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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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30/64

身代わり宮の明玉 三十

 照らの月夜の優しきことよ


 耳に届き、脳内に響き、瞳が捉えた明るい玉華、心がぶわりと震え、止まった呼吸を自覚する。


 汀良王は『明るい玉華』を見つめる。


「碧月が照らす明るい玉華よ」


 無意識に応じた言の詠が、自身の口からだと認識したのは、明玉が汀良王を見つめ返し笑ったから。

 

 汀良王はハッとして、口を引き締める。


 玉座を奪って以来、言葉を押し殺して過ごしてきた。御上という立場の言葉は、一度発してしまったら引き戻すことのできない矢のようなもの。


 心から自然と溢れ出る言葉を紡いだのはいつぶりか、汀良王は誤魔化すように続ける。


「お前も身代わり宮から消すことができるぞ」


 明玉が目を見開く。

 汀良王は『クッ』と笑った。ちょっとした悪戯心が育つ。


「お前が望めば、他の席を用意してやる。……例えば、正妃、いや后の席」

「嫌です」


 スパーンと即座の回答だった。

 その場の空気が一瞬で固まるほどの。

 だが、明るい玉華たる明玉はその雰囲気を感じていないようだ。


「正妃って面倒くさい。后のご機嫌伺いとか、茶会や宴だって色々あって面倒だし、何より笑みの下に隠した本心の黒さってねぇ?」


 ここは井戸端か? って口調の明玉である。


「面倒……」


 汀良王は思わず復唱した。

 明玉の口は止まらない。


「后なんて、一番最悪。あの陰険な口調を習得するなんて、全身寒イボもの。『わらわはぁ、そちがぁ、ちゃぁーんとぉ、非を鳴いてもらわねばぁ、非が何をさすのかわかないわよぉ』……うん、やっぱり無理」


 明玉は一点集中で妃教育されたときの后を真似して言った。


 それでも、明玉は止まらない。


「おかっみぃ、こよぃはぁ、どうぞぉ、おいでませっ、ムフ」


 明玉が汀良王に夜渡りをせがむ。もちろん、后の口調で。

 汀良王は全身鳥肌が立つ。

 明玉は全然止まらない。

 立ち上がると、腰をクネクネッと動かして、汀良王に超高速の瞬きを披露した。


「おかぁみぃ、ムフフン」

「お前! その安っぽい演技で、その気になるはずなかろう!?」

「ですよねー」


 汀良王の悪戯心は完全に跳ね返された。


「身代わり宮で三食昼寝して、身代わり給金と上乗せ身代わり金を貰った方が稼げるのに。后や正妃なんて、蓮のよう。ドロッドロの上に咲く華。私は昼に咲き夜に睡る睡蓮の方がいいわ。とっても健康的だもの」


