身代わり宮の明玉 二の十
「ここまでお膳立てしたのに、台無しにしないでくれる?」
明玉は残念な者を見るような目を針坊の随行者に向ける。
「私は何もしておりません!! どこに証拠があるのです!? 誰かが見ていたとでも!?」
針坊の随行者が周囲を見回す。
皆、それから目を逸した。
そりゃあ、后が背後にいるかもしれないのに、声を上げる者はいない。
「ほーら、誰も名乗り出て来ませんでしたわ!!」
勝ち誇ったように針坊の随行者が発した。
「あーらら」
明玉は、また同じ反応を見せる。
針坊の随行者がキッと明玉を睨み指を差す。
「この虚言女め!!」
「おい」
針坊の随行者に、佳良公が圧をかける。
すると、瞬時に縮み上がり背を丸めた。
「本人も口にした通り、名代を勤める者だぞ、明玉代妃は。元より、お前より高位の代妃その者に対する言動には到底思えん」
「も、申し訳ありません。ただ、身の潔白を証明したく、命をかけて口を開きました!!」
針坊の随行者が佳良公に必死に訴えた。
「凄いわね、命をかけるなんて!! 何人の……いえ、何十人の命を背負う覚悟なのね。恐れ入ったわ。私のお膳立てに乗っかってしまえば、大事にならないのに。あえて、佳良公の解釈に乗っかるなんて、馬鹿な者……ゴホン、失礼。周囲を道連れに真実を白日の下に晒す、真っ正直な者なのね。助け舟に乗らない心意気に感動だわ。だって」
明玉は周囲をザッと見回し、ニヤリと笑う。
なんとも悪どい口角の上げ方だ。
「碧龍の標を賜っている監査官の佳良公が、調査しないわけがないじゃないの。ここで誰も手を挙げなかったからって、それで終わるなんてことはないでしょうね」
その発言に、ハッと気づき表情を一気に青ざめる者多数。
「監査官の詰問よね、ウフフ」
明玉は佳良公に笑ってみせる。
「佳良公の解釈は、『華姫の礼装は切り刻まれ、高履きは底を剥ぎ取られ、貧相な食事を出された』、御上と后の名代に対して行われた事だもの、本廟参り全員に詰問することでしょう。もちろん、陣屋敷の者もそこには含まれるわ」
佳良公が頷く。
明玉の意図にはもう気づいていよう。
「本当にぃ、だぁれも、口を割らないとぉ思っているのぉ?」
明玉はあえて后の口ぶりを真似て言った。
「貧相な食事は陣屋敷の者も関わっているわね。礼装の破損がたった一人で行ったことのようには思えないわ。高履きだって、ひ弱な者の腕でできることではないわ。『針』しか持てぬ手が、『針』を持つ大事な手を使うかしら? 言われるまま協力した陣屋敷の者とかが想像できるわ。もちろん、何をしているか知っている傍観者も多いことでしょう。監査官の佳良公だもの、見ていた目をどういう詰りで吐かせるのかしら? ウフフ、多くの者が巻き込まれる……」
「ああ、その通り。見た者、聞いた者、知った者、全てを詳らかにするため詰問する。起こった『事』を見て見ぬふりなどするものか」
佳良公が明言した。
「ねえ、あなた」
明玉は針坊の随行者に小首を傾げてみせる。
「どれほどの命を背負うつもりなの?」
事ここに至って、やっと針坊の随行者が明玉のお膳立ての意味を理解したことだろう。
明玉のお膳立てに乗ってしまえば、誰も詰られず、事は穏便に収まるのだ。
后にも言い訳が立つ。
言われた通りに実行したが、名代を大義に逆手に取られまんまとしてやられたと。
だが、佳良公の解釈に乗ってしまえば、誰が指示し、誰が実行したか、誰が手助けし、誰が見ていたか、実際関わりなくとも、見て知っている者、聞いて知っている者まで詰問される。
人の口に戸は立てられぬ、無関係な者は噂程度のことも、監査官に問われればきっと口にすることだろう。
針坊の随行者の命令だと、辿り着かれるのは確かだ。
そして、后の命令だと証言したところで、后が知らぬ存ぜぬで通せば、どうなるか。
その流れは、すでに明玉に知らされている。
「あっ、あっ、はぁっ、はぁっ……」
針坊の随行者の呼吸が乱れ、言葉にならない声が漏れ出た。
それは、周囲の者も同様だ。
佳良公がすでに獲物を見るような目で、口角を上げて周囲を見回しているのだから。
「私が名を上げたのは、協力してくれた繍坊の比嘉だけよ。他の名は上げていないわ」
明玉は今まで針坊の随行者を名指ししなかった。
「ねえ、まだ佳良公の解釈に乗るの? 乗るなら、私はいち早くあなたの名を声高に告げることになるのだけれど」
周囲の圧が針坊の随行者へ集まる。
自身に害が及ぶ状況を回避するには、針坊の随行者が明玉のお膳立てを受け入れなければならないのだ。
冤罪だと声高に訴えれば、監査官佳良公が調査を始め、必ず調査対象に浮上するのだから。
『見て、聞いて、知って』いれば、傍観者として詰られる。明玉がそう口にし、佳良公が頷いたのだから。
「わ、わた、私は……っ」
針坊の随行者が声を震わせながら発したが、途中で唇を噛み締めてしまう。
内心でせめぎ合っているのだろう、認めることに抵抗する心があるからだ。
「発言する許可をいただけましょうか?」
思いもよらぬ者が、進み出てきた。
繍坊の比嘉である。
比嘉は、佳良公でなく明玉に訴えた。なぜなら、御上と后の名代を口にした明玉が、この場で一番高位であると示すために。
佳良公がフッと笑い、比嘉の行いを咎めることなく頷いてみせた。この場で上位は明玉だと認めたのだ。
明玉も同じように頷く。
「許可するわ」
比嘉がスーッと息を吸い込むと、両手を目の高さで重ね両膝を折った。
「明玉代妃の仰るとおりにございます!!」
凛とした真っ直ぐな声だった。
針坊の随行者への圧を霧散させるほどの。
場は息を止めたかのようにシーンと静まり返る。
「……ぁっ、ぁの、あの! 明玉代妃の仰る、とおりでございま、しょう」
またも思わぬ者が口を開いた。どもりながらも、声は聞き取れるほどしっかりしていた。
紗蓉代妃である。軽く膝を折って、明玉に会釈した。
主の突然の行いに固まっているお付き女官に、明玉は目配せした。
「あっ!! はい、明玉代妃の仰るとおりにございます」
明玉の促すような視線を受け、瞬時に理解し主に倣う。比嘉と同じように両膝を折った発言だった。
そうなると、雪崩のごとく皆が続いていく。
「明玉代妃の仰るとおりにございます!!」
「明玉代妃の仰るとおりにございます!!」
「明玉代妃の仰るとおりにございます!」
「明玉代妃の……」
「明玉代妃の……」
木霊のように言葉が連なっていった。
「明玉代妃」
「明玉代妃」
背後に控える花鈴と凛音が、明玉の名を呼ぶ。
明玉同様に、男装の礼装に身を包み平履きを履いた二人も膝を折った。
そして、後宮随行者の中で、ただ一人だけ膝を折らぬ者が残る。
「……」
皆が最後の一人を待っていた。
「っ、クッ、明玉代妃の……」
やっと言葉が紡がれる。
「……仰る、とおりに」
ゆっくりと両手が重なり、両膝が折れていく。
「ご、ざい、……ます」
陥落した。
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