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エンハンス  作者: 不来方ノ杏
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1話

初投稿です。お手柔らかにお願いします。

「フォルくーん! いったよ!」


 背の低い少女が大きく手を振り、一生懸命自分を大きく見せようとしている。

 合図を送られたフォルことフォルティ・エナセードは、綺麗に磨かれた白銀の両刃剣を構え、周囲に意識を集中させた。先程まで騒いでいた少女の声が聞こえなくなる。

 彼女になにかが起こったわけではなく、離れたところで彼の補助をしようとしているのだろう。フォルはそれを理解して、これからやってくるだろう敵にそなえた。

 四本足で駆ける素早い足音と共に、草をかきわける音が耳に入ってくる。フォルは相手の動きにあわせて並走するように駆けだした。暑さの激しい時期のせいか、額から汗が流れてくる。邪魔な汗を空いた手で拭い、気合いを入れて草むらの中に飛び込む。

 横並びしていたはずの獣が、目を鋭く輝かせ反転してくる。人と獣の反射速度では比べようがない。急激に飛びかかってきた赤毛の獣に、フォルは慌てて身をよじった。大きい口と鋭い爪が、やけに恐ろしげに見える。

 まにあわない。

 そう思った瞬間。不意に力がみなぎり、身が軽くなる。

 気づいたときには、必要以上の勢いで獣の襲撃を避けていた。獣から充分な間合いをとり、手に握っていた剣に視線を向ける。

 父の友人から十六の誕生祝いに譲り受けた刃と柄の間に宝珠の埋め込まれた剣。その剣を起点として青い仄かな光が自身を取り巻いている。まるで自分を守ろうとしているような光に、フォルは口元をほころばせた。


「ルピスのエールが効いてきたな」


 エールとは、援奏者がエン石と呼ばれる宝珠を使い、対となるオウ石を持つ応者へと特殊な力を付与する技である。援奏者とは歌や演奏などによってエン石に力を送れる者をいい、応者とはオウ石から流れてくる力を使用する者たちのことをいう。

 彼ら応者と援奏者は、互いに協力することによって普通では対応できないような難しい局面を乗り越えることができる。

 実際、応者のフォルと援奏者のルピスもその恩恵を受けている最中だ。

 少女の支援を受けたおかげで、フォルにも相手の様子をうかがえるくらいまで余裕がでてくる。

 相手は、体格がいい大人ぐらいの体長をした獣だった。姿形から見て、依頼者のいっていたカギルスという魔獣に間違いない。

 フォルは、ある程度とっていた距離を慎重につめた。

 油断なくカギルスを見据えつつ、剣を逆手にし、腰に巻いていた小物入れに手を突っ込む。彼が取り出したのは、茶色の丸い球だった。

 それは、硬化弾という相手を動けなくすると同時に硬くするという、変わった道具である。いままでに四つの硬化弾を使用し、すべてを無駄にしていた。

 もう失敗は許されない。

 フォルは全神経を集中させ、ジリジリとカギルスに近づいた。

 確実に硬化弾を当てるためには、ぎりぎりまで近づくのが一番なのだ。

 普通なら逃げだしたい状況だが、ルピスのエールをうけている今はすべての身体能力が向上している。彼女の精一杯のエールを無駄にしたくない。

 その一方、フォルに作り出された緊迫した雰囲気に我慢できなくなったカギルスは猛々しい咆哮を上げ襲いかかってきた。

 大きく跳躍してきたカギルスの動きに反応し、フォルは剣を盾代わりに突っ込んだ。

 カギルスの大きな前足で繰り出されたひっかくようなパンチを、剣の平らな部分で上手く受け流す。すれ違いざま、横っ腹に硬化弾をたたき込む。鈍い破裂音が鳴り響き、割れた硬化弾から煙が吹き上がった。フォルは慌てて煙に巻き込まれないように跳んで転がると、その場を逃れた。

 そして、カギルスがどうなったか確かめるべく振り返る。赤毛の魔獣は、まるで彫刻などの芸術品のように勇猛果敢な姿のまま固まりついていた。

 フォルは安堵し、それから自分の左腕へ視線を移す。

 カギルスの腹あたりの感触が残るものの、肘から下の部分は全く動かせない。まるで、なにか硬い膜にでも覆われているような感じだ。フォルはまあこれぐらいならば問題ないだろうと、いつの間にか光の収まった剣を手に垂らし持ち、固まったカギルスの方にへと向かった。


