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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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身代わり宮の明玉 三十一

 月見から十日ほど経った。

『華会』からは二週間ほどになる。


「本日は商団商人の出入り日でございます」


 花鈴が嬉しそうに言った。


「楽しみですね」


 凛音に至ってはソワソワしている。心ここにあらずだ。


「別に欲しい物なんてないけどね」


 明玉は花鈴や凛音とは違い、商団商人らを待ちわびていない。


「……明玉代妃は入宮したばかりなので、まだわからないかもしれませんね」


 花鈴が眉尻を下げながら言った。


「後宮に籍する者は、外に出る機会はほとんどありません。手に入れたい物もなかなか買えないのです。以前の後宮は……」


 花鈴が周囲の人気がないのを確認して続ける。


「後宮内官に駄賃を渡してお願いしていました。手に入れたい物と同じ金額の駄賃が相場でした」


 明玉は目を丸くする。


「ボロ儲けね!!」

「ええ……さらには、頼んだ物が違っていたり、質が悪い物だったり、終いには依頼など受けなかったと全額懐に入れる内官も横行しておりました」


 明玉の目が険しくなる。花鈴の言ったことは、外では詐欺というやつで、明玉にとって一番許しがたいことだ。


「だから、指定の商団商人が必要になってくるのです。事前に文を出せますから」


 凛音も付け加えるように言った。

 物を頼んだだけでは、内官に良いようにされてしまう。商団商人を指定すれば、変な小細工はできない。

 後宮においても唯一外と通じることができるのが文だ。

 もちろん、王宮殿の検閲を通してになるが。そこに后宮殿にいる後宮内官は関われない。


「ああ、だから、『華会』で商団商人とお見知りおきが必要だったのね」


 明玉は納得した。


「今日は直接商団商人とやり取りするから、駄賃がいらないってことか」


 明玉の言葉に花鈴と凛音の頬が緩む。


「今回は公女宮殿で露店市場形式で商団商人が出店し、外での買い物気分も味わえるようです」


 御上以外の男性を後宮に入れられないため、主のいない公女宮殿が使われるのだ。


「へえ、それは確かに楽しそう」


 明玉らは、ウキウキしながら公女宮殿へ向かうのだった。




「……」


 明玉は目を丸くする、目前の光景に絶句して。


「町?」


 露店市場の規模が大きすぎた。


「流石御上でございますね!!」


 花鈴や凛音が目を輝かせている。


「もう、皆さんお買い物されていますわ。私たちも向かいましょう」


 二人が明玉を急かす。

 高履きもなんのそので、いつもより足早だ。

 とはいえ、明玉からみれば遅いのだが。


 明玉は歩きながら露店市場を見回す。


「……」


 瞬きをして、見る。


「……」


 目を擦る。

 確認する。


「……」


 ジッと凝視する。


「ヨッ」


 そいつは明玉に気づくと、軽く手を挙げた。


「おーい、明玉生きてたか?」


 明玉の下までやってきたそいつは、明玉の両肩をバンバンと大きな掌で叩いた。


「痛いわよ、端梁!」


 明玉は兄である端粱の脛を高履きで一撃する。


「イテッ」

「あら、ごめんなさい」

「妹よ、妃ならお淑やかにしていろ」

「兄よ、私にお淑やかを求めるの?」


 明玉と端粱はしばし無言で見つめ合い、『プッ』と噴き出した。


「それで、なぜここに?」


 明玉は端粱の背後の露店を一瞥して首を傾げる。


「お安く商い証を手にできた」

「嘘!?」

「なんと、碧月城出入り証も一緒にな」

「……いくらしたのよ? また、ご当主が大枚はたいたの!?」


 明玉は頭を抱えそうになる。


「それが、幸運なことに金貨一枚」


 端梁が親指と人差し指で輪っかを作る。


「明玉に世話になったとかっていう怪しげな奴が、金貨一枚で商い証と出入り証を売ってくれた」

「……その商い証と出入り証、偽物なんじゃないの?」


 ウマい話で散々苦労してきた明玉は疑り深い。

 だいたい、新興商人ならぬ素人商人が、この場にいること自体おかしい。

 華会で碧月城入場許可が下りた商人の名義が変更されたにもかかわらず、簡単に宮殿に入れるものなのか?


「後で災難が降りかかるなんてことになったら、どうしよう」


 それこそが、沈家の通常であるが。


「いやいや、大丈夫だ! 偽物の証書なら門前払いだって。あ、そうそう、その明玉に世話になったって奴からこの文を預かってるんだった」


 端粱が懐から封のしてある文を明玉に渡す。

 明玉は首を傾げながら文を開いた。


『褒美。照』


 明玉はジーッと文を見る。


「照、照ら……」


 明玉はハッとする。


『汀良!』


「照って内官を世話したのか?」


 端粱が文を覗き込みながら言った。

 明玉は瞬時に文を畳んだ。曖昧に笑んでおく。

 そして、つと空を見上げた。

 あるはずのない月を探してしまった。


「……あったかい月夜だったな」


 獲物を仕留めるため、裏山で冷えた体を丸めて月を眺めていた。ほんの数カ月前までは。

 そんな月夜が常だった明玉にとって、酒を酌み交わしながら膳をとったあの夜は、あったかい月見だったわけだ。


「後宮の月夜はあったかいか?」


 端粱がそう言ってフッと笑う。

 明玉は『照らの月夜』を思い出している。


『褒美は私にくれよ』


 内心で不満を漏らしながらも……


『照らの月夜の優しきことよ』


 と、明玉は思ったのだった。




 明玉の後宮生活は始まったばかりである。

第一部 完結

第二部 八月より投稿開始

*第二部全話執筆完了後の投稿となります



 

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