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2. 裏ミッションって?

 あの頃、グレンのご両親が不慮の事故で他界し、グレンの後見人となったのがお父様だった。なんでも、グレンのご両親とお父様は昔からの親友だったとかで。


 それで紹介されたグレンを私は兄のように慕い、毎日毎日遊んでもらった。そしたらある日、彼は私の従者になっていた。まあ一応グレンは異性だし、変な噂が流されないようにというお父様の配慮らしい。


 従者になったグレンは甲斐甲斐しく私の世話をしてくれるようになり、十五才《この年》になるまで私は立派に引きこもり王女を継続中だ。



 うん。グレンがいなくなるなんてやっぱり無理だよ。



 私が勝手にそんな結論を導き出したところで、部屋の中では今度はお母様がグレンに質問をしていた。


「王女の調子はどうなのかしら。まだ出ては来れなさそう?」

「そうですね。まだ時間はかかるかと」

「そう……。あの子さえ外に出てくれればあなたも気兼ねなく自由になれるのにねえ」



 え。



「あなたには『王女のトラウマを克服させて、民の前に立てるようにすること』なんて裏ミッションを課したものの、あの子がここまで外に出たがらないのは想定外なのよ」



 う、裏ミッション?



「亡くなられたご両親に代わってあなたを育てた身としては、あなたには立派な職について素敵な方と結婚をしてほしい。もしあの子があなたの足枷になっているのならあの話はもう、」

「いえ。約束は約束ですから。ここまで育ててくれたご恩に報いるためにも、王女様が民の前に出られるようになるまでは、あの方のお側で仕えさせてください」




 えーっと。

 ちょっと待って。


 グレンは望んで私の側にいるんじゃなくて、お母様たちと密かに約束事をしてて、私の引きこもりを解決させるために側にいる?


 そんな事実は、聞きたくなかった。



 くらりと目眩がして、気づけば私はその場から走り去り、自室に戻っていた。

 自室にはメイドのアニスがいたので、彼女に意見を求めてみた。アニスは私が生まれる前から王宮勤めのベテランメイドさんだ。



「アニス。引きこもりって、どうやったら解決できるかな?」


 さすがに唐突すぎてアニスがきょとんとしてしまった。


「あの、ほら。私ももう十五だし、いつまでも引きこもりって……ダメかなって……」


 言いながら、言葉は段々と小さくなっていく。

 今更何を、と思われてもおかしくない質問。

 しかもよくよく考えれば、引きこもりの解決方法なんて外に出る以外にない気がしてきた。


「ごめんなさい、やっぱり何でも、」

「程度にもよりますが、簡単なところからですと同年代のご令嬢を招いてお茶会を開いてみるとかでしょうか。いきなりお茶会は難しければ、まずは街に出てみるというのも良いかもしれません」


 質問を取り下げようとしたところ、アニスからはしっかりとした答えが返ってきた。


「あともう一つ。『学園』も選択肢として良いと思いますよ」

「学園?」

「はい。王女様と同い年の方々は今度の四月から学園の高等部に上がられますから。高等部からの編入生という形にはなりますが、学園に通うには良いタイミングです」


 考えたこともなかった。

 引きこもり王女の私が、学園に通うだなんて。


 勉強は家庭教師を雇って教えてもらっているからわざわざ学園に通わなくても良かったし。でも確かに、学園に通うにはちょうど良い年齢である。


「まあでも、王女様が通うとすれば国立の、『フォトン国立魔法学園』になりますからねえ」

「! あそこって……!」

「はい。あそこは全寮制(・・・)ですね」


 ずどん、と頭上から重しが落ちてくる。


 学園に通うことすらハードルが高いのに、まして寮生活なんて無理なのでは……?


 絶望に打ちひしがれる私に、「しかしどうして」とアニスは尋ねてきた。


「突然お心が変わったのですか? これまでは頑なに外に出ようとしませんでしたのに」

「ぅぐ……」

「?」


 自分がグレンの将来を奪っていることに気づいたから。というのは、今更すぎる気がして言いづらい。


「ただちょっと……グレンが……」

「グレンが何か言ったのですか?」

「あ、ううんそうじゃないの! そうじゃなくて……」


 アニスになら、言ってもいいかな?

 口のかたさは信用できるし、笑ったりもしないと思うし。



「グレンを、自由にしてあげたくて……」



 私は恐る恐るアニスにそう答えた。

 するとやはり信用できる相手なだけあり、アニスは笑うことも馬鹿にすることもなく、平然と話を進めてくれた。


「なるほど。そういうことであれば、やはり学園に通うのが良いかもしれませんね」

「え?」

「他の選択肢では、必ず彼が付いてきますでしょう? その点、全寮制の学園であればさすがに付いてこられないかと。彼を自由にするという観点で言うなら、全寮制の学園ほど最適な場所はないと思いますよ」


 たしかに。お茶会にせよ外に出るにせよ、多分きっとグレンは全部の行動を共にする。従者なのだから当たり前ではあるけれど、彼から自立したい身としては、それではあまり意味がないかもしれない。

 アニスの言う通り、学園に通うなら、十八才になったグレンは付いてこられない。



 ここは……腹を括るしかなさそう……?



「あ、でも」


 ふと気になってしまった。


「できれば王女と明かさずに通いたいんだけど……そんなことってできる?」

「明かさずに、ですか……」


 グレンを自由にするための最終目標は私が自立すること。自立するためには、王女という身分は隠すべきだ。王女だと知られて、みんなが気を遣って何でもやってくれる環境では意味がないから。


「両陛下がお許しになるかは分かりませんが、偽名を使って入学すれば可能かと。幸いにも、どなたも王女様の顔を知りませんから、フォトンの名さえ使わなければ身分を隠して入学できると思います」


 こんなところで引きこもりが功を奏すとは!


 ……でも名前か。

 偽名と言っても、国立の学園に通うのだから、ある程度の位を持った家門でなくてはいけない。


「私の叔父が辺境伯を務めており、名をグローヴェンと申します。グローヴェン領は王都からかなり距離があり、彼は全く王宮に参内しないため、王都に彼のことを知る者は少ないはずです。もし王女様さえよろしければ、グローヴェンの遠い親戚として名を使うのはいかがでしょうか?」

「それはいい考えだけど……辺境伯の許可は、」

「叔父には私から手紙を送っておきます。王女様のためとあれば喜んで名前を貸すでしょう」


 辺境伯の親戚ならば、学園に通っても不自然ではないだろう。それに、アニスの言うように彼について知る者が少なければ、親戚だと言っても疑う者はいないはず。

 しかも名前を使う許可はアニスが取ってくれると言う。


 ここまで状況が揃ったならば、覚悟を決めよう。行くしかない。



「ありがとうアニス。それでは、お父様たちに入学のお許しを得るわ」

「それはつまり」

「私、学園に行く。ミスティア・グローヴェンとして。お許しが得られたら入学の手続きなんかはアニスにお願いしたいのだけど良いかな?」

「それは構いませんが……」

「グレンには秘密にしたいの」


 アニスからは「なぜグレンに頼まないのか」という疑念が伝わってきたので、聞かれる前に答えた。


「学園に入学した後でその事実を知らせて、彼を驚かせたいのよ」


 ふふっ、と私はいたずらっ子のように笑う。


「畏まりました。不足のないようしっかりと準備いたします」




────そうして私は、自立への第一歩を踏み出した。

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