4話
フォルは店を抜け出し、ルピスへのプレゼントについて考えた。
「やっぱり服かな」
今日の出来事もあるが、ルピスが憧れの眼差しで店に展示されていた服を見ていたのを覚えている。
その服屋の前を通るとき、時折ルピスが目を奪われているので、気に入っていることは確かだろう。
誕生日祝いと、いつも手伝ってくれているお礼を兼ねて、ルピスにあの服をプレゼントしようと考える。
もう時間は夕刻を過ぎ、店が開いているとは思えなかったが、とりあえず足を商店街にむけた。
街には、光を発する魔法石による明かりが灯り、いまだ人の多い通りを照らしている。石畳の道の側には水路があり、サラサラと水が流れていた。魔法石の光が水に反射し、近くの建物にとどまることのない芸術を作り出している。美しい光景だ。
水の街セザーク。この街が水の街と呼ばれる由来は、潤っていることにある。潤っているというのは、実際に水が多いということと、大会などで人が多く集まるため商業が発達しているということからだった。
フォルは、整った街並みを人ごみに紛れ件の店を探す。
目的の服屋を見つけた頃には、もう店じまいする寸前だった。店員だろう女性が入口の鍵を閉めようとしている。
フォルは慌てて彼女を呼び止め、展示していた服のことについて訊く。
「ああ、あれですね? プレゼントですか?」
「ええ、まあ」
頭を掻くフォルを見て微笑んでいた店員だったが、少し口を濁した。
「でも、高いですよ?」
「……どのくらいですか?」
冒険に出るときのために貯めていた金を使えばどうにかなるかと思って訊いてみたのだが、店員は少し考えてからとんでもない返事を返してきた。
「お屋敷が一つ買えるくらい……ですかね」
「お屋敷……ですか」
「ええ」
予想をはるかに越えた金額に、フォルは絶句した。買うのをやめようという思いが頭をよぎる。もしここで妥協して他の服を選んだとしても、ルピスだったら喜んでくれるだろう。だが、ルピスの好きな服はあくまで展示されていた服であり、フォルとしてもどうせならそちらを買ってやりたい。
「少し時間もらえますか?」
迷った末にフォルが訊くと、店員はニコリと微笑んだ。
「ぜんぜん構いませんよ。あれを買える人はそうそういませんからね」
フォルはその言葉を聞き店員に頭を下げると、店を後にした。
もうずいぶん暗くなっていた。自宅にむかいながら、これからどうしようか考える。
屋敷を買うぐらいの金があったら、もう少しいい暮らしができる。そうすれば、ルピスに負担をかけることもなかったのだ。
フォルはそこまで考えて頭をかいた。
そんなありもしない金のことを考えても仕方がない。これから考えなければならないのは、どうやって服を手に入れるかだ。
まず最初に考えるのは、強引に手に入れる。すぐに首を横に振りその考えを否定する。……それでは泥棒だ。次に考えるのは人に借金をすることだった。しかし、しばらく考えて考えを諦める。フォルには、それほど大きな金を借りるあてがない。しばらくいろいろとろくでもない方向に考えを働かせていたが、結局落ち着く先は一つだった。
「稼ぐしかないな」
思い立ったはいいが、稼ぐ方法が問題だった。普通に仕事をしていたら何年かかってしまうかわからない。その上、ルピス誕生日まであと一ヶ月もない。
頭を悩ませながら裏路地を歩き、しばらくしてから明かりの乏しい通りに自分の部屋を見つける。自分の部屋をふと見上げたフォルは眉をひそめた。
部屋の中から光が漏れ出ていたのだ。
フォルは、自分が光の消し忘れでもしただろうかと首をひねる。
だが、一人暮らしになって節約に気を使うようにしていたので、消し忘れということはないように思えた。いったいどういうことなのだろうかと、この街では珍しくない集合住宅へ自然と足を速める。共通階段を音を立てずに上がり、二階にある部屋の前にたどり着くと、慎重に戸に手をかける。
鍵は開いていた。
フォルは緊張を高め、部屋の中に足を踏み入れる。
広くもない自分の住み慣れた部屋を、仄かな光を頼りに進む。人のいる気配を感じ、フォルは布に巻いていた剣を握り、飛び出した。
「誰だ!」
フォルが目の前にしたのは、呆気にとられているルピスだった。
フォルのベットに座わったまま、目を見開いている。
