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第5話

 次の日、同じ時間に東屋(あずまや)へ向かうと、すでに来ていた騎士様は、私に気がつくと嬉しそうに微笑んだ。自分の身分を明かさないのは、何かあるのだろうか? いや、深くは聞くまい。話をするだけなのだから。


「こんばんは、騎士様。何てお呼びすればいいかしら?」


「私か? ヨハンだ」


「ヨハン様」


 そう言いながら、私はヨハン様の隣に腰かけた。


「今日は、アメリア嬢が好きだったクッキーを持ってきたんだ。食べるかな?」


「嬉しい。いただきます」


 クッキーを1つ摘まんで口の中に入れると、ホロホロと口の中で溶けていく。


「美味しい」


(何だか、懐かしい味がするわ)


「この中庭で子供の頃、一緒に遊んだ事があったんだが、覚えているかい?」


「まあ。この庭で?」


「ああ。社交シーズンに王宮に集まった貴族の子供達は、よくその辺で遊んでいたな」


 ヨハン様は懐かしそうに目を細める。


「ヨハン様?」


「すまない。私の話ばかり‥‥‥アメリア嬢は、最近何をしているんだ?」


「やることがないので、読書をしていますわ。本を読んで寝て、読んで寝て。その繰り返しです」


「不自由な生活を()いられているのか?」


「いいえ。そんなことはありません。もう公爵家に戻りたいのですが‥‥‥国王の婚約者候補ということもあって、帰れないのです。傷が完璧には、治ってはいないので」


 私は上着の腕の部分を少しめくって、ヨハン様に腕の傷を見せた。よく見ないと分からないが、細かい傷跡がたくさん残っている。ヨハン様に嫌われる可能性もあったが、先に話しておいた方がいいと思ったのだ。


「びっくりしましたか? 次第に消えていくらしいのですが、完全に治るかどうかは今のところ分からないみたいです。これが治らなければ、誰とも結婚は難しいでしょう」


 ヨハン様は(うつむ)いていた。


「でも、(もら)い手がいなくても、これからは女騎士として、生きてみようかと思っています」


 自分なりに精一杯明るく言うと、ヨハン様が私の目を見て言った。


「名誉の負傷なのに、貰い手が無いなどと‥‥‥誰がそんな事を言いましょう。あなたは何も悪くないのです」


 そう言って、ヨハン様は私をやさしく抱きしめた。


「‥‥‥ヨハン様? 誰かに見られたら困るのではありませんか?」


「構いません。見せつけてやりましょう。私は、あなたを愛しています。昔からずっと‥‥‥なのに貴女は戦場で私を(かば)って先に逝ってしまおうとした。私がどれだけ苦しかったか、貴女(あなた)に分かりますか?」


 ヨハン様は(ふる)えながら泣いていた。


「ごめん‥‥‥なさい」


 私は、どうしたらいいのか分からずに、ヨハン様の背中を()でていた。ふと思い出した。子供の頃泣いていた男の子を(なぐさ)めていたことを。あれは、誰だっただろうか‥‥‥。


「うっ‥‥‥」


「アメリア嬢、どうかしましたか?」


 ヨハン様が泣き止み、心配そうに私の顔を(のぞ)き込んだ。


「なんでもありません。何か‥‥‥思い出した様な気がしたのですが、気のせいだったみたいです」


「‥‥‥」


「もう遅いですし、そろそろ行きましょうか?」


 そう言って、その日はそれぞれの部屋と職場に戻ったのだった。




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