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少年の思い出  作者: さっぽろな
2/2

後編

この日から師匠は1v1を断ったことを気にしてか、公園での練習だけでなく別の場所へと遊びに連れていってくれるようになった。最近流行りの洒落たカフェやチョコレート工場に行って小学生の俺ではとても買えないし買って貰えないような高級チョコレートを親に内緒でこっそり買ってくれたりしたこともあった。「どうしてここに連れてきてくれたの?」


と尋ねるといつも


「一度来てみたかったんだよ。」


と言ってニッと歯をみせて笑っていた。本当に師匠は優しい人だと思う。チョコレートを苦笑いしながら食べていたり、苦いコーヒーで顔をしかめていたりしたのに。


そんな日々が続いた。俺たちは踏み込んだ会話をしてはいたものの互いの素性に関してはほとんどしらなかったと思う。俺たちは本当にくる日もくる日もずっとサッカーをしていた。



もう冬も終わりかけ、桜の蕾が開きかけている頃だった。俺のリフティングも安定して十回は越えるようになった頃。ある日俺がいつものように公園へ行ったとき、明らかに怖そうなお兄さんたち数人が地面に這いつくばっている男を囲ってサッカーボールをぶつけているのを見てしまった。


巻き込まれたくなく、今日はもう帰ろうと急いでこの場所を離れようとした時だった。お兄さんたちの蹴ったボールが当たり損ねて僕のところへと飛んできたのだ。


「おーい、そこの僕。ボールとってくれない?」


「あ……」


怖いお兄さんさんからボールをとってくれと言われたが恐怖で、俺が動けないでいると一番身長が高い男がこちらへとゆっくりと歩いてきた。


「あ、あのその男の人大丈夫なんですか。」


俺に近寄るとこの身長の高い男は俺が怯えていることを察したようで


「あぁ、子供の君にこんなもの見せてごめんね。あれは俺たちの高校で流行ってる遊びなんだ。だから心配しなくていいよ。」


とニッコリ笑いながら言った。そしてただ、と付け加えて


「今日はお兄さんたちが使うから別のところで遊んで貰ってもいいかな?これ、あげるから。」


と言いこちらにポケットから取り出した五百円玉を差し出してきた。


お兄さんの笑顔や仕草にどこか狂気を感じ僕は兎に角早くこの場から離れたかったので摘まむようにお兄さんから五百円玉を取って走って公園から出ようとしたときだった。長身のお兄さんがどいたことで中心の男の人が見えそうなので、出来心から中心にいる男の人がどんな人か一目みようとちらりとみたとき、俺は衝撃で世界がぐらついた。もしかしたらこの時見なければ良かったのかも知れない。


中心にいるボールを蹴られている男は師匠だったのだから。


「……師匠?」


俺は貰った五百円など構わず怖いお兄さんたちのど真ん中へと飛び込んだ。師匠の体を揺らすと「ううぅ……」といううめき声だけが漏れていた。


うめき声をあげる師匠にいつもの優しく強い姿はどこにもなくただ涙を流し踞る師匠がそこには居た。


俺が真ん中に強引に入ったせいでお兄さんたちはたじたじになっていたが身長の高い男だけは俺へと近づいてきて見下ろすように


「あれ、君。そいつと知り合い?」


と言った。


先程までの恐怖心は師匠を傷つけられたことによって怒りへと変わり身長の高い男を下から睨み付けた。


「お前ら、師匠に何するんだよ!」


「……くくくっ……ハハハ!」


怒鳴る俺に構わずにお兄さんたちはいきなり大笑いしだした。


「笑いごとじゃないぞ!どうしてそんな風に笑うんだ!」


ハハハとひとしきり笑ったあと男は目尻にたまった涙をふいて言った。


「いやー、ごめんね。僕くん。君がこの沼田のことを師匠だなんて呼ぶからさ、つい。君が沼田のことを師匠だなんて呼ぶのは君がこいつからサッカーを教えて貰ってるからなんだよね?多分。そうなら沼田も酷いよな。人に教えられるような技術も持ってないってのに。」


言い終わると足元に控えていたサッカーボールを蹴って正確に師匠の後頭部へと直撃させた。蹴ったボールは近くに居た僕にかすることも無く冷酷無比に。


「うぐっ……」


痛みを和らげようと師匠はさらに体を丸める。男たちに付けられた傷が痛々しくて見ていられない。もう我慢はできない。


「お前!」


俺が長身へもっていたボールを蹴り飛ばそうとすると男は静止して


「沼田はサッカーが下手なんだよ。落ちこぼれなんだ。そんなやつにサッカーを教わったところで意味なんてないんだよ。」


と宣った。


「嘘だ!師匠はリフティングが天才的に上手いしそれに毎日練習してるのに下手な筈がない!」


「こいつは練習して、下手なんだ。それに沼田で天才なんていうのなら俺は神にでもなれそうだな。」


そう言って長身の男は足でサッカーボールを浮き上がらせリフティングを始めた。最初こいつは何をいってるんだと懐疑的だったが見ているとこの男の言葉の意味が理解できた。長身のリフティングは足を軽く、かする程度にだけあててふわっとボールをあげる。その一連の動作は本当に神の領域に踏み込んでいるのではないかというほど美しかった。