彼女は、淡い桜色の半袖に黄色の半ズボンをはいていた。どうやら家で着替えてきたらしい。それはいいとして、自宅に帰ったはずの彼女がなぜここにいるのかわからなかった。
「お前、なにしてるんだ」
剣をむける相手がいないことがわかり、フォルは情けなくため息をついた。
声をかけられ、ルピスは石化の魔法から解けたかのように立ち上がる。
「ご、ごめんね。勝手に入っちゃって。お料理作ったから持ってきたんだけど、フォルくんがいないから待ってたんだ」
気が知れているということもあり、フォルは彼女に合い鍵を渡していた。そうでもしないと「仕事の時に起こせなかったりして困る」と、怒られたのだ。だからといって、それが迷惑なことかといわれたら、そうではなく。起こしてもらえたり、飯を作ってきてくれたり、掃除していってくれたりと、女っ気のないフォルにはいいことずくめであった。
つまるところ、謝られる必要などない。フォルは謝るルピスを座らせ、自分は剣を立てかけ部屋に一つだけある椅子に腰を下ろした。
「いや、いいんだ。そうか……。ずいぶん待ったろ?」
「ううん。それはそうとして、フォルくんこそどうしたの」
「俺? 俺はちょっとトルの店で……」
さすがに服を見にいったなどといえるはずもなく、どうにかごまかそうと答える。嘘はついていない。しかし、思わぬ反撃を受ける。
「ご飯食べてきたんだ」
そういうルピスの笑顔が痛々しくて、フォルは必要もないいいわけをしようとした。
「いや、ただアウルと……」
そこまでいって言葉を止める。アウルという言葉から連想して、あることを思いついた。
「そうか! その手があった」
「なに?」
はたと手を打ったフォルに、ルピスが不思議そうに返した。フォルはニヤリと笑い返す。
「闘技大会さ」
「え? なにが?」
フォルのいっている意味がわからないルピスは、ただ疑問だけしか頭に浮かばない。フォルは、わけがわからずにいる彼女のことなどお構いなしに、自分だけで考えをまとめてしまっていた。
「今度の大会に出場する!」
それがフォルがたどり着いた答えだった。
「フォルくん!?」
意気揚々と告げられ、ルピスは驚いて声を張り上げる。フォルはその声に、彼女を放っておいてしまったことを感じ、悪かったなと頭をかいた。
「ん、あぁ。そうだな、飯食おうか。やることもはっきりしたし」
「そうじゃなくて、いったいどうしたの? 急に闘技大会だなんて」
「ちょっと思うことがあってな」
なんとごまかしていいかわからず、フォルは曖昧に答えた。ルピスは長年のつきあいから、訊かれたくないということを察し、少し不満げだったが深く追求しなかった。
「……まあいいか。でも、でるなら目指すは優勝だね」
「まあな」
そうでなくては服を買う金が手に入らない。そう、目的は闘技大会の優勝賞金である。アウルが大金持ちなのも、元々裕福な家庭ということもあるが、大会で賞金を得ていたりするからだ。フォルが大会のことに思いを馳せていると、ルピスが両手を握っていった。
「ボクも頑張るよ!」
「そうだ……え?」
明るく答えていたフォルの表情が固まる。
「だって、闘技大会ではエールが使えるんだよ。知らなかった?」
ルピスが協力しようとしていることを知り、フォルはいいよどんだ。そして、大会のことを彼女にいったのは失敗だったなと口元を歪める。
「ルピス、今回の大会は自分の力を試してみたいんだ。だからエールは……」
「でも、他の人も使うんだよ?」
もっともな意見だったが、今回ばかりは彼女の力を借りるわけにはいかない。
彼女のプレゼントを手に入れるため彼女に協力してもらっていては、あまりにも間抜けすぎる。フォルはなんとか諦めてもらうため下手ないいわけをした。
「それでも、俺は一人でやってみたいんだ」
「そうなの?」
「そうなんだ」
どうも納得できていない様子のルピスを見て、フォルは少し不安になる。
「……ルピス、エン石よこしてくれ」
「! なんで!?」
首にさげられていたエン石を両手でかばうように包み込むルピスに、フォルは手を差し出しエン石を要求する。
「内緒でエールされちゃ参るからな」
「うぅ、そこまでしなくてもいいのに」
「お前は心配性だからさ」
フォルが小さく笑っていうと、ルピスが神妙な顔で答えた。
「……うん、心配。ボク、エールできなくても応援してるから……。頑張ってね」
「ああ」
お前のために頑張るよとは口にだせず、フォルは心の中で呟いていた。