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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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32/64

身代わり宮の明玉 二の一

 ドンッ


 視界いっぱいに広がる空は、青く澄み渡り雲一つない。


 バッチャーン


 水中から見る青空は、なんとも幻想的だ。


 ブクブクブク


『あっ、カポカポ靴が浮いてる』


 水落の刑。

 明玉はただいま水中である。

 ドンッと押され、バッチャーンと落ちる刹那に見た青空。一瞬で水中の視界になって、たゆたう水の向こうの世界……水中から見る青空は、明玉に沈家裏山の滝壺を思い出させた。


『この冷たさ……痺れない……そろそろ、冬眠あけか』


 池に落とされた明玉に悲壮感はない。これもまた経験済みである。沈家裏山で。真冬の痺れるような冷たさではないと体が知っていた。

 だが、いつもと違う感覚に、明玉は瞬時に判断する。


『重い……とりあえず、上着は脱いでおこう』


 水中では衣服は重くなり、それが溺れる原因にもなるのだ。


『……綺麗』


 鮮やか衣装が水面に浮上する様を、明玉は眺めていた。


 ブクブクブク

 ……

 ……




「ヘップッシュン」


 明玉は盛大にくしゃみをした。


「早く身代わり宮へ! 急いで!!」


 花鈴が輿を運ぶ者に急ぐように指示した。

 輿の中には、明玉と花鈴だけ。凛音は、湯殿の準備をしている。水落の刑が決まってすぐに役割を決めている。


 明玉にはまだお付の女官が二人しかいない。

 本来なら代妃であっても四人ほどはいるものだ。

 正妃で八人ほど、代妃と違って宮を与えられているため多い。

 后に到っては、十人以上が通常。二十いてもおかしくはない。

 ぞろぞろと引き連れて歩く様はある意味権力者ござれと圧巻である。


 とはいえ、本当に傍でいつも侍る者は数名だ。腹心的な者になる。


 嬪妻四佳人には正式なお付き女官はつかず、見習い女官や屋敷付きの女官がお付きとして侍る。固定女官はいない。


「雨慈め」


 花鈴が悔しげに呟いた。

 雨慈ーー后のお付き女官だ。以前、明玉の化粧をゴシゴシと落とした女官である。


「いやいや、雨慈は后の指示に従っただけでしょ」

「ですが、あのように力一杯突き飛ばすなど」

「体当たりだったものね」


 手でドンッでなく、体を使ってドンッとされ、池に落とされたのだ。


「あいつ、昔っから嫌な者でした」


 花鈴が憤怒した表情で言った。


「同期だったっけ?」

「ええ、同じ部屋上がりです。上役のご機嫌を取るのが上手で、下の者には手厳しく」

「あー、そういう奴いるよね」

「はい。典型的な嫌な奴……嫌な者です」

「いや、そこは奴呼ばわりでもいいって。あいつって言ってるし」


 明玉は笑った。

 花鈴は少しばかり横を向いて、口をムッとさせている。

 二人だけのときは、自然体で。それが、明玉と花鈴で決めたルールだ。


「後宮生活は長いんでしょ?」


 明玉は花鈴に訊いた。


「そうですね。八歳からです。そこから二十数年……代替わりが続いたため、あれよあれよと高位女官になりました」


 女官には二種類ある。

 后や正妃、代妃が後宮に召される時に、生家から引き連れてくる者と、元々、後宮に奉公に出された者に分けられる。


 生家から引き連れてきた者は、後宮のあれこれに精通していない。だから、后や正妃は奉公女官からお付きを決めるのだ。


 ご機嫌取りが上手な雨慈は、首尾よく后のお付きになったわけだ。


 先代、先々代の后や正妃、代妃らのお付き女官は代替わりにより、一線を退いた。そういう掟なのだ。

 代替わりさえなければ、后や正妃らのお付き女官なら何十年も権力を手中に収められたはずだった。虎の威を借る狐で。特に后のお付き女官ならなおさらだ。


 だが、代替わりも三度。

 高位女官らは全て退くことになり、まだ三十にいくかいかないかの歳の中位女官が繰り上がった。


 御上汀良王の治世もある意味不安定、後宮も同じく不安定な状況である。


「そっか……長いね」


 一度後宮に上がった者は、女官や官女であっても外には出られないのも掟。

 二十五歳時に外に出られる一度きりの選択を使わねば、死ぬまで後宮暮らしだ。

 御上や后、正妃らの口添えで高官、武官、役人らとの婚儀をする例外を除いては。二十五歳時も同じで褒賞として下賜される。

 

