取り外す女
日が昇り始め空の星を確かめることが出来なくなる頃、彼女の一日は始まる。
最近一緒に暮らし始めた小さな同居人はぷぅぷぅと寝息を立てている中、起こさないように優しく布団を直して身支度を整えにいく、そーっと歩いて音を立てないように……
「よう!レムーナいるか!?」
――職人ゴブリンが現れた!!
突然大きな声が玄関から聞こえてきて、慌てて玄関までかけていく。
子供と一緒に暮らし始めたことを忘れていたのか、こちらの様子をみて慌てて謝ってくるゴブ蔵に気を付けてねと軽く注意するレムーナ。
最近人間の町で流行しているという「バスタブ」が美容にいいと聞いたゴブ蔵が、腕のいい職人ゴブリンを集めて作ってやると言い出したのが昨日のこと。
1日足らずでつくったというそれは、真っ白でつるつるとした見た目が美しくまるで美術品の様で思わずうっとりとする仕上がりだ。
音を立てないように気を付けながら家の外に取り付けてくれたバスタブの周りに布をつるして目隠しを作ったレムーナは早速試してみる。
たっぷりと入れたお湯に身を沈めると「ざぷーん」とお湯が溢れる。
それを見てもったいないと思ったのもつかの間、何とも言えない心地よさが身体中を包み込んだ。
「これは……すごいわね」
目をつむってゆっくりと湯船に身を任せるとはぁ、と息が漏れる。
今度職人ゴブリン達に何かお菓子でも作ってお礼をしようと考えながらさらに深く湯に沈もうとする……が、何かが邪魔をしている。
「あ、おっぱい浮いちゃってる……」
気持ちよく空を見上げていた視線を湯船に戻すと、自分の胸だけがお湯から覗いていることに気づき、慌てて両手で隠す。
誰も見ていないとはいえ、胸が晒された状態では恥ずかしくてゆっくりできないので「取り外す」ことにした。
人の姿をしていても、ゴーレム族である彼女の体は大小さまざまなパーツに分かれている。
一見継ぎ目もないように見えるが、魔力を込めると身体中に継ぎ目が浮かび上がり簡単に取り外せるようになっている。
取り外してしまえばただの土粘土にしかみえないそれを、バスタブの脇に置いて今度こそ身体全体を湯船に沈める。
ああ、なんて最高なのだろう。
「これで一安心ね……ふぁ……なんか眠気が……」
初めて体験した「バスタブ」のあまりの心地よさに意識がだんだんと薄れていき、ぷくぷくと空気を出しながらそのままお湯の中に吸い込まれていった……。
……。
…………。
…………ちゅんちゅん。
バスタブのふちにスズメのような鳥が止まる。
つるつるとした触感が楽しいのか、足を滑らせては羽ばたいて元の姿勢に戻り、また足を滑らせる。
そんな一人遊びを満喫していると地面がぐらぐら揺れる。
あたりを見回して危険がないかきょろきょろと様子を伺うスズメだが、変わった様子を見つけることはできない。
何もないのに足元が揺れる状況に、さらに警戒を強くしてあたりを伺っていると……「ざぷんっ」と、突然人が姿を現した。
――レムーナは目を覚ました!
「いけないっ、ご飯の支度しなくちゃ!」
お湯で重たくなった体を一息でぐっと持ち上げて手早く身体を用意しておいたタオルで頭、首、肩、腕、身体、足、と上から下へと流れるように吹いていく。
あれ、何か変な感じがする?
