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7. 主従契約

 背中を押されて数歩前進したが、恐怖で足がすくみ、それ以上は前に進めない。


 うう……。あのネコさん、怖すぎるよ……。


『おい』

「……は、はい」

『別に取って食いやしねぇから、あんま怯えるな』


 ぷいっと目線は逸らされているが、その言葉からは優しさが感じられた。


「ほんとに……?」

『あ?』

「ほんとに食べませんか?」

『食べねぇよ』


 口調は荒っぽいが、なんとなく、その言葉は信じられる気がして。私はドキドキしながらも一歩一歩近づいて行く。



 ガッ


 あ。


 私は何故か、何もないところでつまづいた。

 でも、転びはしなかった。



『あっぶねぇな』


 前方に転びそうになったところを、ネコさんが華麗な身のこなしで私の前方に移動して助けてくれた。もふっとした猫毛がクッションのように私を受け止めてくれたのだ。


「ネコさん……?」

『早く立て』


 冷たく言い放たれ、私は慌てて姿勢を立て直す。


「ごごごめんなさい!」

『たくっ。トロいな』


 怒らせちゃいけないと悟った矢先の失敗。

 我ながら嫌になる。



『こんなんが俺の主人かよ』


 しゅん、と肩を落としていたところ、頭上から変なことを言われて顔を上げる。


「え、主人……?」

『ああ、主人だろ?』

「え……?」


 何の話かと私は首を傾げる。


『俺は、俺を呼んだやつと契約を結ぶと決めていた。俺を呼んだのがお前なら、お前が主人だ』

「は……」

『それとも何か? 俺じゃ不満か?』


 私はブンブンと首を横に振る。

 怖いものは怖いけど、でもネコさんのような強い魔獣と主従契約できるというのに不満だなんてそんなまさか。

 むしろネコさんの方が、私なんかを主人にしていいのか。


 前から決めていたのだとしても、実際呼んだのが私のような元引きこもりだなんて知ったら契約なんて……。


「不服なんてありません。私ではなくて、ネコさんの方が、」

『名前』

「はい?」

『いつまでもネコさんって呼ぶつもりだ? 俺には名前がないから、お前が適当に付けてくれ』


 私が名前を!?

 責任重大すぎやしませんか!?


 今までペットを飼ったこともなかったから何かに名前をつけるなんて初めてで戸惑いしかない。


「えっと、えーっと……」

『変なのじゃなければなんでもいい』


 何が変なのかを教えてください。


 ……という本音を言うのは心の中だけにして、私はネコさんを見つめて名前を絞り出す。


「じゃあ……ルカ、とか?」

『分かった』


 良いんだ!?

 却下されなくて良かったよ!


『んじゃ、契約するか』


 めんどくせえ、というネコさん……いや、ルカの感情がひしひしと伝わってくる。

 ルカはのそのそと動いて、私と真正面から向き合う場所に移動した。


『ほらよ』


 そして、大きな額をずいっと差し出して、私の額と合わせた。もふっと伝わる温かい感触。これは主従契約を結ぶ際の体勢だ。


 互いの額を合わせるのは、互いに主従契約を受け入れた証。

 その態勢で契約呪文を唱えれば契約は成立する。



【汝、ルカを我のしもべとする】



 唱えた瞬間、私とルカは白い光に包まれた。

 光は一瞬で収まり、ほうっと温もりに包まれたような感覚に陥った。


 ……これが、主従契約。



『ふん、こんなもんか。これからよろしくな、ミスティア』

「は、はい。よろしくお願いします」


 契約を結んだ後に何をよろしくするのかは分からなかったが、私はとりあえず返事をしていた。

 そしてひと段落したとき、グレンが私の元にやってきた。



「主従契約を結んだんですね」

「あ、うん。この子はルカ」


 私は背後にいたルカを紹介した。

 と言っても、紹介できるのは名前くらい。

 そのままルカにもグレンを紹介する。


「ルカ。こっちはグレン。私のじ……クラスメイト」


 危なく『従者』と言いかけて、咄嗟に『クラスメイト』に変換した。


『クラスメイト? にしてはそいつ、めちゃちくちゃこっちを睨んでるんだけど』

「え?」


 ルカに言われてグレンを見上げるが、グレンは笑顔だった。グレンは私の前ではいつも笑顔だから、睨むなんてことはしないはずなのだが。


「グレン、今睨んでたの?」

「いいえまさか」


 一応聞いてみたが、やはり睨んではいないらしい。ルカの見間違いだろうか、と首を傾げつつ、私は特に気にしないことにした。


「あ、グレンの魔獣はどんな子だった? かわいかった?」

「かわいい? んー、どちらかと言うと綺麗ですかね」



 パチン。


 グレンが指を鳴らすと、空中を飛んでいた真っ白で大きな鳥がグレンの隣にスタッと下り、優雅に羽を畳んだ。グレンの命令を聞いたということは、この魔獣がグレンと主従契約を結んだということ。


「名前はセツナです」

『よろしく』


 グレンの言う通り、セツナは綺麗だった。真っ白な見た目からだけではなく、纏う雰囲気からして美しいと思えた。人間で言う気品高い貴族令嬢あたりがこういう雰囲気なのではないだろうか。


 王族でありながら、引きこもりだった私とは全然違う。



「……ミスティア・グローヴェンです。よろしくお願いします」


 しかし、あちらの気高さに負けないようにと私もしっかり礼をして挨拶をした。引きこもってはいたけど、一応王族としての立ち居振る舞いは家庭教師から教え込まれているのだ。


『む? そなた……いや、今はやめておこう』


 セツナが何かを言いかけたが、途中でやめられた。


『今度、周りに人がいない状況のときに聞かせてもらう。ここでは人が多い』


 そう言い残し、セツナは翼を広げて天井近くまで飛び立ち、屋内をぐるぐると旋回し始めた。


 ……聞くって、何を?


 私はセツナが何の話をしているのかさっぱり掴めずに困惑していた。グレンなら分かるかと視線を送ってみたものの、彼からは笑顔が返ってくるのみで欲しい回答は得られそうにない。



『気にすんな。俺が気になったことと多分一緒だろうし、そんな大した話でもねえよ』

「ルカが気になったこと?」

『まあ、なんだ。お前の名前についてって言えば察しがつくか?』


 ルカがヒントをくれた。


 私の名前?

 名前を借りたグローヴェンについてだろうか。もしグローヴェンの家門について聞かれた場合、あまり詳しくは語れないのだが。



 ……このときはそんな不安を若干覚えたのだが、次の日のお昼休み、それは杞憂に終わった。

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