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身代わり宮の明玉  作者: 桃巴


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身代わり宮の明玉 十三

「ワン」


 明玉はひと声鳴いた。


 明玉のひと鳴きに、シーンと静まり返る。


「ワンワン」


 明玉は二度鳴いた。


「お主、何を……何を!?」


 綺羅々后が明玉の犬の鳴き真似に、信じられないと言わんばかりの表情で発する。


 明玉は小首を傾げた。


「ワン?」


 正妃らも驚愕な眼差しで明玉を見つめる。


 そんな者らとは反対に、明玉は楽しげに『ワンワン』と鳴いた。


「明玉っ代妃っ!! わらわを愚弄するのか!?」

「ワン?」


 ガッシャーン


 綺羅々后が自身の茶器を明玉に向けて投げ放った。

 明玉はサッと茶器から身を逸した。


 激高した后がさらに茶菓子の皿まで明玉に投げつける。

 もちろん、明玉はそれにも身を交わす。


 場は騒然とした。


 そこでやっと明玉は、深々と頭を下げた。


「后の命令通りに、犬のように吠えました。上手に吠えられず、申し訳ありません」


 確かに、后は言った。『キャンキャンと犬のように吠えるか』と。


 明玉は忠実にこなしているだけだ。


「おぉぬぅしぃぃぃ!」


 地を這うような恐ろしい声で、綺羅々后が明玉を睨めつける。


「わらわは、犬の真似など命じてはいない!! 茶を嗜めと命じたのだ。わらわの茶が飲めぬのかぁぁぁ!!」

「かしこまりました」


 明玉は、床に転がった茶器を手に取る。

 綺羅々后の暴挙で、床に置かれた茶器は倒れていた。


 蓋が取れ、コロンと倒れた茶器には、少しだけではあるが、茶が残っている。


 明玉は、ちゃんと手順を踏んだ。


 まずは、蓋をする。

 茶台(ソーサー)がないので、掌で茶器を包み込む。


「蓋を少しずらして、おちょぼ口でフゥフゥ、香りを楽しんで、頬を緩めて感嘆吐息、ちょびっと口をつける」


 明玉は声に出してから、その通りにした。


「御上からも手厳しく注意されましたので、復唱していただきました」


 グヌヌヌヌと綺羅々后が唸る。

 御上の指導での茶の飲み方だと、明玉は口にしたわけだ。

 それにイチャモンなど言えようものか。

 実際は茶の飲み方など気にしないと、汀良王は言っていたのだが。汀良王と茶会をして、明玉は目をつけられたのだから、それを上手に利用したのだ。


「……フン、小賢しい真似を」


 綺羅々后は、大きく息を吐いて気を鎮めた。

 そして、ニーッコリと笑う。

 どうやら、次の策に出るのだろう。


 明玉は内心で身構える。

 宮女らが茶器を片付けたのを確認すると、綺羅々后が口を開く。


「さて、余興はここまでですわ」


 綺羅々后が楽しげにスッと目を細めた。口元が緩んでいる。


「本題に移りましょう。華会についてね」


 綺羅々后が正妃らを見回す。

 

「開宮して初めての華会よ。盛大に滞りなく開催したいわね。必ず御上も出席なさるから、皆も楽しみでしょ?」


 明玉にはちんぷんかんぷんな話題だ。


「様々な華が彩る宴となりましょう」


 麗羅正妃が言った。

 綺羅々后が、視線で麗羅正妃を制する。

 どうやら、明玉に華会のヒントを与えたくないようだ。


 ただ、華会というだけあって、花……華を愛でるのは分かる。麗羅正妃の口ぶりからして、色んな華を見る宴だろう。


「して、明玉代妃」


 綺羅々后がニンマリと笑って名指しした。


「準備はどこまでできているのかしら?」

「準備……ですか?」

「そうよ、準備。華会の準備はそちの役割でしょ?」


 明玉は目を瞬いた。


「私の役割は身代わりと聞いておりますが」

「フフフ、そう代わりが役割よね。現状、後宮には嬪妻四佳人は召されていないわ。後宮の儀礼祭礼を準備する者の代わりを代妃がすると、御上の籠を得た明玉代妃は、も、ち、ろ、ん、分かっているはず。早く、華会の準備具合を説明しなさい」


