身代わり宮の明玉 二十五
汀良王は徳膳から目録を受け取る。
『華会』は三の膳配膳まで進んでおり、商団商人らが后妃、朝廷の者と顔合わせをする場へ突入した。
そこかしこで『お見知りおきを』と挨拶が始まっている。
つと視線を朝廷の席に移す。
朱宣の席が空だ。どこかで『華会』を監視しているのだろう。外交で培った鼻が利く者だ。汀良王は目録ごしで周囲を確認する。
『……なんだ?』
汀良王の視界の端に珍獣席で何やら話し込んでいるのが見える。
自分が授けた扇子まで広げ、コソコソとやっている。
『ん?』
衛士まで加わり、何やら様子がおかしい。
汀良王は后妃らを見回すふりをして、末席に視線を動かした。
『……あやつめ!』
衛士に扮した朱宣と視線が重なった。
『珍獣と変人が一緒だとは、全く頭が痛い』
表情には出さなかったが、汀良王は頭痛の種にこめかみを揉みたくなる。
「徳膳」
汀良王は徳膳を呼び、チラリと動かした視線で末席を見ろと促した。
「……お呼び致しますか?」
朱宣を呼ぶかと徳膳が訊く。
汀良王は内心で舌打ちし、呼び出しの名分を考える。
「仕方ない。三の膳は献上食材だ。あれの献上もさせよ。きっと、ついて出てくるだろう」
あれとは、明玉の干し柿のことだ。ついて出てくるのは、朱宣となろう。
汀良王と徳膳がコソコソと話すのを、目録を差し出した商団商人の代表者が注視している。
「何か、不手際がありましたでしょうか?」
代表者の問いに、汀良王は軽く手を振る。
「いや、問題ない。市場調整の協力に感謝する」
混乱した市場を、御用達と御用聞きで後宮出入りを許可し、既存の商団と新興商人の溜飲を下げたのだ。
『華会』の成功こそ、三代続いた代替わりを平穏な治世へと繋げる沙伊の礎となろう。
先代が強行した改革で流れた血を拭い、新たな道筋を示した。その軌道修正した道筋に乗るための大事な『華会』なのだ。
「ここに集まった商団商人らが全国から選りすぐりの食材を集めました。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
代表者が胸を張って言った。代表者の言葉に合わせて、商団商人らが頭を下げる。
汀良王は頷き、箸を持った。
そのとき、衛士に扮した朱宣が中央へと進み出る。
汀良王は箸をいったん置き、朱宣を訝しげに見た。
「御上ご所望の干し柿の検分が終わりました」
徳膳が干し柿の献上を指示するよりも先に朱宣が出てきた形だ。
朱宣のことだ、先をよんでの行動だろうとは思ったが、いささか機が絶妙におかしいと汀良王は感じ取った。
朱宣が何かしらの『華会』の異変を察知したのかもしれない。
予定にない衛士の登場に、何事かと人の目が中央に集まった。
「最後の献上品でございます」
朱宣が深々と頭を下げた。
汀良王に話を合わせてくれとのことだろう。
「うむ。我から華を披露する后妃に褒美をしようと、代妃明玉に干し柿作りの密命を出していた」
汀良王はそう言って、徳膳に目配せした。
徳膳もなんらかを察し、頷いて口を開く。
「御上が干し柿をご所望である。明玉代妃、御前へ」
さあ、明玉の舞台が整ってしまった。
明玉は最高級の出来となった干し柿を盛った盆を掲げて末席から出陣した。
その後ろに花鈴と凛音が御上と后の扇子を掲げて続く。
最後に官女二人も上級品の干し柿を掲げて連なった。
商団商人のみならず、朝廷席からも思わぬ伏兵の登場に、『お見知りおき』をしていなかったことに悔いるような表情である。
まさかの御上が名指しで明玉に密命を出していたわけだから。
明玉らはいったん朱宣の所で止まる。
『どうすればいいの? どうすればいいの? どうすればいいの?』
明玉は伏せた横目の視線で、朱宣に訴えるように見つめる。
『どうにかしてくだされ。どうにかしてくだされ。どうにかしてくだされ』
