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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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身代わり宮の明玉 二十

 絶賛不機嫌中の明玉である。


「明玉代妃、お気に召しませんか?」


 化粧をする女官が悲しげに問う。

 明玉は首をプルプルと横に振った。


「オホホホ、緊張しているだけですわ」


 決して、化粧が嫌だとは言えない。

 后の化粧禁止命令はご褒美だった明玉にとって、鏡に映る自身は息苦しい。いや、本当に息苦しい。

 なんとか取り繕おうと、明玉は作り笑顔をする。例の不気味な笑みを。

 化粧をした女官がヒッと短い悲鳴を上げた。


「も、申し訳ありません!!」


 床に額をつけてひれ伏されてしまった。


「私の腕前不足でございます」

「い、いや、違うって……」


 明玉は、部屋の片隅から凄まじい視線を受け、カクカクと口を動かす。


「お、お、お化粧、とっても、も、も、気に入ったわ。オ、ホ、ホッ」


 部屋の片隅で髪飾りを準備していた花鈴が頷く。

 どうやら、及第点をもらったようだ。


「お優しいのですね」


 化粧をした女官が涙を拭いながら顔を上げた。

 わがまま横暴な妃なら、化粧が気に食わないとキレるものだ。


「さて、最後に髪飾りを」


 花鈴が落ち着いた飾りを選んで、明玉に挿した。


「お似合いでございます」


 花鈴が告げるが、化粧をした女官は顔を曇らせている。

 明玉は小首を傾げた。


「あの……」

「どうしたの?」


 明玉は問う。


「せっかくの華会という晴れ舞台ですので、もっと華やかな飾りが良いと思うのですが。お衣装も慎ましいので」


 化粧をした女官が花鈴を窺いながら口にした。

 明玉の衣装は柄がない単色のものを、色重ねして身につけている。重ね衿だけは刺繍を施したもので、女官の言うように慎ましい出で立ちである。


 現在、身代わり宮では各部屋にお付き女官以外で、化粧をする女官一名、身支度を手伝う官女が二名と、代妃に三名がつき華会への参加準備中だ。


「そうね、本来なら華やかな飾りを勧めるけれど……コホン」


 花鈴が咳払いした。

 化粧をした女官と身支度を手伝った官女らに視線を向ける。


「三人は新人よね。後宮での身支度は時と場合により、変えていかなければならないの」


 明玉は花鈴の話す内容を察して、熟れた口紅を少しばかり紙で押さえる。


「常に最高の身支度ではいけないのです」


 花鈴が口紅を押さえた明玉に意を得たとばかりに軽く頭を下げた。


「本日は華会。華飾りは避けるべきでしょう」


 后妃が披露する華と重なっては目をつけられる。新人らはハッと気づいた。


「で、では宝石飾り……」


 言った瞬間に気づいたようだ。

 華より豪華になってしまう。

 それこそ、后妃と同じ飾りになるかもしれない。いくら価値が違えども、儀礼祭礼を行う公式の場で、同じ宝石を身につけては后妃らに目をつけられる。


「ありがとうございます」


 化粧をした女官が顔色を悪くしながら頭を下げた。


「后も華会を成功させたいでしょうに、なぜこんな試すようなことをなさるのか」


 花鈴がため息をつく。

 今回の化粧をした女官は、后が手配した者だった。

 つまり、代妃の人数分の化粧係が身代わり宮に入っている。


「研修という名の……いびる者をあぶり出して楽しむのだわ。それを許した代妃も華会の後でいびるのね、きっと」


 明玉は后の厭味ったらしい笑みを思い出す。


「だからといって、代妃全員がそれに引っかからなければ、また妃として華にもなれぬのかと詰問されるでしょう。ここは、各代妃の判断に任せるしかありませんわ」


 花鈴が言った。

 秘密防具は渡してある。それ以上の手助けは必要ない。そう判断したのだ。

 秘密防具に眉を寄せた代妃もいた。新参者明玉の手助けなどいらぬとばかりに。

 見舞いさえ断られ、顔合わせもない代妃もいたぐらいだ。


 后妃だけでなく、御上汀良王とお茶をし、扇子を賜った明玉を妬んでいるのだ。


「后の妃教育だから、口出ししない方がいいわよね」


 明玉も花鈴に同意する。

 今回の后の新人研修、妃教育はあながち間違いとは思わないからだ。


「ご、指摘ありがとう、ございました。助かり、ました」


 化粧をした女官と、身支度を手伝った官女が頭を下げた。

 声が震えているのは、后のいびりという意図を理解したからだ。

 その罠にまんまと嵌る寸前だったのだから。


「席次の確認を」


 花鈴が華会が行われる后の宮、彩花宮の広間略図と席次図を明玉に広げる。


「やっぱり、右列最後尾ね」


 中央壇上に御上。段を下げ左に后。