 さて、ここでやっと明玉は止まった。

 汀良王、朱宣、徳膳が固まって明玉を見ている。


 明玉は、コテンと小首を傾げた。

 三人が固まるような変なことを言ったかしら? と、言わんばかりに。


 明玉はわかっていない。

 後宮の最たる役目は、夜であることに。

 その夜に寝ていたいわなどと宣っているのは、御上の相手なんて『嫌です』と明言したようなものである。


 いや、もとより口にしていたが。


「グッ、ンン」


 朱宣が変な咳込みをした。……笑いを堪えたような。

 汀良王は一瞬だけ朱宣を睨むと、すっとこどっこいへ満面の笑みを向ける。


「なるほど、その寝ていたい夜に呼び出して悪かったな」

「ほーんとに。内緒の褒美を貰えると思って来たのに、子守唄(お話)を聞くだけだったしね」


 そこで、徳膳がクワッと目を見開き、明玉に凄んだ。


「あっ、ヤベッ、じゃなくってぇぇ……オホホ。とても有意義な月見でしたわ」


 取ってつけたように、明玉が月を見上げた。


「そうですな、本当に有意義な会でした」


 朱宣も月を見上げる。


「……まあ、な」


『華会』の裏事情は、明玉に聞かせることができた。本人は希望しなかったが。


 そこで、汀良王はフッと笑う。


「確かに有意義な時間だった」


 控える徳膳にも聞こえぬほどの小声で発した。

 肩肘張らぬ時間だったからだ。


 しばし、月見を堪能し散会した。

 例によって、『あらよっ』と塀に飛び乗った明玉に、影の見張りをつかせたのは言うまでもない。

 明玉担当となった青衛である。


 きっと、また、とんでもない報告をされることだろうと、汀良王の頬はまた緩むのだった。




「グッ……グッフォ、失礼」


 朱宣が笑いを堪えている。

 汀良王は渋い顔で朱宣を睨む。


「はっきり言え」

「振られましたな」


 明玉同様、朱宣も即答した。

 そうである、汀良王の発言は明玉を后や正妃に望んだもの。確かに、望めばとは前置きはしたが、まさかの拒否反応だったわけだ。

 それを明言するなら、『振られた』間違いではない。


「あの猿も消してしまいましょう!! 御上に何たる暴言を発したか、理解しないすっとこどっこいです。後宮に相応しくありません!!」


 愉快な朱宣と、憤懣やるかたない徳膳。冷宮から二人の態度は変わっていない。


「そのすっとこどっこいに助けられたのだぞ」


 汀良王は『華会』での明玉を思い出す。

 あの妖艶な笑みにも目を奪われた……笑み『にも』?

 汀良王は、心の内で自身に問うていた。若干首を傾げる。


「御上?」


 徳膳が訝しげに呼びかける。


「あー、いや、なんでもない。褒美が不満だったようだな」

「それもなんと不敬なことか!! 猿はもう裏山に放ってしまいましょう!!」


 徳膳がまた語気を強めた。


「あれにとって、それこそ本当の褒美になるかもな」


 明玉はこの碧月には似合わない。王城では異彩を放つ者だ、悪い意味で。

 木登りに干し柿作り、あの後宮でひとり歩きを堪能し、冷宮の屋根で昼寝、迷子のフリの猿芝居、ついさっきは身代わり宮を単独で抜け出し、塀を伝ってやってきた。

 そんな者が似合う場は、やはり沈家の裏山なのだろう。


 だが、汀良王の脳裏に艷やかに浮かぶ『華会』での明玉の妖艶な笑み。鮮やかに残る冷宮で目を奪われた明玉の笑み。


『手元に置いておきたい』


 汀良王は自身の心のそれを明確に表現しないでおいた。


『まだ、珍獣を眺める愉快な気持ちであった方が良い』

 

「放つにしても、ちゃんと稼がせてからでないと恨まれるぞ」


 汀良王はクッと笑って言った。

 徳膳がブツブツと文句を言っている。


「そうですな。放って恨まれましょう」


 朱宣が意味ありげに微笑む。


「私は猿ごときに恨まれても構いません」


 徳膳が言った。


「恨まれるのが猿ならば」


 朱宣が汀良王をチラッと見る。


「一度手放したら二度と手に入れられなくなります。手を伸ばしても触れられぬ明るい月(玉)のように」


 明玉を放てば二度と手に入れられない。

 欲して手を伸ばしても月のように触れられない。

 そうなると、恨まれるのは……放って恨まれるのは……明玉を放ってしまった徳膳を汀良王は恨んでしまうだろう。


 汀良王は朱宣の言わんとすることを、ちゃんと理解している。だが、やはり、自身の心のそれをまだ明確にはしない。

 いや、明確ではない。


 少しばかり目を奪われてただけ。他の華と違うから目についただけ。


「そのうち、月も欠けるからな」


 月が欠けていくように、玉華への興味も欠けていくことだろう。

 汀良王は明るい月を眺めたのだった。

次回更新4/20夜

三十一話にて第一部完結となります

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