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マウンド  作者: 丘多主記
入部編
6/75

クラスメイト

 彰久との入部を掛けた勝負が終わり、一ヶ月が経とうとしていた。


「もう五月か……」


 高校の仕組みや教室の位置が分かり始めたことで、予習や復習の範囲で困ったり、移動教室で迷ったりすることも少なくなってきた。


「おーい!もうそろ部活始まるぜ」


「やっべ!遅刻しちまう!!」


 男子生徒数人が廊下を猛ダッシュで走り抜けていく。


 大半の一年生は運動部なり文化部なり自分の選んだ部活に入り、学園生活を満喫している。


 そんな中伸哉は部活に入らず、刺激のひとかけらもない変わらぬ日々を送っていた。


「ふぅー、これで完了っと」


 この日も何のアクシデントもなく一日の授業が終わり、翌日分の予習を済ませる。


 伸哉はいつも通り家に帰ろうとして、背伸びをしならが席を立とうとした時だった。


「ねえねえ! 伸哉くん!」


 クラスメイトの村野咲香(むらのえみか)が、無邪気な子供のように声を掛けてきた。


 咲香は女子バスケットボール部に所属しており、一年ながらもチームの中心を担っている。また、男子からも女子からも、人気の高い女の子だ。


 その一方で、伸哉は咲香にあまりよい印象を持っていなかった。活発で、リーダーシップを取れることは認めていたが、その活発さが好きになれなかった。そして、そのような彼女に魅了される人の気持ちが今一つ理解できなかった。


 だが、今の伸哉はその咲香に惹かれていた。短髪で、ボーイッシュな髪型ではあるが、思っていたよりもかわいい系の顔立ちをしており、声もよく聞いてみれば伸哉が好きなタイプの声だった。


「僕がどうしたの」


 伸哉は普段の大人しめで口数の少ないイメージを崩さないよう、胸の高鳴りを必死に抑えながら答えた。


「伸哉くんって、学校終わったらすぐ家に帰るやん。だから、なにしてんのかなって思って」


 咲香の問いかけは、伸哉の想定していたものだった。


「えっとねえ。家に帰ったら、いつも宿題と復習をしてあとは動画とか見たり、絵を描いたり色々してるよ」


「へぇーどんなの?! 面白系? あ、でも伸哉クンの事だから、将棋とか囲碁の解説してる動画とかだったりして? そして見ながら、ゲヘへへって笑ってそう!」


「違う違う! 僕が見てるのはアニメとかそういう系の動画とかかな」


 伸哉は手と首を大きく横に振りながら否定しながら、自分の見ている動画の種類を答えた。本当は適当に誤魔化すか、咲香の言った事に、そうだよとでも答えてイメージを保とうと考えていた。


 だが、伸哉は咲香に持たれていたのが思っていた以上に酷かったため、それを覆そうとムキになっていたのだ。一方、伸哉の見ている動画の種類を聞いた咲香は、少し驚いた顔をしていたが、やがて眼を輝かせながらうんうんと頷いた。


「えー、それ嘘やろ?」


「本当だよ。最近はアニメのPVやMMDとかいろんなのを見てるんだ。面白いんだよね。キャラ一人一人に個性があるし、しかもかわいいし」


 伸哉の表情が明るくなり、声のトーンも声量も次第に上がる。


 それと同時にあたりは異様な雰囲気に包まれだしていた。


 だが、伸哉はそれに気づいていない。咲香は気づいていたようだが、あえてそれを隠した。


「ふむふむ、伸哉くんは二次元が彼女ですと。それで、どういうタイプのキャラが好きなの?」


 咲香は今まで見たことがない伸哉のテンションに一切驚くことなく、楽しそうに会話を続けた。


「それはもちろん、幼くてかわいい子かな」


「はー、もしやロリコン?」


 咲香があざとい顔で尋ねると、伸哉はカバンから現代社会用のノートを取り出す。


 そこには、伸哉が描いたと思われるかわいらしく幼い女の子の絵がでかでかと描かれていた。


「まあ現実ではそうじゃないよ。でもアニメの世界ならそっちかな。胸小さい方が好きかな。だってカワイイしね。理想で言えばこんな感じの」


 伸哉はいつも以上のテンションで答えていた。いつもは聞かれたことに対して一か二程度しか返さないが、この時は調子に乗って余計なことまで熱く語っていた。


「ありがとうね、伸哉くん。これで私は伸哉クンがどういう人なのかがやっとわかったし、少なくとも今ここにいる人達も、伸哉クンのことわかったと思うよ。しかし、伸哉クン、俗に言うオタクってやつだったんだね」


 咲香はニコッと笑顔を見せる。一方で伸哉は今になって教室の周囲には人がまだいることを思い出した。


 焦って周りを見たが、伸哉に向けられる目線はどれもチクリと痛いものだった。


「しまったああああああ!! これで僕のイメージがああ!」


「いいじゃないそんなの。そっちの方が面白いと思うよ。それに、最近だとそういう人増えてるんだから隠すことないのに。私、そういう人嫌いじゃないよ?」


 咲香は頭を抱えている伸哉を見て、面白そうに笑っている。


「それから、気になったんだけど、伸哉くんは中学の時は野球やってた? 今さっき指見たときにボールを投げた時にできるようなタコもあったからさ。そのへん、どうなの?」


 咲香は何も気にすることなく無邪気な顔で聞いてきた。頭を抱えていた伸哉は、その話になった途端、顔を上げるが表情は冴えないものだった。


「えーと、シニアリーグで野球をやってて、一応ピッチャーしてた。それだけ」


 そう答えた伸哉は、これ以上聞くなという無言のオーラを体中から発していた。それを察したのか、咲香の表情も少し真面目な顔になっていた。


「そうだったんだ。答えてくれてありがとね」


 咲香は申し訳なさそうに言った。それから少し二人の間に沈黙が走った。


「いや、いいよ。気にしなくて」


 沈黙を先に破ったのは伸哉だった。ただ、あまりいい表情ではない。


「でもごめんね。あっ、そういえば体力測定は何判定だった?」


 咲香は暗い雰囲気を引きずりすぎることなく、にこやかな表情で新たな話題を振った。


「Aランク――つまり、最高ランク――だったよ。自慢じゃないけど、学年だと一位だったかな? 確か」


 伸哉の表情は先ほどとは打って変わって、照れくさそうな顔だった。


「すごーい!! じゃあ、バスケやってみたら? 絶対上手くなりそうだし。今からでも三年の頃にはエースになれるよ!!」


「うーん。遠慮しとくよ」


「ちぇっ。じゃあ、伸哉君がオタクってことを他の人たちにも言っちゃおうかな?」


「お、お願い! それだけはご勘弁を!」


「じゃあ、入って!」


「絶対にお断わりだね!」


「「あははははははははは!!!」」


 咲香の持つ雰囲気と話が、高校生になってあまり笑わなかった伸哉も笑い始め穏便に会話が進んでいたその時だった。

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