 花鈴はすでに二十五歳を過ぎている。

 後宮暮らしを一生続ける意志があるのだろう。


「それで、一線を退いた女官ってどうしているの?」

「生家から引き連れてきて女官となった者は、そのまま主に仕えるので離宮行き、もしくはお寺行きです。奉公女官の方は、新参者の教育係になります。後宮には日々奉公女官や官女が上がりますので」


 先代、先々代の女人は現在離宮と寺で暮らしている。子がいない者は寺へ、子がいる者は離宮暮らしに。

 汀良王は、その処遇に頭を悩ませている最中である。


「なるほどね。下積みから始め英華を経て、また下積みの手助けに戻るのか」

「そんな美しいものではありませんよ。下積みから周囲を蹴落し、威張り散らす虎の威を借る狐になって、追いやられた先ではふんぞり返って教育という虐め三昧です」


 花鈴の言葉は、雨慈を連想させる。

 いや、雨慈そのものを言ったに違いない。未来も含めて。


「まあ、それが後宮ってことよね」

「ええ……確かに総じて言えばそうでしょう」


 明玉が肩を竦めると、花鈴も『ですね』と同意した。


「あれ? じゃあ、花鈴はなぜ私のお付きに?」


 花鈴がなぜ后や正妃のお付きにならなかったのか、明玉は不思議に思ったのだ。


「雨慈に蹴落とされました」


 さっきの言葉が思い浮かぶ。

 周囲を蹴落としの中に、花鈴が含まれていたわけだ。


「そっか、まんまと嵌っちゃったわけか」

「いえ、嵌められたわけでなく、ほんっとぉに蹴落とされたのです、后との顔合わせの日に……先ほどの池に! 池落ちしたばかりに、后とのお付き採用面談にも行けず、さらには肺炎となり、正妃との顔合わせ時は床に臥せっておりましたよ。高位女官でありながら、誰からも引き抜かれず、鈍臭い余り者だと雨慈に蔑まれ、他の高位女官からは哀れみの視線を向けられておりました!!」


 花鈴の肩が怒っている。

 だが、明玉は笑ってしまった。


「アーッハッハ」

「明玉代妃! 笑い事じゃありませんわ」

「いやいや、雨慈ってば手慣れていたんだと思って……躊躇なく池に落とすなんて、善良な者にできないでしょ。ある意味」


 明玉は口に手を添え花鈴の耳元に近づく。


「后とお似合いじゃないの」


 花鈴が目を瞬いた。

 明玉のしたり顔に頬が緩む。


「フフフ、そうでございますね」

「后と私、どっちのお付きが良いかしら?」


 明玉はコテンと小首を傾げた。


「明玉代妃にございますね」


 花鈴が即答した。


「それにしても、なかなか上がってこなかったので、肝が冷えましたわ」

「水中から見る景色が綺麗で堪能しちゃったのよ」

「……普通じゃありませんね」


 花鈴が間を置いて答えた。


「普通って? ヘップッシュン」


 花鈴が明玉の濡れた髪を拭きながら続ける。


「普通なら泳げず、バシャバシャと水面でもがき……それを嘲笑れるのです。私はもがいてもがいて、力尽き水中に沈んでいきました」

「死んじゃうじゃないの」

「ええ、そうまでなってから、やっと助けられる流れです。瀕死まで虐めぬく」

「わお、陰湿な後宮みたい」


 言ったそばから、明玉と花鈴は見つめ合う。


「うん、後宮だった。ヘップッシュン、寒っ」


「急いで!!」


 会話は最初の出だしに戻ったのだった。


5,10,15,20,25,30日毎更新

第二部八月〜投稿予定でしたが、書き終えましたので前倒しで投稿開始します。

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