身代わり宮の明玉 十一
「……なんか、おかしい」
明玉は呟く。
「どこか、お気に召さないところがおありでしょうか!?」
「なんなりとおっしゃってくださいませ!!」
明玉の身なりを調えている女官や官女らが、とんでもなく気遣う。
「い、え、いえ、ちが……」
明玉は周囲が明玉の発言に注視する圧に引いた。
「明玉代妃、どうぞご遠慮なくおっしゃってくださいませ」
花鈴が声をかける。
「えっと……これ、誰ですかね?」
明玉は鏡を指差す。
鏡に映る明玉は、豪華絢爛な衣装を身に纏い、金銀珊瑚宝石をあしらった髪飾りで華やかに結い上げられた髪、お化粧された顔、どこをとっても自分が自分であるのか疑わしくなっていた。
「ええ、これほど化ける、コホン、お美しく変貌されましたから、見慣れないのは当然でしょう。何もおかしなところなどありませんよ。お体も、栄養が行き渡ったのか、柔らかくおなりですわ」
花鈴が胸を張る。
それは、周囲の者らも一緒で、明玉という完成品に満足げだ。
たった十日ほどであるが、貧相な食事から美味しい食事を口にしている明玉は、確かに幾分ふっくらした……かもしれない。
「原型を留めないほど仕上げてくれてありがとう」
「ええ、本当に、あっ」
花鈴が口を押さえる。
「本当よね。私が私だって分からない出来映えなんだもの。……待って、もしかして」
明玉は気づいた。あることに。
「后や正妃も同じなの!? あの整った顔は作りもの……真実は厚塗りの下に隠されいるのね。おそろしやぁ」
明玉の発言に、女官や官女が口元をヒクつかせる。是などと口が裂けても言えない。
「明玉代妃……後宮には禁句がございます。暗黙の了解というものです。おわかりください」
「そうよね……化粧の腕前を誇れるのに、元々のかんばせ(顔)がお美しいのですわ、なんておべっかを使わなきゃいけないなんて」
明玉にこの発言にも、皆が口元をヒクつかせた。
「以前も申しましたが、明玉代妃は原石でしたので、磨きがいがありました」
花鈴が明玉の発言を無視して発した。
「そうよね、石にお化粧するようなものよね。思い出すわ。子供の頃、紙がなくて河原の石に文字を書いて覚えたものよ。お絵描きだって、石にしたわ。嫌な奴の顔を描いてぶん投げていたし。よくよく考えれば、それと同じだわ」
明玉の発言にシーンとなる。
「明玉代妃……」
花鈴が痛ましげに呼んだ。
名家の娘が、石に文字を書いて覚えたなど、涙話である。そんな苦労話に、女官や官女らが目頭を押さえる。
「あら? 皆、どうして……」
明玉は小首を傾げた。
「おいたわしや」
「確かに、石も嫌な奴の顔なんて描かれるのだもの、おいたわしやよね。でも、安心して。筆も墨も使わなかったから。水絵よ、こう指で」
明玉は、宙で指を動かせてみせた。
「だから、乾いてしまえば消えるの。ん? 違うわ。ぶん投げて川に放っていたから……まあ、石の苦行は一瞬よ」
シーン
もう、花鈴でさえ何を口にしていいのか分からなかった。
「輿のお迎えが参りました」
部屋の外から声がかかる。
「よし、いざ出陣! 盛大な負けどきをあげましょう!!」
明玉は意気揚々と部屋を出ていく。
見送る女官や官女らの目元は潤んでいた。
あまりに、明玉が不憫だったからだ。
だが、当の明玉はそんなことなど微塵も思っていないのだ。それが、明玉の長所でもあり……短所でもあるのだろう。
さて、決戦の舞台へ明玉は花鈴とともに向かう。
明玉は椅子型の輿に乗り、花鈴がその横を歩く。
「前回の輿と違うのね」
前回は箱型の輿だった。
「身代わりのお役目時は、懲罰の状態を隠すためもあり、箱型の輿になります。後宮での箱型の輿は、身代わり宮の代妃専用のようなものなのです」
懲罰で血みどろの代妃を、椅子型の輿には乗せられない。
「それに、今回の輿は后宮殿から参りました。……強制召集とも言えましょう」
つまりは、后の命令。否応無しで輿に乗れ、ということである。
「后の宮、初日以来だわ」
輿に揺られながら明玉は呟く。
「すごく遠かった記憶が」
明玉に応えるように、花鈴が口を開く。
「王宮殿にもっとも近いのが、后の宮です。次に福妃の宮、正妃の宮、代妃の身代わり宮、嬪妻、四佳人と、位により住まいが王宮殿から離れていきます」
「なるほど、なるほど」
「身代わり宮は真ん中の位ではありますが、住まいの大きさは位で比例しますので、后の宮まで遠くなってしまいます」
「ほおほお」
明玉は適当に相槌を打つ。
「私なら、輿に乗るより歩いていった方が早い気もするわ」
「すぐに、迷子になりましょう。宮殿を覚えるには相応の時間がかかりますから」
宮殿の全貌を理解するのに、数年はかかると言われている。
宮殿の広さは、一つの町、もしくは小国家並みにある。
住まいだけに留まらず、庭園や果樹園なども含まれるのだから。さらには、当たり前であるが闘技場や鍛錬場、馬場や武器倉庫、兵舎に練兵場、上げたらきりがない。
御上汀良王でさえ、宮殿全域を理解できてはいない。一つの町全部を隅々まで覚え、人物も記憶するなど不可能だから。
「花鈴は、どこまで宮殿を把握しているの?」
「大まかですが、后宮殿ならわかります。……宮殿を覚えられない者は、女官にはなれませんので」
女官は役人。官女は下働き。もちろん、身分により女官になれない者もいるが、頭が良くなければ、女官にはなれないのだ。
女官は頭脳、官女は身体、とも言えよう。
それらを統べる者が后妃。
「そろそろです」
前方に華やかな門が見えてきた。
「あれ? 前回と違う気が」
明玉は首を傾げた。
「后の宮、表門になります。后の宮殿は、住まうだけの場でなく、後宮内の執務の場もあります。前回は、懲罰を行う陰宮の裏門から入りましたので」
花鈴が早口で続ける。
「后の宮は、執務を行う彩輝宮、儀礼祭礼を行う彩花宮、懲罰を行う陰宮、后の私室、寝所である彩雲宮と四つの役割を持つ宮です」
表門に近づいていく。
花鈴は、さらに早口で明玉に伝える。
「身代わり宮は一カ月の休宮を、御上が命じました。つまりは、身代わりの役目は残り二十日ばかりはありません。陰宮は封鎖されております。表門から入る理由は」
「公の執務、妃教育だと声高に言えるようにね」
明玉は花鈴の言葉を制するように言った。
ちょうど、表門に到着する。
「どうか、御上から賜った扇子を誇りに、耐えてくださいまし」
明玉の手には汀良王から賜った扇子がある。
「本当に厄介な物を賜っちゃたわ(この扇子、后の伏魔殿行きの切符なんだもの)」
明玉は口元を隠しながら言った。
いざ、彩輝宮(伏魔殿)へ、参らん。
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