「すげえ……!」


俺は先程の怒りも忘れてみいってしまっていた。


「わかっただろ?俺と比べれば沼田なんて凡の凡の凡。価値なんてないさ。」


そして男はそれより、と付け加えて



「お前、中々見所がありそうだ。さっき俺に向かってボールを蹴ろうとした度胸も才能も評価出来る。なぁ、沼田なんかより俺に教わらないか?一年で俺以外には勝てるような最強ストライカーにしてやる。」


と悪魔の囁きをしてきた。


「……」


師匠を、ちらりと見る。今日意思をもっているかどうかも疑わしい、うんともすんとも言わない死んだような師匠。今まで俺が見てきて憧れた師匠は一体なんだったのか。今俺の眼には一人の天才サッカー選手と一人の敗者がいるようにしか映らなかった。


師匠を裏切るのは心苦しい。でもこいつに教われば俺はもっとサッカーが上手くなれるに違いない。


……もう答えは決まっている。


「……不本意ですが俺にサッカーを教えて下さい。俺をサッカーの天才にして下さい。」


長身はまた「ハハハハハッ!」と高笑いして


「君は賢いね。そういうタイプ、俺は好きだな。めんどくさくなくて。さ、それじゃさっそく練習始めようか。」


「はい。」


「あーと言ってもここじゃ狭いし俺たちの学校に行ってやるか。ここに来たのは沼田と遊ぶためだったし。」


んじゃいこかと言って長身の男とその取り巻きは公園から学校へと向かった。高校生の歩幅は大きくて距離を離さないように急いで歩いた。


この男と行く前に師匠を一瞥した。一応救急車を呼んだ方がいいだろうかだとか師匠にサッカーを教わらなくても友人としてこれからも仲良くしていけるだろうかとか馬鹿なことを考えながら。


結局俺は何も行動を起こせず公園から去った。





そうして時はたった。


俺は背の高い師匠にサッカーを教わりだしてからサッカーの実力はメキメキと伸びていき最早本当に師匠を超えるストライカーになるのではないかという程に成長した。


しかし反比例的にケンも友達も皆俺から離れて行ってしまった。俺の狂ったようサッカーへの情熱のせいだろうか。今俺の側には師匠とサッカーしかいない。



「ここが、師匠がいた高校か。」


この高校はかつて師匠が日本に名を轟かせた学校。今師匠は日本代表に選ばれるほどの強豪選手となっている。俺はそんな師匠を超えるためにここへきた。


「よし、今日から頑張るぞ!」


俺は決意を固め意気揚々と学校へと乗り込んだ。


八時から入学式が始まるが大きな校庭をみて興奮してしまい、入学式もサボってもうサッカーをしてしまおうかと思いカバンからボールを取り出し早速蹴りだした途端、いつのまにか現れた白髪の先生に


「もう入学式が始まるから行っとけよ、坂田。」


と注意されてしまった。


見つかったかー。しょうがないのではい、と返事をして大人しく入学式の会場へと向かった。向かいながら師匠を超える練習方法や戦術をずっと考えていた。俺はいつか絶対に師匠を超える。





「ふぅ……。緊張するな。」


俺はようやく覚悟を決め自分の担当する教室の前へとたった筈なのに、やっぱり入る勇気が出なかった。僕の元学校の上、こんな老人みたいな髪色の僕を採用してくれた学校に恩返ししたいと思ってはいるのだが、やはり僕にとって"学校"という場は過去の経験から足がすくんでしまう。


「すー……はー……」


息を調える。僕はサッカーが好きだからまたこの学校にきたんだ。過去には負けない。よし、行くぞ。


ガララララと勢い良く扉を開け教室へ入り足早に教壇へと歩いていく。ここからは生徒の顔が良く見える。教室を軽く見渡すと見知った、懐かしい顔が目にはいった。小学生の頃の面影を残したアイツの顔が。少し目つきが悪くなっているし、雰囲気も変わっているけどわかるものだな。


僕はいつかのサッカー少年を真っ直ぐに見つめて言った。


「僕はサッカーが大好きだ!みんな、これから宜しくな!」


と。

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