身代わり宮の明玉 二の十三
その日、青衛は明玉の超人さを思い知らされる。
穢払いの儀を終え、菜食膳を食し、翌日の霊山登頂に控え陽が沈む前に就寝した後のことだ。
見張りも翌朝までは必要ないだろうと、高を括っていた。
その予想は覆される。
もちろん、明玉によって。
『本当にすごい妃だよな』
この一週間ほどの見張りで、つくづく思ったことだ。
ズタボロ礼装に葉っぱ膳、高履きの破損と続き、どうしたものかと思案するも、見張っているしかなかったが、その全てを逆手に取って男装の礼装を披露した。
それも周囲に認知させ、『事』を収めた。
『佳良公……』
きっと、明玉を気に入っている。
青衛は、なぜかそこが引っかかった。
チラチラと御上の顔が思い浮かぶ。
『まあ、俺が気を揉んでも仕方ないか』
明玉らが休んでいる部屋の屋根裏から屋根へと移動しかけたところで、気配に気づく。
青衛は、息を潜めその気配に集中した。
『……まじかよ』
明玉が静かに起き上がり、お付き女官の熟睡を確認すると……サッと上着を羽織り部屋を出たのだ。
周囲を警戒しつつ、警護の兵士の目を盗み屋敷からも抜け出した。
青衛は内心焦りながら、明玉を追う。
このまま、出奔するのだろうか? とヒヤヒヤしていた。
が、明玉が進んだ先は屋敷と目の鼻の先の霊山だった。
『何を?』
明玉が何やら膝を確認している様子に、青衛は困惑する。そして、手に分厚い袋を被せた時点で察した。
と、同時に明玉は三歩進み、膝を折り両手を地面について一拝した。
『三歩一拝!』
青衛は驚愕を隠せない。
尋常ではない速さで三歩一拝を始めた明玉をしばし眺めた。
そして、明玉の姿が小さくなってやっと追いかける。
『嘘だろ!? なんで? なんで、三歩一拝!?』
明玉の後を気配を消してついていく。
霊山本廟までの道のりは三本。本廟までしっかり整備された聖道と緩やか登山道、そして、裏道。
聖道は儀式用の道で、いわゆる本廟参り時に使用するものだ。
緩やかな登山道こそ、一般的に使用されている道。本廟を管理するための道である。
裏道……一番近道だが、勾配が厳しい道になる。
『裏道を三歩一拝……』
青衛は明玉の身のこなしに注目する。
膝は全く痛くないようだ。きっと、三歩一拝を始める前に膝当てを確認していたのだろうと予測がつく。
加えて、分厚い袋で地面につく両手も痛めていないだろう。
履物も、平履きのため問題なさそうだ。
『……手慣れている?』
それもそのはず、明玉は石州で育ち、霊山に供物を運んでいた経験があるのだから。
霊山は庭であり、裏道は明玉が好んで使っていた近道だ。
『意味がわからない』
明玉の行動の意味がわからないまま、青衛は明玉を見張っていた。
途中の大木で一回休憩したものの、常人的ではない速さで本廟目前まで登頂すると、またも周囲を確認し、人気のない暗がりで今度は五体投地礼を始めた。
もう、青衛は明玉の行いを見守るしかないわけで、ただただ拝礼を見つめていた。
五体投地礼を幾度か行った後、明玉が『よし』と小さく言って夜空を見上げた。月がやけに大きく見える夜だ。
最後にたっぷりと間をおいて五体投地礼を行い、立ち上がると周囲をまた窺ってから動き出した。
青衛は慌てて身を隠し明玉の後を追った。
そして、霊山四本目の道を知ることになる。
本廟の裏からさらに登った崖。明玉がそこからヒラリと飛び降りたのだ。
青衛は驚愕のあまり、身を出して崖に向かった。
「ウーララララァァァ」
ザアァァァァァァ
ゴロゴロゴロゴロォォォォォォ
明玉が奇妙な声を発しながら、平らな岩伝いに勢いよく降りていくのを確認した。
崖裏の平らな一枚岩を滑り降りていく明玉。分厚い袋をした手には縄。足には何やら一枚板。車輪がついているようだ。
「嘘だろ!?」
思わず、声が出た。
見つめた先の明玉は、パッと縄を離すと、一枚板を蹴り押すように跳躍し大木に飛び移った。
裏道の中腹にあった大木だった。
そこからは、ご想像通り脱兎の如く駆け下りていった。
呆然と立ち竦む。
目をパチパチと瞬いて、今目にした光景が現実だったのかと疑い、頬をつねった。
「イテッ、ってか、追いかけねばっ」
青衛は足がもつれそうになりながら、裏道を下っていった。
そして、屋根裏へと戻る。
スーヤスヤ
『寝ている……』
完全に置いていかれた青衛であった。
とはいえ、日の出は近い。
山登りをして帰ってきたわけだ。いくら、尋常ではない速さだったとしても。
『……』
もう、青衛は考えを巡らすのを諦めた。
御上に報告するだけだ。
きっと、明玉のこの行動を知っているのは、当人と青衛しかいないだろう。
佳良公や朱宣も知るはずはない。
『うん、御上ならわかるか』
というわけで……現在、青衛は、御上汀良王に報告していた。
本廟参り一行が帰還して三日後のことだ。
増員された密偵と『事』の詳細を調べ上げてから碧月城に戻ってきて、即、御上汀良王へと。
「……」
汀良王は無言だった。
青衛は、御上の反応を待つ。
「……は?」
その間は、青衛も経験済みだ。
「……三歩、一拝?」
「はい、左様です」
青衛はキッパリ言い切った。
自身でさえ、明玉の行動に呆気に取られたので、ここはハッキリと答えたのだ。
御上はまだいい。その場を見ていないのだから、となぜか青衛は思ってしまった。
「五体投地礼……」
五体投地礼とは両肘、両膝、頭を地に伏せる拝礼である。三歩一拝よりも深くひれ伏す拝礼になる。
「見事な拝礼でした」
青衛は、またまた明確に発した。なぜか、誇らしげに。
青衛自身も自身の感情を処理しきれていない。
「……そうか」
眉間を寄せた汀良王の視線に、青衛はまたもや目を見開いて頷いた。
この報告を、どんな表情でしていいのか皆目わからず、青衛は明玉の超人さに敬服する以外ないのだ。
「それで……ウーラ、ゴホン、滑り降りて下山」
「はい!! ウーララララァァァとのかけ声で、縄を掴みながら、車輪のついた一枚板に乗り、一枚岩を一気に!」
そこで沈黙が訪れる。
青衛は伏し目がちではあるが、じっと御上の様子を窺っている。
「……なぜ、言わなかった」
「はい?」
御上の呟きについ応えてしまい、侍従の徳膳に睨まれた。
青衛は『すいません』と頭を下げる。
「穢払いの儀当日に参拝し、翌日も参拝した。間違いないな?」
汀良王が青衛を見ながら言った。
「はい、間違いありません」
汀良王の手が振られる。
退いていいとの合図だ。
なぜか、躊躇してしまい、一瞬動きが遅くなった。
「まだ、何か報告すべきことがあるのか?」
「いえ! 特には……あっ」
「なんだ?」
「明玉代妃は……」
青衛は言い淀む。
「言え」
御上汀良王の真っ直ぐ向けられた声に、青衛はハッとした。
汀良王が青衛をしっかり見据えていた。
「五体投地礼の最後の一礼は、月に対して行っていたように思います」
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