6話
ルピスの協力は拒んでしまったが、援奏者なしのままでは勝ち進めないのは明らかだった。フォルはどうにか援奏者の協力を得るため、三回戦が終わった次の日から街を奔走していた。
この街では闘技大会が行われているため、臨時で雇われるのを待っている援奏者がウロウロしている。
探せば一人ぐらい協力してくれる人間がいるはずだと思っていたフォルだったのだが、実際はなかなか協力してくれる者は現れなかった。
大会が後半になるにつれて、負けた者や新たな参加者が次の大会へ向けて援奏者への需要が高まる。有名な援奏者はすでに雇われ済みだった。そうでない者も、フォルの様子を見て素気無く断ってきた。たいして金を持っていないことに加え、装備の貧弱さなどで勝つ見込みを感じられなかったらしい。
「明日には四回戦だっていうのに……」
現在進行形で断られて呻いていると、協力を断った男が申し訳なさそうに謝ってきた。
「悪いね。確かに応援してやれなくもないんだけど、彼女を裏切るようでな」
「あぁ、わかってるよ。この前対戦したばかりの相手だからな。俺も考えなしだったと思ってる」
目の前にいるのは、三回戦で苦戦した少女の援奏者であった。どうにもあてがなかったため、非常識とはわかっていたのだが、彼にまで協力を求めてみたのだ。軒先で追い返されるかとも思ったのだが、意外にうちとけあうことができた。ただし、協力にはやはり応じてくれなかった。
「しかし、相方の援奏者のためか……。そうだなぁ、引き受けてくれるかはわからないけど、強力な援奏者なら知ってるよ」
フォルは彼の言葉に色めきたち、勢い込んでその人物の居場所を訊いた。すると彼は、フォルのあまりの必死さに笑って、その人物の居場所を教えてくれた。
そして、むかった先にあったのはフォルの住む集合住宅だった。
「おいおい。こんなところに有名な援奏者がいるなんて話聞いたことないぞ」
こんなにも近くにいて見逃していたのかと思うと、なんとも自分が情けなく思えた。街の端から端まで歩き回ったおかげでもう陽が暮れ、涼しくなっている。フォルは半ば疲れたように、応援者がいるという三階へと登った。
教えられた部屋を見つけ、戸を軽く叩く。
しばらくして、気だるそうな女性の返事が聞こえてきた。
「はぁーい。どなた?」
甘い声と共に、甘い香りを匂わす女が現れた。彼女の背中あたりで縛った黄金色の髪が、急いで駆けつけてきたせいでか大きく揺れていた。今まで同じ建物に住んでいたのに、なぜ彼女の存在に気がつかなかったのだろうかと不思議に思う。
長袖の上着にズボンというラフな格好ではあったが、どこか色気を感じさせる女性だった。
「あ、ミュオさんですか?」
名前から女だということは予想していたが、予想外の美人の登場にドギマギしていた。相手の女性は、自分の名を知る男を目の前にして訝しんでいる。
「そうだけど、誰?」
訊かれて、フォルは慌てて答えた。ここで怪しまれてしまってはどうしようもない。
「フォルティ・エナセードっていいます。ある人に、頼りになる援奏者だって聞いてきたんですけど」
「……そう。で、わたしになにか?」
少し浮かない顔のミュオに、フォルはまた断られるのではないかと不安に思った。
だが、どうしても協力者が必要な今、ここ三日間複数の援奏者にいい続けてきた言葉を彼女にいう。
「いや、協力してもらいたいんです」
ミュオはフォルの顔をしばらく見つめ、しばらくしてからため息をつき、首を横に振った。
「……断るわ」
なんども聞かされた答えに、フォルは顔を歪ませた。
「そんなに金ないように見えます?」
頭をかくフォルに対して再びため息をつき、ミュオが玄関の壁に寄りかかって斜めから見上げてきた。すべての所作に色気が付随しているように感じる。フォルが「あまり周りにいなかったタイプの人だな」と内心で考えていると、彼女は額に張りついていた前髪を掻き上げて唸った。
