4. 友達のつくりかた
「どういうこと?」
私はグレンを問い詰める。
じとっとした目を向けてみるが、グレンはなぜかにこやかだ。
「どういうこととは?」
「だから、どうしてグレンがここにいるの?」
「それはもちろん、貴女がここにいるからですよ」
答えになっていない。
すると一応周りを気にしてなのか、そっと彼から耳打ちをされる。
「従者は常に、王女様のお側にいないといけないでしょう?」
「!」
私はまた、グレンを巻き込んでしまったの?
グレンを自由にしたくて入学することは内緒にしていたはずなのに……。
「一体誰に聞いたの?」
「陛下にですよ。貴女が僕に内緒で何か準備をしているような気がしたので、陛下に聞いたら教えてくれました」
そういえば、お父様に口止めするのを忘れていた気がする。ああ……私のミスだわ。
「でも、グレンは学園に入学する年齢じゃ、」
「陛下に口利きしていただきました。理事長や一部の先生方は事情を知っていて、貴女と同じクラスにしていただいたのです」
お父様の力が働いているなら、誰も逆らえない。お父様はきっと引きこもりの私を心配して、従者のグレンが学園でも側にいてくれれば安心できると思ったのだろう。
「それにしても、ひどいじゃないですか。僕に黙って学園に入学するなんて。しかも全寮制」
「そ、れは……」
グレンに見つめられて、私は目を逸らす。彼がそのままジリジリと迫ってくるので私は後方に下がっていくが、すぐにトン、と肩が校舎の壁に付いてしまった。
あ、詰んだ。
「僕から逃げられると思いましたか?」
グレンはスッと私の手を取り、甲に口づけを落とした。
手の甲へのキスの意味は、敬愛と……忠誠。
「僕はこんなにも、貴女を想っているのに」
それはでも。
お母様たちと約束したから。
裏ミッションのため……でしょう?
グッと奥歯を噛み、彼にすくめ取られた手をパッと払う。
「……私はもう平気だから、グレンまで学園に通うことはないわ」
私が表に立てるようになれば、あなたは自由になれるのでしょう?
「荒療治だけど、ここに通えれば私の引きこもりも治せると思うの。だからグレンは、」
「まあでも、入学しちゃいましたからねえ」
私の言葉は、さらっとグレンの言葉に覆い被さられた。
「さすがに入学して一日で退学はちょっと」
「っ……」
それはたしかに、外聞が悪いだろう。
私のために来てくれたのに、追い出しては可哀想というものか。
「わ、分かったわ。なら好きにしていい」
仕方がないので、グレンが学園にいることは認めよう。ただし条件付きで。
「ただし、学園で私を王女とは呼ばないで。それから、私のお世話をするのも禁止」
「……ふむ。では、これからはティアと呼んでも?」
「へ?」
「普通は、仲のいいクラスメイトとは愛称で呼び合うものです。王女様と呼べないなら尚のこと、愛称で呼ぶことをお許しください」
私が知らないだけで、外ではそれが普通なのだろうか。愛称なんて呼ばれ慣れてないのでどう反応していいのか難しい。でもそれが普通なら、受け入れるしかない。
「……まあ、それが普通なら、うん」
「ありがとうございます。では、」
彼の笑顔がより近くに来る。
「これからはクラスメイトとして。よろしくお願いしますね、ティア」
自立して、グレンを自由にする。
グレンまで学園に来てしまった時点で、入学初日から私の計画には暗雲が立ち込めてしまったけれど。まだ大丈夫。彼がただのクラスメイトとして振る舞ってくれれば問題はないはずだ。
うん、頑張ろう。
────そう鼓舞したのが、二時間前。
これから三年間生活をする寮に到着した私は、早速心が折れそうだった。
部屋が思ったよりも小さいとか、トイレやシャワーは部屋についてるけどお風呂はみんなと共用の大浴場とかそういう衝撃はあったけどそんなことでではなくて。
まさか私……孤立してる?
歓迎会は男女共用の食堂で開かれている。
バイキング形式だったので適当に料理を取ってとりあえずもぐもぐと食べていたのだけれど。誰に話しかけることも、誰かから話しかけられることもなく。
……私は一人ぽつんです。
「あれ、お一人ですか?」
あっけらかんと聞いてきたのはグレンだ。
事実だとしても、人から言われるとさらにへこむ。
「……これは、私からこう……話しかけるべき? 例えばあそこの子たちとか……」
引きこもりだった私には、どうすれば友達ができるのか分からない。適当に小さな塊で話している集団を指さしてみる。
「でもでも。話すと言っても……何を?」
人付き合いが迷子すぎる。
縋る思いでグレンに助言を求めた。
「んー。別に何もしなくても良いと思いますよ」
グレンは顎に手を当てて考えながら答えてくれた。
「貴女の目的は引きこもりを治すこと。王宮から出て寮生活をするだけで立派だと思いますから。これ以上無理はしなくても良いかと」
それはきっと、グレンなりの優しさなのだろう。グレンは、私がグレンの手を借りずに自立して生きていけるようになりたいと思っていることを知らないから、そう言えるのだ。
しかし、私の本当の目的を考えれば、友達づくりは必須項目。無理をしないといけない。
「も、もし。無理をしてでも友達が欲しいって言ったら……?」
どんな助言をくれるのかと思い、私はそれとなく聞いてみた。
グレンならきっと為になることを、
「友達なら僕がなりますよ」
まさかの立候補。
それはちょっと予想外。
というか、それでは意味がない。
「いや、グレンじゃちょっと……」
「? いけませんか?」
「グレンと友達になることがいけないんじゃなくて、グレン以外の友達が欲しいかな、って……」
「僕以外?」
何故だかグレンの纏う空気が暗くなる。
笑顔のままで闇属性魔法を使おうとしているような、そんな空気だ。
「僕以外はいらないと思いますよ」
いや、いると思うよ?
グレンのその言葉はただの甘やかし。グレンはきっと、私に優しいからそんなことを言ってくれているのだ。私に無理をさせないために、自分が友達になると言ってくれているだけ。なんて優しい従者なのだろう。
「ありがとうグレン。でもやっぱり……」
「まあどうしてもと言うなら仕方ありませんが。しかし、どこもかしこも初等部からの仲だと思いますので、割って入るのは難しいかもしれませんね。とりあえず声を掛けられるのを待ってみてはいかがでしょうか? それまでは私が隣にいます」
ああ、なんて優しいグレン。
私に友達ができるまで隣にいてくれると言うなんて。グレンに頼ってはいけないと頭では分かっていても、実際この状況で一緒にいてくれるのはとても心強い。
グレンが「声を掛けられるのを待って」と言うのなら、そうするべきなのだろう。
一人ぽつんはきっと、高等部から入学した者への洗礼。もう少し待てば、きっと誰かが話しかけてくれるはず。そしたら、話しかけてくれた人と友達になろう。私はグレンの言葉を鵜呑みにして、待ちの姿勢をとることにした。
……結果、一ヶ月経っても友達が一人もできない悲しい未来が待っていることを、この時の私は知る由もなかったのである。