頭を拭いているのに胸に、足を拭いていても胸に触れているような感触があるような気がする。
不審に思い、自ら胸を触ってみると、触れている場所とは違う部分にも感触を感じる。
「ま、まさか……」
慌てて、先ほど取り外した胸パーツ……いわゆる「おっぱい」の部分を置いた場所を見てみるとそこには何も無かった。
とっさにあまり大きくはないタオルを身体にあてると、目隠しの外に飛び出して家の中に駆け戻るレムーナ。
他の種族にはあまり知られていないが、人型になれるほどに成長したゴーレムの体は全てのパーツの感覚が繋がっており、バラバラにしてもそれぞれの感触は本体に伝わる。
いくらパッと見は土粘土とはいえ、しっかりとみればそれが女性の胸だというのは明らかだ。
そのうえ、置いてあったのはレムーナが入浴中のバスタブの隣、それがいったい何であるのかは明白だった。
あの時間に起きていて、このあたりにいた人物となると……おそらく持って行ったのはゴブ蔵だろう。
いくら人型になっているとはいえ、もともとゴブリン族の性欲が人一倍強いことをレムーナは知っていた。
先程から絶えずムニュムニュと触られ、時折固い棒状のようなものが擦りつけられているような感触が伝わってくる……もう、間違いないだろう。
涙をこぼしそうになるのを必死にこらえて、自分の不注意が原因だと言い聞かせる。
幸い相手は私自身と感触を共有しているなんて思ってもいないはず、何も知らないふりをして頼めば穏便に返してもらえるだろう。
寝ているであろうカイルの様子を見て、その後返してもらいに行こう。
自分の思いとは裏腹に、いや、自分の思いに素直に答えて両目から溢れる涙を水で洗い流していつも通りの笑顔を浮かべて、洗面所を出るレムーナ。
「おしろができますよー」
いつの間に起きていたのか、子供用テーブルの上でカイルが粘土遊びをしていた。
無邪気に歌うように完成形なのか、お城の形を口に出しながらこねこねと一生懸命に作っている姿を見ていると、なんだかさっきまでの嫌な気分が抜け落ちて、幸せな気分が心を満たしていく。
そうだ、さっさと返してもらってカイルのご飯を作ろう。
あのバスタブはきっとカイルも気に入るだろう。
私の胸を好きなように触られたことには傷ついたけど、あれの代金の代わりだと思えば納得できなくもない。
――ただし、2度とお菓子を作ったりはしないが。
「あ、みてみてー」
考え込んでいると、カイルに見つかってしまったのでそばまで寄ってのぞき込む。
「あら、綺麗なまんまるねー」
そういって笑いかけると、ふんふんと鼻息を荒くしながら嬉しそうにしている。
ああ、幸せ。
「でも、ここにちょっととんがりさんがあるよー……ひゃんっ!!」
綺麗なまんまるの粘土にとがった部分があったのでぎゅっと押し込むと身体に電気が走った。
「これまるにならないの。だからおしろにするの」
「へ、へーえ?そ、そうなんだぁ。か、カッコイイとんがりだもんね」
なんとか返事ができたが、まだ体がしびれている。
まさかこの粘土って――
「こねこねー」
「あんっ!」
カイルがこねると身体にさらに甘い痺れが走る。
「のばしのばしー」
「ふぁぅんっ!!」
粘土用ののばし棒でぐりぐりとしているカイルの動きに合わせて先ほどと同じ、棒状で固いものを押し付けられている感触が伝わる。
これはダメだ、非常に、ひじょーに、まずい。
なんでカイルが私のおっぱいで粘土遊びしてるのーー!?
「ね、ねえーカイル? その粘土……私にちょうだい?」
「いいですよー」
あ、やっぱりカイルは天使のように優しい。
持って行ったのがカイルで本当によか……ひゃん!
「かか、カイルー? なんでまだこねこねしてるのかなぁ?」
「おしろにしてあげますよー」
カイルはどうやらお城にしてから私に渡すつもりらしい。
やっぱり優しい。
とんでもなく優しい。
でも今はそれが……つらい!とっても!
「じゃあ、このでっぱりは私がこねるね?」
「はーい」
全てを取り返すのは今は難かしいと悟った私は、さっと魔力を込めて「とんがり」の部分だけ取り外してハンカチにくるんでポケットにしまう。
「さて、ご飯支度しなくちゃ!」
楽しそうに私の「粘土」で遊んでいるカイルを横目に見つつ、台所へ向かう。
相変わらずムニムニと触られている感触は伝わってくるが、とんがりがない分だいぶマシになった自分の体の様子に一安心で今日の献立を考える。
なんだかお風呂に入る前よりも疲れてしまったので。ご飯を食べたらもう一度お風呂に入りたい。
もちろん今度は絶対に取り外したりなんかしないと心に決める。
その後、ゴブリン職人たちのもとに届けられたお礼のお菓子はとても豪華で、バスタブを届けたゴブ蔵も大喜びだった。
しかし、なぜかそれを持ち込んだ女性はリンゴよりも赤い顔をして申し訳なさそうに届けに来たという。