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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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身代わり宮の明玉 十四

「お預かり、お断り致します」


 明玉は、綺羅々后と花鈴の会話に割って入った。

 明玉の発言に、綺羅々后の顔が歪む。


「断る、だ、とぉ!?」


 声に怒りがのっている。

 花鈴が冷や汗をかく。明玉に首を横に振って訴えている。

 正妃らに至っては、今後の展開に好奇の目を向けている。明玉がどう后にいたぶられるのかと。


「はぁ……私も、お預けしたいのはやまやまなのです」


 明玉はなんとも残念げにため息混じりに口にした。


「ふざけおって!!」

「残念ですが」


 綺羅々后の大声が響く。

 その大声に被せるように、明玉はすぐさま続ける。


「扇子には役目がございますれば、その重要なお役目のため、お預けできないのでございます。御上からの密命でしたが明かさざるをえません。后のお気遣いをお断りするのですから、秘匿にはできませんね。『御上から賜った密命ですが』。最高の干柿を作れと、私に御上が命じました。きっと、入宮してすぐに休宮となった私に、仕事を与えたのかと。私は、毎日御上の扇子を使い、柿に高貴な風を流しております。最高の干柿は、高貴な風によって出来上がりましょう。全ての柿を最高級の干柿にすべく、日夜励んでおります。もちろん、全ての柿が最高級にできるわけはありませんが、御上からは一級品まで納めよと賜りました。そのために必要な扇子でございます」


 ここは一気に喋るのが必須とばかりに、明玉は息つく間もなく言葉を紡いでいった。

 ことさら、御上汀良王からだと口にして。

 そう言えば、后も正妃らも口を挟めない。


 綺羅々后がグヌヌと悔しげに唸った。

 その機を逃さず、花鈴が口を開く。


「明玉代妃におかれましては、御上の密命を第一に妃としての役目に励んでおられます。御上の密命ですので、華会の役割を優先するわけにはいかなかったのです。確かに御上は、明玉代妃に干柿を作るように命じ、扇子を使えと指示されました」


 明玉は、花鈴の機転に内心で喝采を送った。


 だが、明玉をギャフンと言わせなければ、綺羅々后は納得がいかないだろう。

 后の宮を辞するためには、適度な負けを明玉らは、味わわねばならないのだ。


「そう、か。……ならば、干柿ができればわらわに預けるのだな?」


 綺羅々后が睨みを効かせながら言った。

 必ず、明玉を頷かせたいのだろう。


「『お預かり』はできかねます。干柿のために授かった扇子ですので、干柿の献上と一緒に『お返し』して、役目を全うした報告をしなければと思っております」


 明玉は迷惑極まりない扇子を干柿と一緒に返してしまいたいのだ。


「御上から賜ったものを、突き返すのですか!? なんと不敬なことでしょう!!」


 白梅正妃が声を上げる。

 明玉はイラッとする。

 その顔を見られぬように、つと視線を下げた。そして、視界の隅にある物に気づく。内心でほくそ笑み、明玉は膝をずらしながら後ろへ移動した。


 花鈴が、明玉に手を伸ばす。一刻以上も膝つきをしていたのだから、明玉の下半身は限界のはずだ。


 だが、明玉は花鈴を視線で制し、スススッと擦り膝で動いてある物を手に取った。


 明玉のいきなりの行動を皆が訝しむ。


「私が掲げられるのは、この后の扇子のみにございます」


 明玉は、綺羅々后が花鈴に投げつけた扇子を拾い、両手で掲げてみせたのだ。

 そして、そのまま擦り膝で綺羅々后の前へと進み、頭を下げた。

 花鈴が無謀だと言わんばかりの表情で佇む。


「フン、そのような言い草でわらわが納得するとでも? 御上をことさらに強調して、そのかさに身を隠すとは、本当に下賤な者よの」

「そのようなおこがましい思いはありません。私は御上の密命を明かすという失態をおかしました。その責を逃れるつもりはありません。御上には、干柿の献上と扇子の返却時に、后や正妃の方々に明かしてしまったことを報告するつもりです」


