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最もシンプルな罪の償わせ方

作者: 半空白

多くの人が一度は考えてみたことかもしれません。

 

「──なぁ、いったい俺はどうしてこんなところに居るんだろうなぁ?」


 俺はミシンで服を作っていると、隣で作業していた男にいきなりそう話しかけられた。


「罪を犯したからに決まっているだろ? そうじゃなきゃ塀の中にはいねぇよ」


 俺はミシンを動かしたまま答えた。


 俺たちは今、牢屋の中にいる。


 それも、人を殴ったとか、金を巻き上げたとか、ましてや殺人や放火を犯したとかそんな罪ではない。


 俺の場合、たった一個のカレーパンを万引きとして捕まった。──そう。たった一つのカレーパンを盗んだだけで……。


 今思うと、あのときどうして俺はカレーパンを盗もうとしたのだろうか?


 今時、どんな小さい個人商店でも入り口には万引き防止のためのセンサーや店の中にはこれでもかっていうくらいたくさんの監視カメラがついていて、万引きなんて不可能に近い。むしろ、そのような真似をすること自体が愚かなくらいだ。


 あえて答えをひねり出すとしたら、俺にはそのとき、金がなかった。──と言っても、カレーパン一個くらい買えるお金はあった。しかし、カレーパン一個と五百ミリリットルの水の入った硝子瓶しか買えない程度だ。


 このとき、俺の財布の中に明日、生きるための保障なんてなかった。日雇い労働者にそんな保障なんて誰もくれやしない。だから、俺はカレーパンを盗んだ。


 だが、警備ロボットにすぐにバレて捕まった。


 言い訳はロボットに通じることなく、俺はファストフード店のドライブスルーのような裁判所に送られた。


 そこで、裁判官の服を着せられたマネキン人形のように見えるロボットとの五分だけの裁判を受けた後、ここに送られた。そこでは、ミシンで貧しい人が着るための服を作るという仕事を与えられた。


 どうやら貧者への奉仕活動が名目らしい。ただ、奉仕活動であるはずなのに、奉仕者の労働時間が十五時間なのはどうかと思う。──そもそも、ここに来る前の俺にはその服すら届かなかったのに……。


「俺は漫画雑誌を盗んだだけだぜ。たったそれだけの罪なのに、どうしてこんなに重労働をしなくちゃいけないなんておかしいだろ?」


 ──こいつは漫画を盗んだのか。同情して損した。そういえば、俺はここ三年ほど金が無くて漫画が読めなかったんだよな。


 そう思うと、一瞬だけ隣の男が羨ましく感じた。


 しかし、現に捕まっているのだから俺と大差ない。むしろ、あっちは盗んでいるから俺よりも罪は重い。

 

 ──まったく羨ましくないな、とすぐに思いなおした。


「まぁ、一日どんなに働いても五十モズだからな。割には合わねぇな」


 ここでは、どんな犯罪者も等しく罰金刑に処せられる。

 

 違うのはその額だ。


 具体的な基準は知らないが、噂によると、物を盗めば、その物の価格の百倍。人を殺めれば、その人が稼ぐはずだった金額の五十倍。国をひっくり返そうものなら、その国の国家予算の十倍らしい。


 しかし、どの額も俺たちが一生かけて払えるかどうかのレベルだ。


 特にこの施設では、碌に稼ぐごとができやしない。


 窃盗などの軽犯罪者は社会に与える危険性は低いと考えられ、牢屋には入らなかったとしても、罰金を働く傍ら払えばいいという決まりになっている。


 だが、犯罪者を雇うところなんてどこもないから、大体、こうして犯罪者向けの公営の労働施設に送られることになる。


 ここには、俺がしている服を作る仕事、土木作業をはじめ、治験や人体実験など様々な仕事がある。


 犯罪者には人権が無いらしく、どれもこれも労働基準法とかそういうものが守られていない仕事内容の仕事ばかりだが、それ以外仕事が無いのだからしょうがない。少しでも安全そうな仕事を選んでいる。


