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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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身代わり宮の明玉 二の六

「へえ」


 佳良公は、朱宣から華会の件を聞いて驚愕とともに感嘆の声を漏らした。


「なんていうか……持ってる子だね」

「ハハハ、十八歳の子ですな。今のところ、どう足掻いても妃とはかけ離れておりますし」

「あっ、ごめんよ。代妃を子ども呼ばわりしてはいけなかった。うん、これは私の落ち度。相変わらず、朱宣には指摘されてばかりだ」


 公子君らの教育係だった朱宣に、汀良王も含め頭が上がらない。


 移動一日を終え、州都の陣屋敷である。

 沙伊では、各州に陣屋敷を設けてある。本廟参り然り、視察時等に宿泊する施設だ。州を治める者の屋敷か、専用の屋敷が州ごとにある仕組みになっている。


「二十五歳時に、どうなることやら」


 朱宣が愉しげに言った。

 明玉は現在十八歳、まだ七年ある。


「うーん……今二十五歳の私は七年後どうなることやら」


 佳良公が呟く。


「そうですな、治世が安定し、太子宮の主が決まれば、伴侶を決められましょう」

「だね。気長に待つよ」


 沙伊公子君の婚姻は規制がある。

 次代が決まるまで婚姻できないのだ。つまり、御上が太子を決めるまで婚姻不可が掟。玉座を不安定にさせないための対策である。

 御上の子より、公子君の子が早く生まれないようにしたわけだ。玉座継承を確定してからでないと、公子君の婚姻は行われない。


 先代、先々代の治世期間は短く、子は設けたが太子を決めていなかったため、汀良王の兄弟らは婚姻している者はいない。公女姫も嫁いでいない者もいる。

 沙伊の婚姻時期は、先の掟もあり遅いのだ。

 奉公に出された女官や官女が世に出される年齢、二十五歳以降が沙伊の婚姻時期になる。


「……代妃って、期限付きだよね」


 佳良公が視線を宙に向けながら言った。

 身代わり宮は新しい後宮の体制が確立するまでが役目である。

 召された后妃は不慣れな後宮生活で何度も失敗や失態をおかす。

 後宮の規則や掟、言動、暗黙の了解を習得するまでの期間、懲罰の身代わりを代妃がするわけだ。懲罰だけでなく、後宮生活に慣れず体調不良をおこした時の身代わりも含む。


 つまり、后妃が後宮生活を習得すれば、身代わり宮は閉宮となる。


「それも、二十五歳。代妃の最年長は二十五歳と決まっております。自然閉宮が身代わり宮ですので。そういえば今回随行の代妃二人とも一番下ですな」


 代妃の期間は二十五歳まで。

 これも後宮の決まりだ。身代わり宮の住人は年月が過ぎれば減っていく。

 現身代わり宮で一番年齢が下なのは、十八歳の明玉と紗蓉代妃である。

 最後の住人となるのはこの二人だろう。……御上のお手付きがなければ。


「残り七年か……その間に太子が決まっていれば、私も婚姻できるし、三十二なら……(あの子と)良い塩梅だよね」


 佳良公が茶酒をグビッと飲みながら問う。


「良い塩梅とは面白い。つまり、御上に代妃の下賜を乞うおつもりですかな?」

「ハハハ、ただ年齢的に三十二と二十五って良い塩梅だなって思っただけ。兄上のお気に入りを横取りなんてしないよ……手放さない限りはね」

「実に面白い」


 朱宣も茶酒をグビッと飲み干す。


「まあ、早く治世が安定しなきゃね」

「ですな」


 夜が更ける。

 佳良公と朱宣は久しぶりに気楽な酒を楽しんだのだった。




 さて、佳良公と朱宣が茶酒を楽しんでいた頃、明玉は必死に針仕事をしていた。

 それも比嘉を部屋に呼んで。

 今回の本廟参りに、針坊と繍坊の者も随行している。道中で、衣服の綻びがあったときのためだ。特に、新王報告も兼ねた本廟参りである。