 綺羅々后が、掲げた扇子を取り、明玉の顎を掬って上げた。


「ほぉ、つまりは、わらわを脅しているの? そちの口は、御上に告げ口するぞと言っているのと同じじゃ」


 綺羅々后の扇子が、明玉の口元をバシッといたぶる。

 明玉が口を開こうとするが、それを許さないと言わんばかりに、何度も口元に扇子が押し当てられた。

 屈辱的なその様子を、正妃らがクスクスと笑って見ている。


「良い顔つきになったな。口元の紅が鮮やかだこと」


 明玉の口元の紅が乱れている。綺麗に着飾られ艶やかな化粧をした明玉を、綺羅々后が崩したのだ。

 綺羅々后が満足げに、やっと扇子を止めた。


 明玉は笑みを浮かべる。汀良王が若干引いた例の作り笑顔だ。

 綺羅々后も、明玉の気味の悪さに大いに引いた。


「御上の扇子で扇いだ最高級の干柿と一緒に、后の扇子で扇いだ干柿も添えて献上すれば、どうでしょうか?」


 そして、ゆっくりと両手を掲げる。


「御上に告げ口するのでなく、后からも扇子を賜り、干柿作りにご支援くださったと報告できるかと。御上と后は二人で一対、扇子も二本で一対が相応しいかと存じます」


 明玉の発言に、場が静まる。


「……なるほど」


 綺羅々后の頬が少しばかり緩む。

 その表情に焦ったのか、白梅正妃が身を乗り出しながら口を開く。


「代妃ごときの口車に乗らないでくださいませ。后の機嫌を取ろうとの詭弁ですわ!」


 綺羅々后が白梅正妃に鋭い一瞥を放ち制した。

 白梅正妃の顔が青褪める。


「后の機嫌を取ってはいけないのでしょうか?」


 明玉は一旦手を下げ、小首を傾げながら白梅正妃を見た。


「なっ!! なんという言い草でしょう」


 白梅正妃が明玉を睨む。

 明玉は、あえてハッとしてみせた。


「もしや!!」

「な、何よ!?」


 明玉は申し訳なさそうに、視線を伏せた。


「后のご機嫌だけを取ろうとした私の失態なのですね。『后に並んで』白梅正妃のご機嫌も取らなかったから、ご納得していないと」

「何を言うのよ!? そんなこと、私はひと言も言っていないわ!!」

「本当に申し訳ありません。ひと言も発せず察しろとのことでしたか。入宮したばかりの未熟な私は気づきませんでした」

「違うわよぉぉぉ!!」


 白梅正妃が叫んだ。

 后と並列で自身の機嫌を取れなどと、后の御前で言葉巧みに明玉に言われたのだ。

 まさに詭弁であるが。


「白梅正妃、申し訳ありません。今回は御上と后の扇子だけで扇子干柿を献上したいのです。私の手は二本、それ以上の扇子は手にできませんの。今回はどうか、どうか、お気遣いいただきたく。御上と后の扇子に自身の扇子も並べたいお気持ちは、どうか、どうか、心の内に収めていただきたく思いますわ」


 明玉はわざとらしく、首を横に振ってみせた。


「なっ! 言葉巧みに、この私を陥れようというのぉぉぉ!!」


 白梅正妃が真っ赤な顔で、明玉に茶器を投げつけた。

 明玉は避けない。

 ガツンと頭に当たった。


「后と『同じ』ように、茶器を投げつけ私を罰していただき、ありがとうございます」


 白梅正妃は、明玉の発言でハッとして、視線を綺羅々后に向けた。


「白梅、偉くなったものよの。わらわの宮で、わらわとの茶会で、この公の宮『彩輝宮』で、わらわと『同じ』ように、妃教育をするとは見上げた心意気じゃ」

「后に『代わって』躾けていただき、ありがとうございます」


 明玉は、綺羅々后の言葉に続けて、白梅正妃に追い打ちをかけた。


「確かに、白梅はわらわに『並びたい』、『代わりたい……』正妃から后へ『変わりたい』ようじゃな」


 綺羅々后の矛先が明玉から白梅正妃へ変わった。

 白梅正妃を呼び捨てにして。


「私にそのようなおこがましい思いはございませんわ!!」

「あら、先ほどの私の発言と同じですわね」


 白梅正妃が必死に訴えたが、明玉はまたも追撃した。


「私と違うのは……視線の高さだけ。私は心を込め、床より后へのお伺いを立てておりますが」


 そこで、明玉は両手を掲げた。


 白梅正妃が、椅子から転げ落ちるかのように綺羅々后の前で膝をついた。

 

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