朱宣が朗らかな微笑みを称えたまま、明玉に圧をかけている。
明玉は何も策が思いつかない。御上と后の膳を確認し、青菜皿を自然に下げさせる奇策など思いつけようか。
明玉は窮地に陥ってしまった。
「御前へ」
朱宣が明玉に宣告してしまった。
明玉は朱宣を恨めしげに一瞥した。
だが、朱宣はさあ進めと言わんばかりに手まで添えて促す。
明玉は仕方なく一歩前へと踏み出せば、ずんずんと進んだ。背後に朱宣がくっついてくるのだから、前へと進まざるをえなかったと言った方が正解だが。
「最高級品に仕上げた干し柿でございます」
本当はここで徳膳が干し柿を受け取るため、壇上から下りてくるところだが、明玉は言うや否や一歩踏み出した。
徳膳が一瞬しかめっ面をするが、朱宣も上がってくるので踏み留まる。
明玉は御前へ進みながら、后の膳を視界の端で確認し険しい顔つきになる。朱宣も明玉の顔つきに気づいていよう。
そして、ゆっくり顔を上げ、明玉は干し柿を差し出しながら汀良王の膳も確認した。
『うわっ、御上の膳だけ黄ニラも和えてある。あの青菜……やっぱり水仙の葉っぽいな。はぁ、最悪、もうどうすればいいってのよ!?』
膳を凝視する明玉に、汀良王と徳膳が呆れ返る。
一の膳、二の膳をあれだけ堪能していたにもかかわらず、目前の膳も物欲しそうに見つめていると思って。
「ん、んんっ」
徳膳が咳払いした。
明玉はハッとして汀良王を見る。
「ど、ど、どうぞお納めくださいませ」
ぐぅぅぅぅ……
そのとき、腹の虫が鳴った。
鳴ってしまった。
……汀良王の腹の虫が。
明玉を呆れたように見た時に、汀良王は気が緩んだのだ。
誤魔化しきれない腹の虫。とはいえ、当人と徳膳、明玉と朱宣だけにしかその音は聞こえてはいないだろう。
汀良王は唇をムッと噛みしめる。耳が若干赤い。
明玉はそんな汀良王の様子に二ヘラァと笑った。
「ご賞味くださいませ」
汀良王は冷静さを欠いていた。腹の虫が鳴るという羞恥で。
ヌッと手を伸ばし、干し柿をガシッと掴むとガプッと一口いった。
「お、御上」
汀良王の冷静さを欠いた行動に、徳膳が慌てたように呼びかける。
ギロリと汀良王の視線が徳膳に向く。だが、ほんのり頬も赤くなっている。
徳膳は汀良王の子どもじみた様子に、昔を思い出し小さく頷いた。
「他の献上品もご賞味ください」
徳膳の言葉に、明玉は焦り出す。
このまま、汀良王が箸を三の膳につければ、后妃も箸を持ってしまう。
明玉は窮地の中で思考を巡らす。
まずは時間稼ぎだ。
こちらの手札はまだある、扇子と上級品の干し柿。何かしら会話をすれば、箸を持つことはしないだろう。
明玉は咄嗟に口を開く。
「御上、お預かりしていた扇子をお返ししたく。また、后からも御上に倣いと、扇子を授かりました。御上と后の扇子で柿に高貴な風を送り最高級の干し柿となったのです」
明玉はそこで少しばかり綺羅々后の方へ体を向け、一礼した。
綺羅々后が満足げに笑みを浮かべている。
明玉は続ける。何かしていれば、三の膳に箸は伸ばさないからだ。
「花鈴、凛音」
二人を呼び、扇子を御上と后それぞれに返すように促した。
その様子を見ながら明玉は頭を回転させる。
『どうすればいいってのよぉぉぉぉ』
内心は凄まじくテンパっているが、あの不気味な笑みを浮かべて佇んでいる。
綺羅々后が扇子を手にした。それから、意味ありげに明玉に微笑む。
「御上ご所望の華への教育、末席まで行き届いたようで、後宮を預かる后として胸をなでおろしましたわ」
明玉の干し柿作りを自身の手柄のように、綺羅々后が絶妙な言い回しで発した。そういうところの頭の回転は早いのが后である。
『これだ!!』
明玉は奇策を思いついた。
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