訪問
アスクル、とんだゴミである。
俺、伊藤 左衛門は、このゴミを給料3ヶ月分で買ってしまった。
アスクルは世界に100台ありその所有者が一人一票を毎日投票するか、しないかを選べる。その日の0時になった時点で投票数が50以上なら明日来るし、以下なら今日繰り返される。繰り返す今日に持ち込めるのは自分の記憶のみ、またアスクルの所有者以外は繰り返しに気がつくことすらできない。
アスクル、とんだゴミである。
されど、給料3ヶ月。捨てるのは惜しい。
なんとかならぬものか、そう思っていたところでインターフォンが鳴った。
いつもお世話になっております、
私、明るい未来社の棉刺と申します。
えぇ、はい、そうです、そうです、
伊藤様にご利用頂いている、『アスクル』の。
いかがですか?『アスクル』は。
もぅ、繰り返しはご体験なされましたか?
おやおや、さすがでごさいますね、もぅ、3回も、いやぁ、素晴らしい。やはり、選ばれた方、世界を動かす100人の方は違いますね。
え、ただ電話が来たから買っただけ?
いやいや、ご謙遜を。当社の商品は選ばれた方にしかお売りできないので…。
でもそうですね、それでは、伊藤様には今回の商品は必要ないかもしれませんね。
え、話だけでも聞いてくださるのですか?さすが、伊藤様!ありがとうございます。
今回ご紹介する商品は『イツクル』でございます。
伊藤様は繰り返しが起こるのか、知りたいと思われたことはございませんか?
知っていれば、もっと、『今日』を有意義に過ごせるのにと思われたことは?
はい、それを叶える商品、それが『イツクル』でございます。
こちらの商品は『アスクル』とは異なり、投票などはいたしません。
デザインも『アスクル』と違い腕時計型です。携帯性が重要ですので。針の下の液晶に数字がでます、それが、現在の『アスクル』の投票数というわけで。
ちょっとお試ししてみましょうか。電源を入れて…はい、こちらです、只今19:04で現在『32』票です。ふむ、少し低めの数字ですね。
さて、これ以上は私の説明は不要ですね、伊藤様でしたらイツクルの価値、おわかりいただけますよね。
「へぇ」
これは素晴らしい商品だ。すぐにそう思ったが、俺はおくびにも出さないで、興味なさそうに頷くにとどめた。
「それだけ?それだけじゃぁね」
「おや、伊藤様はイツクルはお求めではないと?」
「そうねぇ、買ってもいいけどさ、オマケが欲しいよね」
「ほうほう、なるほどなるほど、さすが伊藤様!商売上手でいらっしゃる!承知致しました、それではイツクルの腕の交換バンドを5本おつけしましょう」
「そんなのは、いらない。その代わり、情報が欲しいよね」
まさしく、キョトンとした様子で棉刺が首をかしげる。
「過去のイツクルの時間ごとの数字とアスクルの実際の投票数を知りたい」
「はぁぁぁ。なるほど」
棉刺はうむむと悩むような仕草をする。
それからコホンとわざとらしく咳払いする。
「そうですね…、イツクルの正午時点の数字とその日のアスクルの数字ならご提供できます」
「過去5年分はほしい」
「過去1年分でいかがでしょう」
「じゃぁ、4年」
「では、2年」
「「3年」」
俺と棉刺は顔を見合わせて笑った。
「お代は給料三年分となります。こちらは一切まかりません」
「…わかった」
悩むにして数秒、俺ならイツクルを使い、アスクルを使いこなせるだろう。その値段に頷いた。回収の目処はたっている。
「いやぁ、やはり伊藤様は素晴らしい。ではこちらは今日から、今から伊藤様のものです」
棉刺はイツクルを白いハンカチーフで一度拭き取り、そのまま俺には渡す。
「あと、こちらが…お望みの三年分です」
そう言って棉刺はカバンから印刷された何枚もの紙を玄関においた。100枚、200枚いや、もっとだろうか。カバンに入れておいたにしては折り目一つなく、まるで印刷されたばかりのものをコピー機から出した状態にみえる。
「え?」
「あと、こちらが振込用紙です」
驚く俺を無視して、さっと、印刷された紙の上にそれをのせると、棉刺はペコリと頭を下げて出ていった。