」
明玉はドンと胸を叩いた。
「だから、待て」
「いいのです、いいのです。デュフフフフ、これぞ」
「だから、待てと言っておろう!!」
会話の流れがおかしな方向に向かっていることに苛ついて、汀良王が制した。
が、すでに明玉はこれぞのこれ、秘蔵のこれを懐から出していた。
「……はあ」
汀良王が天を仰いだ。
「極上の一品、干し芋にござーい」
明玉は、燭台の火で干し芋を炙る。
汀良王はもう諦めて膝を折る。
胡座をかいて、香ばしいそれを見ているしかなかった。
だが、次第にこの状況の可笑しさに笑いがこみ上げてくる。
「クッ、ククククク」
「アハ、アハハハハ」
なぜか、明玉も笑っていた。
灯火守りを三日も続ければ、少々おかしくなるのは仕方がない。夜も寝ずに火を点け続けるのだから。
二人は炙った干物を分け合って口にした。
「お前」
「ハフハフ、はい?」
汀良王が祭壇に目を向けながら口を開く。
「お前、なぜ三歩一拝……散歩一杯してこなかった?」
明玉が密かに三歩一拝していたことは、当人と見張りの青衛、汀良王しか知らないことだ。
その当人の明玉は、汀良王がそれを知っているとは思っていない。
だから、あえて散歩一杯として口にした。
少しばかりの期待を胸にして。
佳良公にはさえずらなかった。
汀良王にはさえずった。
文で唄った(さえずった)ように、密かに行っていた三歩一拝を汀良王にだけ口にするのではないかと。
「えー」
明玉は不満げに口を尖らせる。
汀良王は少しばかりの期待がちょっと膨らんだ。その不満げな顔つきからして、三歩一拝をしてきたのに、と明玉が言うだろうと。
だが……明玉は、汀良王の期待を裏切る。
「御上ったら、この明玉に喧嘩でも売ってます?」
「は?」
明玉は、親指と人差し指で輪っかを作る。
「早く後宮に戻ってこなきゃ、身代わり上乗せ給金がもらえなくなっちゃうじゃないですか!? この明玉の役割は身代わり、デュフフフフ、身代わりすれば上乗せ給金、グフフフフ、散歩など一杯して身銭を切るなんて愚の骨頂。御上ったら、なんのための身代わりだとお思いで!?」
汀良王は一瞬固まった後、眉間を人差し指でグリグリと押した。
「ああ、そうだった。お前はそういう奴だったな」
と、そこで汀良王は気づく。
顎に手を置き、明玉をジィーッと見つめる。
灯火の幻想で気づいていなかった異変に気づき、汀良王は明玉の顎を掴み顔を近づけた。
「お前……」
汀良王が目を見開く。
そして、明玉の顔をゴシゴシと拭った。
化粧が落とされ、途端に現れる濃い隈。
「お前、まさか……身代わりもしているのか!?」
「あったり前でござーい」
「いつからだ?」
「もちろん、三日前から」
「お前、寝ているのか?」
明玉はデュフフフフと笑っただけ。
そうである、明玉は本当に三日ほど不眠不休に近かった。
ゆえに、汀良王の御前にしてこうまでおかしな言動であったわけだ。
『ンッンンッン』
霊廟の外から咳払いが聞こえてきた。
侍従の徳膳が汀良王に合図を出したのだ。
「クソ、そろそろ后の霊廟参りか」
それが徳膳の咳払いをした知らせである。
「デュフフフフ、来ましぇんって。この明玉が代わりを仰せつかってますから!!」
明玉はまたも胸をドンと叩いた。
「……」
汀良王の顔つきが険しくなる。
「いつから霊廟参りの代わりを?」
「そりゃあ、三日前から」
明玉はニッコニコで親指と人差し指で輪っかを作った。
「身代わり上乗せ給金、后って立場上一番高額、デュフフフフ。ハアン、霊山で月に祈っただけありますわ。お月さま、どうか、ツキが回ってきますようにって」
「……そうか。なるほどな。そうか」
汀良王の険しさは邪悪さに変貌していく。
そして、明玉の頭をガシッと掴むと頭突きした。
ゴツン
「イッタァーイ」
「我からの褒美もツキだ。良かったな」
「頭ツキなんてひっどぉーい」
汀良王がフンと鼻で笑った。
「お前の頭は金子のことばかりだな」
汀良王が踵を返す。
だが、明玉は汀良王の袖をガシッと掴んだ。
「……なんだ?」
今さら媚びはしないだろうが、殊勝な態度でもしてくるのだろうか、と汀良王は振り向く。
「御上、お代は?」
「は?」
「食い逃げですか?」
明玉は手を広げて汀良王に迫る。
「干し芋あんなに食べたのに?」
汀良王のこめかみに青筋立つ。
「后は身代わり上乗せ給金弾んでくれたのに、御上はただ飯か」
明玉はガックシと頭を傾げた。
もちろん、汀良王の逆鱗に触れたのは言うまでもない。
「灯火守り期間の身代わりは禁ずる!!」
明玉の瞳は大きく見開かれ、ブワッと涙が溢れ出た。
よくよく明玉を見れば、頬が少し痩けており、全体的に荒んでいる。身代わりのせいだろう。
「御上、どうかどうか、それだけはご勘弁をぉぉぉぉ」
明玉は絶叫し、崩れ落ちる。
濃い隈とあいまって、汀良王は明玉が不憫に思えてきた。
「ったく、その化粧で隠した隈が消えるまでは、ここから出るな!! いいな」
御上の命令で、霊廟で過ごさせれば身代わりはできないと判断したのだ。
霊廟で寝泊まりすれば、心身も回復するだろうと。
ある意味、褒美だ。明玉にとっては厳罰かもしれないが。
「霊廟参りの身代わり給金だけは、后から出るだろう。それで我慢しろ。全く、世話が焼ける」
汀良王は霊廟を後にしたのだった。
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