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引きこもり王女とヤンデレ従者 ~一般生徒に扮して学園生活を始めてみたものの、なぜか友達が一人もできないのですが~  作者: 香月深亜


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3. 脱、引きこもりの日

 お父様とお母様に話をしたときは、引きこもりだった娘がいきなり全寮制の学園に行くと言い出したため、それはもう驚いて引き止められたけれど。何度かはその圧に負けて説得に応じそうになってしまったけれど。


 グレンのために、意志を変えるわけにはいかなかった。


 そしてやってきた入学の日。

 私は王宮というぬくぬくの環境に後ろ髪引かれながらも、学園の門前までやってきた。



 あああ……本当にこの時が来てしまったのね……。

 ここからは私一人。誰にも頼れない……。



 高まる緊張と不安を必死に抑えつつ、私は門をくぐり、教室に向かう。

 教室に着くと、中では同年代の子達がわいわいと楽しそうに話していた。


 フォトン国立魔法学園は初等部、中等部、高等部とあり、ほとんどは初等部から通っている。だからみな、すでに仲良しの雰囲気を出しているのだ。


 ず、ずるい。

 高等部から入ってくる私は友達ゼロからのスタートなのに。

 この中に入らないといけないの……?

 ただでさえ人混みは苦手なのに。


 扉一枚隔てただけの教室の中が、まるでジャングルに見えてきた。未知の世界の恐ろしさたるや……



「入らないんですか?」

「ひっ!」


 扉の前で足を止めていたところ、すぐ背後から声をかけられ、思わず悲鳴が出てしまいそうになり、慌てて口を手で覆った。


 驚きで悲鳴をあげるなんて恥ずかしすぎる!!


 あれでも。

 今の声、どこかで……?


 聞き馴染みのある声だな、なんて思いながらゆっくりと振り返ってみると、そこにはお馴染みの彼がいた。

 聞き馴染み。あるはずだ。


「ぐ、グレン!?!?」

「はい」


 驚天動地の私に対し、グレンはにっこりとただ笑顔で「はい」と返事をした。


 な、は……だ!?!?


 驚きすぎて言葉が出てこない。

 頭の中もぐるぐるだ。


「どうされましたか? お、」


 パスッ


 絶対今、『王女様』って言おうとしたよね!?


 その単語だけは言わせない。

 そんな強い意志が反射的に手が動かし、彼の口元を覆っていた。


「……」

「……」


 突然口元を覆われたグレンは目が点になっているし、反射的に覆ってしまった私もこの後どうすれば良いのか分からない状況。


「あの、グレ」

「よーし全員席につけー」


 まるで救世主のように、おそらくこのクラスの担任が教室に入ってきたことで、状況が変わった。グレンとは話したいけど、今はまず着席することが優先される。


 私は慌てて教室の中に入り、適当に空いてる席に座った。教室の中を見渡せば、問題のグレンは何食わぬ顔で私の後ろの席に座っていた。

 問い詰めたい気持ちを全力で抑えて、私は先生の方を向いた。



 ……いやいやまさか。そんなはず。



「じゃあまず、俺はこのクラスを受け持つサファだ。得意分野は強化魔法。見ての通り、戦闘では前衛の接近戦タイプ。一年間よろしくな!」


 日焼けした肌色に、広い肩幅。

 漢らしいという表現が似合うような男の先生だ。


「と。こんな感じでみんなにも自己紹介をしてもらおうか」


 …………はい?


「まあほとんどが中等部から上がってきているから知ってるやつも多いとは思うが、中には高等部からのやつもいるからな。簡単に名前と得意魔法なんかを言ってってくれ」


 自己紹介……?

 みんなの前で話せと?

 何が簡単ですって?


 いやいやいやいや。

 いきなりそんな無茶な。

 そもそも私の得意魔法って何!?


 人前で話すんだと考えた瞬間、あの日のトラウマが思い出され、毛穴という毛穴がブワッと開き、全身から冷や汗が吹き出してきた。


 今日はいちごぱんつじゃないし、なんならもしもの時のことを考えて可愛いレースのぱんつを履いてきたし、いやその前に、ただその場で立ち上がって自己紹介するだけなら転びようがないからきっと大丈夫。うん。


 落ち着け落ち着け、と必死に自分で自分を宥めようとするも、はやる鼓動は抑えられず、何も知らない先生は無情にも「じゃあ一番前の席から順番で」なんて言って自己紹介タイムをスタートさせてしまう。



「私は○○、得意魔法は△△。〜〜」

「俺は□□が得意で、〜〜」



 クラスメイトがいろいろ話しているけれど、自分のことで精一杯すぎて今はそれを聞いている余裕はない。


 やっぱりみんなは得意魔法が分かっているのね。私はそんなの家庭教師から教えてもらった記憶がないのだけれど、分からないとまずいもの? 分からない場合はどうすればいい?

 て、適当に好きな魔法を言うのはアリ?


 そんなこんなを考えている内にもう前の席の子の紹介が終わり、自分の出番が来てしまった。考えはまとまっていないが、とりあえず起立しよう。

 みんなの目を見るなんてそんなチャレンジはできないので視線は目の前の黒板で。

 いざ。



「…………ゎ、わわ、たしは、ミスティア……グ、グロー、ヴェン、です。えっと、あの、」


「ぷっ。緊張しすぎじゃね? なんて?」



 一人の生徒が半笑いでそう言った。

 するとそれが引き金となり、他にも何人かがくすくすと笑い出す。


 自分の噛みっぷりを笑われたことが恥ずかしすぎて、一気に顔が熱くなる。



 つ、次は何を言えばいいの?

 あ、でも「なんて?」って聞かれたからもう一回名前を言ったほうがいい?

 ど、ど、ど……!?



「ミスティア・グローヴェンでしょ?」


 後方から、優しい声が聞こえた。


「俺には聞こえたけど。ミスティア・グローヴェンって。……違う?」


 それはグレンが発してくれた救いの声だ。


「違う?」と聞かれた私は首を横に振り、合っている旨を答える。


「良かった。得意魔法は? 見た感じでなら、召喚魔法とかが得意そう」

「……そう、かな?」


 どう言おうかと思っていた得意魔法についても、グレンが適当に示してくれた。自分でもよく分からないので適当に返事をするしかない。

 私の返事を聞き、グレンはにっこりと笑って立ち上がる。


「じゃ、グローヴェンさんの自己紹介は以上ということで、次は俺の番ね。グローヴェンさんはもう座って大丈夫だよ」


 自分の起立と代わりに、グレンは私に着席を促してくれた。座っていいと言われ、私は速攻で座った。着席して、やっと自分の番が終わったことにホッとした。


 のも束の間。

 後ろのグレンはスラスラと自己紹介をしている。


「俺はグレン・ロブロイ。得意魔法は別になくて、魔法全般が得意。以上。よろしく」


 簡潔かつ爽やかな自己紹介。

 さすがグレン。……と、感服している場合ではない。


 普通に自己紹介して、普通にみんな受け入れてるってことは、やっぱりグレンはクラスメイトなの?


 今年十九才になる彼がどうやって私とクラスメイトに? そもそもどうして、彼はここにいるの? 全てが不思議でしょうがない。



 悪夢の自己紹介タイムが過ぎ去ると、そのまま入学式が行われた。生徒たちは教室にいたまま、魔法で校長先生の姿が黒板の前に映し出されて訓示をもらうという感じの式だった。


 その後やっと自由になれたところで、私はグレンを捕まえて人気のないところに移動した。

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