身代わり宮の明玉 二の十一
チャンチャンチャララン〜ポロロン〜
汀良王は固まった。
「チャ……ポロ……ロン?」
思わず目頭を摘み、疲労のあまり見間違いしたのかと、一旦、目を閉じた。
大きく息を吐き出して目を開く。
チャンチャンチャララン〜ポロロン〜
「……は?」
それが、明玉から届いた文の一枚目だった。
文の束を掴む汀良王の手が微妙に震えている。
その手で二枚目にいく。
大琴の調べでございます
「は?」
汀良王はまた固まった。
だが、瞬時に一枚目に戻り理解する。
どうやら、大琴の調べから文が始まったらしい。
汀良王は目眩を覚えた。
それは、一通目、二通目も同じだったと気づく。
「気合いを入れろ」
自身に発破をかける。
三通目が、分厚い束だったことから、何かあったのかと急いで開いた先の……ポロロンである。
「クッ……クックックッ」
可笑しさに笑い声が込み上げた。
「本当にすっとこどっこいな奴め」
汀良王は、文の束を捲っていく。
おっかみぃ
離ればなれでぇ食事も喉を通りませんわぁん
私のおちょぼ口はぁ
青菜ばかりを啄いておりますのぉ
「言うに事欠きおって」
あの明玉が食事も喉を通らぬわけがない。華会であれほど膳を堪能していたからだ。
汀良王は読み進める。
チクチクと針の刺すような胸の痛み
照らを想う一心一針の痛みでございましょう
ヨヨと影を落とした目元を拭い見上げた白月
平の地を踏みしめ目指すは霊山
「……一行一枚、ここまでで十枚か」
読み進むにつれ、汀良王は何かを感じ取っていた。
序盤にはない……詩のような、唄うような文になっている。そして、明玉の瞳が映す情景へと。
汀良王は残りを読む。
大琴の調べに乗り
龍華の名代を勤めます
碧龍を身に纏いし我が身で
いざ参らん
「……」
汀良王は顎に手を添え考える。
確実に後半は意味ある文面だ。
視界の端に佳良公の文があるが、汀良王はまだ開いてはいなかった。
いつもなら、佳良公の文から確認するのだが、明玉の文が分厚かったからと言い訳をして……いや、無意識に佳良公の文を避けたのかもしれない。
汀良王は息を吐き出して、佳良公の文に手を伸ばした。
経過報告致します。
『事』あり。
『土産話』あり。
富貴花は香れど代わりの華はさえずりなし。
ー佳良ー
「ほお」
汀良王は考察を始める。
何か『事』が起こった。
報告は『土産話』として。
富貴花とは百花王牡丹、つまり、后のことだ。
その后が香るとは、『事』に関わっているということ。
だが、代わりの華、明玉は何も言わない……助けをさえずらない。
だから、報告は『土産話』として王宮に戻ってから。
汀良王は少しだけ口角が上がった。
自覚のない笑みだった。
「御上、佳良公から嬉しい知らせでも?」
侍従の徳膳がお茶の乗った盆を持ってきた。
そこで、やっと汀良王は自身が微笑んでいることに気づいた。瞬時に表情を引き締める。
「徳膳、あれへ増員を出せ」
「……あれとは、あのすっとこどっこいでしょうか?」
「ああ」
徳膳に佳良公の文を見せる。
「なるほど……密偵を出せと?」
「そうだ」
徳膳も汀良王と同じ考察ができたようだ。軽く会釈をして出ていった。
『事』を調べさせるための密偵の増員である。
明玉を見張っている青衛は起こった『事』は見ていようが、詳しい調査ができない。見張りを離れられないから。
『我にはさえずった』
明玉の文を見つめる。
文の半ば頃から後半に向けて、明玉の文は汀良王に訴えている。
意味はまだわからぬが、汀良王は明玉が自身にさえずったと受け止めている。
『佳良公にはさえずらず、我にはさえずった』
汀良王はなんとも言えぬほの暗い優越感を味わっていた。