 明玉は目を見開く。

 花鈴から、確かに耳にしている。だが、後宮に入宮してたった十日ほどの明玉には、儀礼祭礼などわからない。

 華会がどういう儀礼祭礼なのか、明玉は知らないし、準備はそれこそ、床にふせっている代妃に代わり身代わり宮の女官らが行っている。


 明玉は、完全に詰んだ。


 その様子に、綺羅々后がしてやったりとニヤける。


「まさかとは思うが、華会を知らぬのか?」


 明玉の焦った様子を綺羅々后が楽しげに見ている。


「ほれ、そのよく吠える口で答えなさい。今度は小鳥のさえずりのように鳴いてもいいわ」


 綺羅々后と正妃らが、口元に扇子をあててクスクスと笑った。


 流石、後宮。意趣返しの応戦を仕掛けられた。

 それこそ、チュンチュンなどとは鳴けない。嘲笑う后や正妃らに、明玉が対抗する手はない。


 ここぞ、負けどきだと明玉は頭を切り替える。


「私の非を認めます」


 明玉は床に頭をつけて謝る。

 だが、綺羅々后はまだ矛を収めない。


「わらわはぁ、そちがぁ、ちゃぁーんとぉ、非を鳴いてもらわねばぁ、非が何をさすのかわかないわよぉ」


 綺羅々后がねちっこい言い回しをする。

 分かっていることを、あえて明玉に言わせたいわけだ。

 明玉に戸惑いの時はない。


「華会を知りません。儀礼祭礼は身代わり宮の女官が準備をしていると聞いております」

「言い訳をするでない!」


 明玉の発言に、綺羅々后が間髪入れずに言った。

 明玉がどう口にしようと、言い訳だと指摘できよう。非を認めても、実情を口にしても、明玉が責められぬ逃げ道はないのだ。


「代妃とはいえ、妃に相違ないわ。嬪妻四佳人ではないの、その地位は!! 入宮して十日もあって、儀礼祭礼を学ばなかったの!? きらびやかな宮殿に浮かれて過ごしていたのね」

「本当に、そうですわ。チヤホヤと着飾られて、御上と茶会までしたからと、図に乗っていたのね」


 綺羅々后に続き、白梅正妃も口ぶりを揃える。

 他の正妃らもそれに倣って、明玉を罵った。


 明玉はただただひれ伏すばかりだ。罵りなど、右耳から左耳へと流しておけばいいだけのこと。

 散々罵ったなら、后や正妃らも溜飲を下げよう。

 明玉は床の節を眺めて、あくびをかみ殺している。


『小鳥のさえずりね』


 明玉は罵りを内心で揶揄った。

 そんなことを思っている明玉の背後で動きがあった。

 どうやら、花鈴が戻ってきたようだ。


 床にひれ伏した明玉を目にした花鈴が、足早に隣へとやってくる。


「戻りました」


 花鈴が明玉同様にひれ伏して言った。

 密かに、明玉は花鈴と視線を交わして頷きあった。


「両名、面を上げよ」


 綺羅々后が命じた。


「さてと……華会も知らぬ明玉代妃よ。妃として弛んでおる。わらわは后として、そちの気を引き締めねばならないわ。華会の準備が終わるまで、御上の扇子はわらわが預かろう。良いな?」


 綺羅々后の発言で、花鈴もこの状況を理解したことだろう。

 華会のことで明玉が責められていることを。

 そして、何より、汀良王の扇子を運んだ花鈴が、戻ってきての発言だ。また明玉からお付き女官を離すと同時に、籠の証である扇子を奪いたいのだろう。


 もっと言えば、明玉が椅子に座っておらず、膝つきの状況からして、花鈴が后の宮を下がってからずっと、その状態だったと推測された。


 これでまた扇子を取りに戻ったなら、明玉が不動の刑を半日近く行うことになる。


 花鈴は、意を決して口を開く。


「華会については、お付き女官である私の失態でございます。明玉代妃に非はありません」


 ダンッ


 綺羅々后が、机を叩いた。


「代妃の女官ごときが、わらわに盾突くのか!?」

「いいえ、いいえ、そのようなことではありません。一番悪いのは私なのです!!」


 花鈴が必死に口にすればするほど、綺羅々后の機嫌は悪くなる。


「不届き者め!!」


 綺羅々后が、花鈴に向けて扇子を投げつけた。

 扇子は花鈴の頬をかすめる。


 赤く一筋が流れた頬に、明玉は目を見張った。

 そして、口を開く。


「お預かり、お断り致します」

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