 道中着でも当日の礼装においても、祖先に失礼がないように、細部まで気を使っているわけだ。


 外に出られる機会でもある本廟参りの随行は人気だが、后は正式参拝を指示しており、随行希望者は出なかった。

 それで、繍坊からは石州出の比嘉に随行することになったのだ。

 針坊と繍坊で一人ずつと、新人数名ずつが随行している。


「比嘉、どう?」


 比嘉の表情は険しい。


「ここまで酷いと……」

「三日後には間に合わない感じだよね」


 本廟参りは石州に着いた翌日から儀式が始まる。

 本廟へ登頂する前には穢払いの儀式で礼装となるのだ。


 本廟参りの礼装が明玉の前に広げられているが、悲惨な状態だ。

 破れていたり、刺繍が解かれていたり、汚されていたりととても身につけられるような状態ではない。


「間に合わないどころか……」

「使えない箇所を裁断したら、仕立て直す布面がなくなるわね」


 明玉は無惨な礼装をソッと撫でる。


「こ、こんなこと! どうして!?」


 凛音が珍しく憤っている。


「たぶん、針坊の随行者が后に依頼されたのでしょう」


 花鈴が重い口調で告げた。


「だよね」


 手直しの依頼を出したら、『針坊は王族の衣装の手直ししかしませんわ』などと、居丈高に言われたのだ。

 佳良公の衣装以外は関知しないと。

 布の提供も断られた。

 礼装が無惨な状態であることにさほど焦らず、嘲笑を浮かべながら発したその態度に、針坊の随行者の仕業だと察せられた。


 きっと、出発時の仕返しだろう。


「とりあえず、使えないところは裁断し、刺繍をし直して、落とせる汚れを取ってしまおう。うん、それからどうするか考えよう」


 明玉は皆に指示した。

 妙案は出てこないが、礼装を無惨なままにはしておけない。


 明玉はつと碧龍の標を一瞥した。


『あれのせいで、結局面倒なことになったじゃん』


 ……あれ、あれ?


 明玉の頭が急激に回転し出す。


『そっか、名代か……あれとあれ』


 明玉はもう一つのあれも目に入れた。

 后から貰った髪飾りだ。


「碧龍の標と后の髪飾り……名代……」


 ブツブツと明玉は口にする。


「明玉代妃?」


 花鈴が声をかけた。


「名代を勤める……うん、そうしよう!!」


 明玉はニンマリと笑む。

 その表情に、花鈴は嫌な予感がした。これまで明玉に散々肝を冷やされてきた経験がそう感じたのだ。


「何か、妙案が!?」


 反対に凛音は瞳をキラキラさせている。

 窮地を乗り越えてきた明玉を知っているからだ。


「比嘉、礼装を縫ってもらうわ」


 明玉は比嘉を信頼している。

 きっと縫ってくれるはずだ、どんな奇天烈なことを明玉が口にしようとも。


「なんなりとお申し付けくださいませ」


 比嘉が楽しげに応えた。

 幼い頃から明玉が明玉たることを知っているから。

 比嘉が耳に手を添える。

 明玉は、比嘉の耳に近付きコソコソと告げる。


「……なるほど」


 明玉の言葉を聞いた比嘉が納得する。


「わ、私たちには教えていただけないのですか!?」


 凛音が身を乗り出した。

 明玉は花鈴をじっと見る。

 花鈴が大きくため息を吐き出した。


「はいはい、悪事の片棒でもなんでも担ぎますよ」

「あら、悪事なんてしないわよ?」

「でも、何かしらを……突拍子もないことをするのでございましょ?」

「破損礼装を着るよりは良いと思うわ」


 そこで、花鈴がパンッと手を叩く。心が決まったのだ、明玉の奇策に乗ると。


「さあ、どうぞ!!」


 花鈴が明玉を促した。

 明玉は手招きして皆を近寄せる。


 コソコソ、コソコソ……


 妙案は本廟参りで披露されるのである。

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