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1. 友達ができない

 フォトン国立魔法学園に入学して、早一ヶ月。

 目の前には難題が立ちはだかっていた。

 一体どうしたら解決できるのかも分からない、至極難しい問題。




 …………友達が、できない。




 学園に入学さえすれば友達くらいすぐに出来ると思っていたのに。まさか一ヶ月経って一人も出来ないとは思ってもいなかった。




 私はなんて……ダメな人間なの。




 毎日毎日、この現実に向き合うたびに口からはため息が漏れてしまう。



「またため息ですか?」


 中庭のベンチに座って頭を悩ませていたところ、ひょこっと後方から顔を出してきたのはグレンだ。彼もまたこの学園の生徒。……でも、友達ではない。


「……ほっといて」


 ぷいっと顔をそっぽに向けるが、グレンは私がそっぽを向けた方から前に出て来た。

 そして私の許可もなく、隣に座る。


「それは出来ませんねえ」


 かなり不機嫌な顔をしている私を見ても、彼はにこにこと笑っている。


「どうして笑ってるの? 私は真剣に悩んでるのに」

「ああ。だってその悩み、僕としては大歓迎ですし」

「え?」

「いえ、なんでもありません」


 グレンが何かを言っていたが、よく聞こえなかった。

 まあ確かに、グレンに私の悩みは関係ないし、一緒に悩めとは言わないけれど。こちらが真剣に悩んでいるのにそんな風に笑われては、更に落ち込んでしまうというもの。



「大丈夫ですよ。貴女には僕がいますから」


 グレンの笑顔は、なぜかとてもキラキラと輝いている。友達一人も作れないダメな私にもそんな言葉をかけてくれるなんて、なんて優しいのだろう。心なしか彼に後光がさしているようにも見えてくる。彼は菩薩か何かなのだろうか。


 でもそうじゃない。

 グレンが隣にいてくれるのは心強いが、それでは何の解決にもならない。


 だって彼は。



「僕はいつでも、王女様のお側に」



 そう。

 私──ミスティア・フォトンは、この国の王女であり、そして目の前にいるグレンは、私の従者なのだ。


 幼い頃から側に仕え、私に尽くしてくれたグレン。彼は、私が朝起きてから寝る直前まで、常に側にいてくれた。

 だからこれまでは友達がいなくても寂しいと感じたことはなくて、改めて作りたいとも思わなかった。だけどそのせいで、彼の将来を奪うことになるなんて考えたこともなかった。



『学園で友達を作り、グレンから自立する』



 それこそが私の入学動機であり、そして、目下の悩みなのである。





────遡ること、半年前。


 お父様とお母様、つまりこの国の王と王妃がグレンと三人で話しているのを聞いてしまった。



「グレン、お前ももう十八か」

「はい」

「この先のことは何か考えているのか?」


 数日前、ちょうどグレンは十八才の誕生日を迎えたばかり。

 十八才といえば、通常であれば学園の高等部を卒業する歳。グレンは不要だと言って学園には通っていないけれど、もし通っていれば、卒業して次の道に進む時期なのだ。


 それもあって、お父様は聞いているに違いない。


「私は、いつまでも王女様のお側にいたいと思っております」


 グレンはきっぱりと答えていた。

 その答えには少しの迷いも感じられなくて、私は密かに喜んだ。でもどうしてか、お父様の表情は険しくなってしまった。


「お前の忠誠心には感謝しているが……どこか他に、もっと力を発揮できるところに行ったほうが良いのではないか?」


 どこか他?

 お父様は何を言っているの?


「お前の力は一介の侍従で終わらせて良いものではないだろう。それにだ。十八と言えば、結婚適齢期でもある。結婚についてはどう考えているのだ?」


 結婚? グレンが?

 ずっと側にいた彼が誰かと結婚なんて、考えたこともなかった。そういえば、恋人とかはいるのかな? 聞いたことはないけど、実は隠れて王宮のメイドと、なんて。

 結婚という単語から、私は有り得ない妄想を膨らませてみる。


「……私は、王女様の役に立てるならそれで十分ですし、結婚も、王女様のお側にいられなくなるならするつもりはありません」

「そ、そうか……」


 へえ。グレンってばそんな風に思ってくれていたのね。私は嬉しいけど……グレンには良くないわよね?


 だって。

 それってつまり、グレンは私のために自分の将来を棒に振るってことでしょ?


 だってだって。

 グレンの力があればもっと良い場所で働けて。グレンのようになんでもできるイケメンなら、夫に欲しいと言うご令嬢はこの国にごまんといるはずで。


 なのに彼は、私の側にいられれば良いって?

 そんなの、良いわけない。



 ……でも、私は彼がいないと困るのはその通りで。



 今の私は『引きこもり王女』。

 民の前には一度も顔を出したことがない。

 いや、正確には一度だけ、顔を出そうとしたことはあるが、一瞬で退場したのでほとんど出していないも同然なのだ。



 あれは私が六才の頃。

 生まれた時から病弱だった私が、ようやく民の前に出られるまで丈夫になりお披露目会が開催されたのだけれど。私は派手にやらかした。


 扉が開いたらまっすぐ前に歩くだけ。

 貴族たちが横に並んでいるので、彼らの目の前を王女らしく凛として歩くだけ。


 それが、どうして、なんで。


 たった三歩で、私はドレスの裾を踏んづけて盛大に転んでしまった。咄嗟の対処もできずに顔面を思い切り床に打ちつけた。あれはとても痛かった。そして、転んだ私に追い討ちをかける参列していた子供の一言……「いちごぱんつ」。


 派手に転んだ拍子にドレスの裾がめくれ上がり、私は大勢の前にぱんつ姿をさらけ出してしまったのだ。


 ああ。今思い出しても痛々し……いや恥ずかしい。

 よりによってどうして!

 どうしていちごぱんつだったの私!


 大人たちならば見て見ぬふりをしたものを、そこにいた子供が見た儘を口にしてしまい、羞恥心に苛まれた私は、脱兎の如くその場から逃げて部屋に戻った。


 結果、そのことがトラウマとなり、引きこもり王女が誕生したのだ。

 引きこもりと言っても部屋からは出るけども。王宮から外には出ず、パーティには絶対に出席せず、民の前に一切顔を出さないという意味での「引きこもり」。お父様やお母様からは何度もお披露目会をやり直そうと説得されたが、私は断固として拒否した。

 だって絶対、「いちごぱんつ」というあだ名が付けられていじられるにきまってるもの。


 そこで登場したのがグレンだった。

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