『いや、あれのことだ。……この文はあれにとって有益となるはず』
徳膳が以前口にしていた。明玉は自身の有益に忠実な者であると。
「……これが後に有益となる『事』が起こったわけだ。『事』、こと、ごと……」
汀良王は一枚目と二枚目に戻る。
「大琴、おおごと……『大事』」
冷宮の月夜を思い出す。
明玉の優しい隠語が汀良王に鮮明に浮かんだ。
鬱々していたわけではないが、モヤッとした何かが一気に晴れ渡り、明玉が文に込めた言の葉を感じ取った。
「大琴の調べに乗り
大事に敢えて乗っかり
龍華の名代を勤めます
我と牡丹の名代を勤める
碧龍を身に纏いし我が身で
碧龍の標を纏った身で
いざ参らん
本廟参りへいざ行かん」
汀良王はクックックッと笑う。
愉しげな瞳で今までの文を再読し始める。
『あれは、全てをさえずっていたはずだ』
ほの暗い優越感は消え、好奇心と探究心がムクムクと大きくなる。
これまでの文も急いで目を通す。
一通目、二通目、三通目と机に広げた。
込められた何か……明玉が込めた何かを見つけようと探る。
そして、見えてくるものを汀良王は確認したくなるわけだ。
「なぜ、離ればなれなのだ。っ……」
汀良王は自身から出た言に、思わず口元を手で押さえたのだった。
本廟参りの行程を無事終えた一行は、碧月城へ戻ってきていた。
そこで、最後の儀式を行う。
碧月城の霊廟に本廟参りを終えたことを報告する参拝を。御上汀良王や后、正妃ももちろん集まる正式なものだ。
つまり、礼装を身に纏う。
全員が。
「では、皆様ご案内致しますのでお着替えを」
城内に入り、早速言われた言葉にざわりとした空気が揺れた。
陥落した針坊の者が、密かに頬を緩めた。
明玉は、あの礼装を披露しなければならない。
きっと、大事になるはずだとほくそ笑む。自身は、后の言う通りに動いた。そして、明玉の言う通り自分には言い訳が立つ。
明玉のお膳立てに乗った者は后からは目をつけられよう。さらに、御上汀良王が明玉のことをどう見るか……逆鱗に触れるかもしれない。
自分たちでさえ、呆気に取られた予想だにしない出で立ちだったのだから。きっと、怒髪天を衝くことだろうと、針坊の者は期待していた。
皆が明玉を覗いながらも、いそいそと移動し出す。
明玉も着替えのため、案内された部屋に入った。
「明玉代妃、この窮地をどのように脱すれば……」
凛音が部屋に入って早々に言った。
「へ? 窮地?」
明玉はキョトンとしている。
「本廟参りのあの場では、男装の礼装でごり押しできましたが、御上や后にそれがまかり通れるとは思えませんので」
花鈴が険しい顔つきで言った。
明玉らの手元にはあの礼装しかない。
部屋を出て他の礼装を持ってくることも、時間的には無理である。その手はずもできていないし、元より、明玉らを助ける者もいない。
お付き女官は花鈴と凛音以外にいないのだから。
あれ以外に着替えることはできないのだ。
「大丈夫、大丈夫。御上には熱烈恋文を送ってあるから」
花鈴と凛音がどよよーんと顔を曇らせる。
嫌われるための恋文とわかっているからだ。
一通目も二通目も、三通目も、気を失いそうな文面だったことを読んで知っている。
だが、明玉は三通目だけ、二人には内緒で加筆した。
「だからこそではないですか!!」
あの恋文を御上が嬉しがるはずはないと、花鈴は思っている。
「うーん、どうかな……あれを読めないなら、御上は信頼に値しないわ」
「はあっ!?」
花鈴はもう頭を抱えている。
「いいじゃないの。皆で冷宮行きになっても」
明玉はあっけらかんと言ったのだった。
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