 また段を下げ左に正妃五人。右に正妃四人。

 右列最後尾の正妃は白梅正妃だ。前回の集まりでやらかした結果である。

 そして、代妃は入宮順に左列に五人。右列に五人。

 左右は壇上の御上から見た位置である。


 右列最後尾は一番位が低い席だ。


 この席次は后が決めた。

 御上汀良王が、正妃の序列をまだ決めていないからである。


 それも、今日の華会で決まるのだろうと、花鈴が言った。


「その他に朝廷の方々」


 席次は后妃ら全員を望める御上の対面。后妃という華を吟味するのだろう。もちろん、競う華も。

 どの華が御上の籠を得ているのか、どの華につけばいいのか、どの華が後宮で咲き誇れるか。


「加えて、名だたる商団、商人が控えております」

「え、なぜ?」


 明玉は小首を傾げた。


「后妃とは後宮の華。華となるには装飾が必要になります。後宮の者は外には出られません。後宮の御用達、后妃の御用聞きになるため控えているのです」

「あー、なるほど。財力がある華の蜜に群がるわけか。じゃあ、私には歯牙にもかけないでしょうね」


 後宮出入り業者の選定、華会は、その役目も担っているのだ。


「元々、華の準備には后妃の生家御用達の商団が関わっております。商団の競い合いでもあるのです。御上がどの華を称賛するか、表面上では笑みを浮かべながら、内心では火花を散らしておりましょう」


 明玉は、ウヘェと顔をしかめる。


「なんか、すごく面倒な華会ね。私には関係ないからいいけれど。飲み食いに集中するわ」


 明玉の発言に、今度は花鈴が顔をしかめる。


「商団長は無理でも、せめて商人一人ぐらいとはお見知りおきを。後宮生活が不便にならぬように」

「別に、不便を感じていないわ」

「……後宮で一生を暮らすことになるかもしれません。外と繋がる唯一が後宮の御用達、御用聞きです。手前勝手ですが、明玉代妃に侍る者にとっても重要なのです」


 明玉は言葉の意味がわからず、花鈴を窺う。

 花鈴が女官と官女を一瞥してから、明玉に向いた。


「自分につく者に褒美を与えるのも後宮の華の役目です」


 明玉は、そこで花鈴の手にある物に気づいた。


「褒美をこの者らに」


 明玉は自然に発していた。


 化粧をした女官と身支度を手伝った官女に、花鈴が刺繍を施したリボンを手渡した。重ね衿の刺繍と同じものだ。


「末席の代妃ですので、この程度のものしか授けられません。ですが、明玉代妃はお優しい方。高価な褒美は与えられなくとも、後宮生活で手助けが必要になったら」


 花鈴がフフッと笑った。


「もちろんです!!」


 化粧をした女官と身支度を手伝った官女二人が笑みを返す。

 すぐに、リボンを髪に飾り、明玉に膝を折る。


「本日、明玉代妃付きになったこと、幸運を授かりました」


 明玉は言葉選びに感嘆を漏らす。

 同じリボンをすでに飾っている花鈴も目が輝いた。


「私、凛音と申します。名を預けます」


 化粧をした女官が名乗り、明玉を主として認めたと名預けを明言した。

 名預けとは、忠誠を示すものだ。

 王宮の外でもある習慣で、いわゆる兄弟の契り、はたまた親分子分のようなものである。


「えっと、后に目をつけられた、最低位の妃よ?」


 明玉は花鈴と顔を見合わせながら言った。


「……私も生家が没落した最低位の女官です。お察しのように、后の嫌がらせで明玉代妃に遣わされましたのだと思います。後ろ盾もおらず、拠り所のない女官なのです。安易にいびることのできる女官……お助けいただいたのは、初めてでした」


 凛音は目を伏せながら言った。

 そのような女官や官女は後宮にあふれているのだろう。


 基本、后妃のお付き女官が高位女官、宮や屋敷に配属されているのが中位女官、配属先もなく、どの后妃派閥にも属せない後ろ盾もない女官や新人、見習いが低位女官である。


 女官の下っ端ということだ。后妃が手元に置くと表明し、引き抜きをする形で位が上がる。

 とはいえ、権力のない代妃の下を望む女官は稀である。いや、いない。


 未来への期待がもてないのだから。


「そっ、か。花鈴良い?」


 明玉は花鈴を確認する。


「ええ、良いですとも。名預けを受けましょう。いえ、私もまだでしたわ。私、花鈴も明玉代妃に名を預けます」


 明玉のお付き女官が二人になった瞬間だった。


「輿が用意できました」


 部屋の外から声がかかる。

 明玉は花鈴と凛音、官女二人と顔を見合わせる。


「いざ、出陣!!」

「……明玉代妃、掛け声が間違ってます」


 明玉はニヘラと笑う。


「じゃあ、いざ参らん、毒華の競宴へ!」


 明玉を見る四人は引きつり笑いを浮かべたのだった。

次回更新3/5

5,10,15,20,25,30日毎更新予定

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