 治験や人体実験は簡単にお金が入ってその分、この牢屋から出ることができるらしい。


 しかし、その人体実験は倫理を根本的に無視しているものであり、好き勝手に投薬されて死んでしまうことが多い。


 だから、俺はそういう仕事は避けていた。


 勿論、ここから出るには罰金を満額払いきれないといけない。もし、ここから逃げ出したら銃殺される、──らしい。──らしいって言うのは、脱獄囚が出た際、その番号が張り紙として出され、そこにその犯罪者は上級の施設に送られたと書かれる。


 しかし、風の噂で実は銃殺されたんじゃないかとか、毒ガスによって殺されたんじゃないかという話を聞く。


 施設の外にいた頃も、この施設以外に犯罪者が入るところは無いと聞いていたから多分そうではないかと思う。


「それにしたって、漫画雑誌一冊だけで罰金百万モズなんておかしくないか? 普通はもっと軽いもんだろ?」


 ──へぇ、漫画雑誌を盗んでそれくらいなのか。俺は十万モズだからこの男は俺よりも大悪党らしい。しかし、俺の場合は未遂だからこんなに罰金が高いのもどうかと思う。


「それだけこの世界は人が余っているってことだろ? 俺たちみたいな犯罪者なんてこの世界には不要な存在だろ?」

「はぁ? そんなわけないだろ」


 俺がそう答えると、男は呆れた顔をした。


「どういうことなんだ?」

「俺たちはこの世界の働きアリなんだよ。人体実験とか、人権も顧みることなくこき使えるやつなんて犯罪者しかいないじゃないか」

「まぁ、そうだな」

「それに、刑罰を高額な罰金刑に限ることで、治安もよくなるし、諸外国には人権を守っているポーズも見せられる。上のやつらからしたら万々歳ってわけさ」

「それでも、俺たちはここに居たほうがずっといいと思うけどな。──ほら、ここに居たら安全じゃねぇか。飯だってある。それに、野宿しなくて済むからいいじゃないか」

「毎日出てくる食事が緑と赤と白のペーストなんて怪しいことこの上じゃないか」

「それ言ったら、これまでの人生で栄養のある食べ物なんて食べて来られたか?」

「言われてみればなかったかも」


 男は納得したような顔をする。


 この国では薬の使われていない魚や肉、野菜は高級食材として扱われている。俺みたいな貧乏人はオーガニックとかそういう安全な食べ物にありつけられることなんて毛頭なくどこで作られたか分からない加工食品を食べて生きてきた。


「健康的で文化的な生活が遅れる分ずっといいじゃないか? 俺たちみたいな知識もなくて、機械からも不要だって宣告されちまった虫けらが安全に暮らせるなんてここしかないだろ?」


 ──まぁ、そう思う。


「だけど、カメラに生活をじろじろ見られるなんてひどい生活じゃないか! 人がクソしているところまで見るなんて俺たちはモルモットか?」

「路傍の石ころだからじゃねぇか?」

「どういうことなんだ?」

「路傍の石ころはただ邪魔な物。けれど、いざ石ころが飛んで来たら痛いじゃないか。誰だって危険な物があったら、そのままにしてやれるほどやさしい性格なんてしていないだろ?」