「そうじゃなくて。キミ、ちゃんとしたパートナーがいるでしょ」
「は?」
パートナーとはルピスのことだろうが、なぜ彼女のことを知っているのだろうかと目を見張る。同じ集合住宅に住んでいれば、確かに一緒にいるところを見られている可能性はある。だが、パートナーだといいきる理由がわからない。フォルが悩んでいると、ミュオがクスリと色っぽい笑みを浮かべた。
「忘れたの? この前、わたしに見とれてたじゃない」
いわれてしばし考えた後、ハッと思い出し、「あっ」と声をあげる。ついこの前トルの店で気になった女性がミュオだったらしい。場所と服装の違いで気がつかなかったのだ。
「あの子の想いを無視してわたしに力を借りようだなんて、よく考えられたわね」
刺々しさは感じられず、どちらかというと呆れているようだった。一方、フォルはミュオの誤解に慌てて手を振った。
「別にあいつを無視したいわけじゃ……」
「じゃ、彼女に頼みなさい」
いいよどむフォルの様子に、もう自分のでる幕はないと思ったミュオが「じゃあね」と戸を閉めようとした。それに慌てたのはフォルだった。戸を閉められる前に足を差し入れる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今回ばかりは、あいつのためにもあんたの力が必要なんだ!」
あまりにも唐突で、わけのわからないものいいだった。当然のごとく、ミュオもなんだか理解できずに「は?」と戸惑い、目をパチクリとさせていた。
その後、同じ階に住むおばさんの疑わしげな視線もあり、フォルは彼女の部屋にあげられた。中にはいると、フォルの部屋と造りは変わらないはずなのだが、花や絵などがあるせいかずいぶん洒落てみえる。
フォルが神妙に部屋の中を見渡していると、彼の後からやってきたミュオが寝台の上の服に気づいた。慌ててタンスに追いやる。どうやら洗濯物を取り込んでいる最中だったらしい。彼女はばつが悪そうに顔を赤らめると、飲み物を用意するからといい、フォルを椅子に座らせた。
すぐに冷たい果実酒がだされる。
それを口にしながらフォルはこれまでのことを話した。すると、ミュオは感心したような、はたまた羨ましげな表情を浮かべた。
「彼女に贈り物をしたいから優勝したいかぁ……。でも、そんな高い物じゃなくても喜ぶと思うけど?」
そういわれてしまえばそれまでなのだが、いつも一生懸命尽くしてくれているルピスには精一杯の贈り物をしてやりたい。フォルがそれをどう説明しようか悩んでいると、ミュオも野暮だと思い直したらしい。肩を竦ませ、口元をほころばせた。
「まぁいいわ。本当はこういうの引き受けないんだけど、特別に協力してあげる」
「そいつはありがたい」
フォルがホッと一安堵していると、ミュオが彼とは対照的に気を引き締め、フォルの今のもちうる武器や技のことなどについて真剣に尋ねた。
やるからには手抜きはしないということなのだろう。さすが頼りになる援奏者といわれるだけのことはあると、フォルは素直に感心していた。
「それで明日なのね。どこに集まる?」
一通りの情報交換などが済むと、ミュオがトロンとした瞳で見つめてきた。
果実酒を飲みながら話をしていたので、いい具合に酔っている。やけに艶めかしいのを気にしつつフォルは頭をかきながら答えた。
「実は、俺この下の階に住んでるんだ」
「うそだぁ」
「いや、俺も今日知って驚いたんだよ」
最初は信じなかったミュオだったが、それでもなおフォルが否定しないので、結局最後には真実であることを悟る。そして、ふうんと頷いていた。
「珍しいこともあるのね……。ま、だったら起きるの心配しなくていいか」
「なんだいそれ?」
「わたし、朝弱いんだよね」
ミュオはフォルの戸惑っている様子を眺めながら微笑していた。