「まぁ、そうだけどな。それでも納得いかねぇよ」

「それでも社会に不満があるやつがいるなら、一切合切まとめておく方がいろいろと都合がいいだろ? この世の中はそういうものなんだよ」

「そういえば、つい最近、この体制に歯向かった活動家がいたじゃねぇか?」

「誰だ? 正直言ってたくさんいて分かんねぇんだけど」


 そもそも、ニュースに載るような犯罪者は基本、そういう奴らだ。──まぁ、俺みたいな窃盗罪は新聞の片隅にひっそりと罪名と名前と国民IDが書かれるくらいだ。


「マッキンジだよ。マッキンジ」

「マッキンジ? 結構有名じゃねぇか。あいつは神出鬼没の活動家じゃねぇか。たしか、政府が未だに身元を掴めていなかったんだろ?」

「それがな。マッキンジがいるんだよ」

「嘘だろ? こんな近くにマッキンジがいたのかよ」

「俺も知らなかったからな。お前が知らないのも無理もないよ」

『ソコノ二人、仕事中デス。静カニシナサイ』


 俺たちはロボットに注意された。


 どうやら、手が止まっていたらしい。

 俺たちはミシンを進めた。


 ロボットが遠くに行ったのを見計らって、男は再び俺に話しかけてきた。


「そのマッキンジはさーて、どんな罰金刑を科せられるのでしょうか?」

「そんなの興味ねぇよ」

「こんくらいだよ」

「ピースサイン見せたって分かんねぇよ」

「二京モズだよ。二京モズ」

「京って国家予算でも聞いたことない額だぞ。それ」


 ──いや、国家予算の十倍はこれくらいするものなのか。


「それだけあいつにすごい価値があるんじゃないのか?」

「へー。そういうもんなんだな。ネットの中でぴーちくぱーちく騒いでいるやつでもそのくらいの罪になるんだな」

「まぁ、どうせマッキンジの場合は機を見て殺すんじゃねぇのか?」


 ──どうせそうだろうよ……と思いながら、ロボットに賃金を削られないようにミシンの方に集中する。


「あんまり驚かねぇんだな」

「そりゃあ、体制に歯向かったらそんな目に合うだろ?」

「俺からしたら、マッキンジを殺すだけでもヤバいと思うんだけどな」

「そんなもの隠しちまえば、それでおしまいじゃねぇか。神格化もしないし、余計な暴動も起きねぇ。──第一、この塀の中にいる俺たちにそんなことは関係ないよ」

「まぁ、俺からしたら事件だよ。多分、世界が変わっちまうんじゃないかってくらいの」

「人が一人死んだって、明日は来る。別に世界は一人のために出来ているわけじゃないんだからさ」

「そんなことくらい分かっているよ。ただ、俺にはすげぇことなんだ」


 すると、男は俺の耳元でこう言った。


「──実は俺、妙な話を聞いたんだ」

「何だよ?」

「実はマッキンジが有志を募って脱獄するって言うんだ」

「諦めろよ。どうせ脱獄するのに成功したとしても待っているのは殺される運命さ。そんなことより、ここの裏庭で骨を埋める方がずっといい。慎重に生きていく方がずっといいと思うけどな」

「本当、お前ってしょうもないやつだな。少しくらい夢を持てよ」

「こんな世界で夢なんて持てやしないよ」


 男はつまらなさそうな顔をして、仕事を再開した。


 ──それこそ、解放された後に明日を生きるためのお金が残っているかどうかすら怪しい世界で生きるなんてつらいもんじゃないか。


 俺はミシンを進めながら、そう思った。


 仕事の終わりに今日の賃金を確認すると、いつもの二割引きだった。どうやら、お喋りが過ぎたらしい。反省。反省。


 数日後、俺たちは広場に集められた。


 そこには脱獄企図により上級収容所送りにされた者のリストが出されていた。


 今回は珍しく番号とともに顔写真がついていた。──大方、マッキンジを見せしめに使おうとしているのだろう。


 ──マッキンジの写真はどれかな? 


 ぼーっと写真を流し見していると、ある写真に目が留まった。


 つい昨日まで話していたあいつの顔があったのだ。


 このとき、俺は改めて──この施設の裏庭で骨を埋めよう……ふと、そう思った。


「最後の天使」と比較すると、あまりヘビーでは無いと思います。


「すべての刑罰を罰金刑に一元化したらどうか?」という妄想を小説にしたものです。


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― 新着の感想 ―
[一言]  ちょっと共感したのはロボットが人を裁いている点ですかね、現実の裁判もほとんどパソコンソフトで判決を出してます。大抵の犯罪者はプログラムに裁いてもらっているわけです。  まぁ、現実の犯罪者も…
2022/07/17 20:15 退会済み
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