「ふぅ。ずいぶんと手こずらせやがって」


 呆れ口調でフォルが感覚のない左手をカギルスの背中に乗せていると、背後からガサガサという茂みを揺らす音が聞こえてきた。

 木の上で様子を見守っていたルピスが駆けつけてきたらしい。

 フォルは彼女を迎えようと振り返り、絶句した。


「ルピス……。お前、どうしたんだ」


 援奏者は基本的に後方支援が常であるため、余程動きにくいというような服でないならば特に問題はない。ルピスもそれに反せず薄手で長めの白い上着に、膝上までの赤いスカートという服装だった。しかし、その服も今では切れたり泥や草木がついたりでボロボロになっている。

 危ないからと、一緒に木の上に登ったときにはなんともなかったのに、いつの間にか頭からつま先まで酷い有様だ。肩先にかかる薄茶色のサラサラした髪がほつれ、ホッソリとした小さい顔には泥や切り傷が見える。

 フォルが目を丸くして驚いていると、少女はなんの予告もなしに飛びついてきた。フォルはなにごとかと戸惑ったが、密着していることで彼女の身体が震えているのに気がつく。

 泣いているのかと、彼女の様子を覗き込む。

 彼女は泣いてはいなかった。その変わりに、本当に安堵している様子で、フォルの存在を確かめるようにきつく抱きしめてきた。


「よかったぁ」


 花がぱあっと咲いたような微笑みを向けられ、フォルは照れを隠すため、自由の利かない左手で頭を掻いた。

 例え泥にまみれても、彼女の可愛らしさや、女の子特有のいい匂いは変わらない。

 いつも一緒に行動していた幼なじみのパートナーに、フォルは今さらながらのように愛らしさを覚えた。そのせいか、いつもなら口にしないような言葉がつい漏れでる。


「ルピスのおかげだよ」

「な、なに? いきなり。らしくないなぁ」


 唐突なフォルの言葉に、ルピスは身を離して頬を赤らめた。

 ルピスの戸惑いの反応に、フォルも自分のがらでもないことをいったことに気づき、慌ててなにかいいつくろおうとした。


「あ、いや。そ、それにしてもどうしたんだ?」

「? なにが?」


 フォルのあまりにも強引で下手な切り返しに、ルピスもつい反問した。だが、ほどなくしてフォルの視線から自分の格好についてだと気がつき、ばつが悪そうに答えた。


「あー。ハハハ、これ? 木から降りる時ちょっと慌ててたら、足滑らしちゃった」

「大丈夫か?」


 目に見えるような大きな怪我はしていないようだが、木から落ちたとなったらどこか打ち身でもしている可能性もある。

 心配して訊くフォルの言葉にルピスが不意に表情を歪ませた。


「ううん。ボロボロ……」

「! どこか怪我したのか!?」


 フォルが慌てて彼女の両肩を掴み、異変がないか身体を見回す。対して、無遠慮に身体を検査されていたルピスはただただキョトンとしていた。


「ふぇ? 怪我?」


 最初はなんのことだかわからないというように小首傾げていたルピスだったが、自分とフォルとの考えが微妙に食い違っていることに気がつき、慌てて頭を振った。


「違う違う!」

「違う?」


 まだわからないフォルに、ルピスは呆れともつかない苦笑を浮かべた。


「ボロボロなのは、服のことだよ」

「服?」


 確かにルピスの服はボロボロだった。

 だが、大丈夫なのかと訊いたときの彼女は、服がどうこうというような雰囲気ではなかった。ただならぬ気配に動揺してしまったというのに、彼女はただ服をダメにしてしまったことだけに滅入ってしまっている。


「うん。気に入ってたんだけどな」

「なんだ……」


 フォルは、自分の考えが取り越し苦労であったことに安堵して呻いた。その安堵の言葉は呆れの言葉とも受け取れる。ルピスは頬を膨らませてフォルに抗議する。


「ひどーいっ! この服大事にしてたんだよ」

「いや、そうじゃなくて――」


 フォルが慌てていいわけすると、彼女はクスリと笑った。


「冗談だよ。……心配してくれてアリガト」


 ルピスの心底うれしそうな瞳に見つめられ、フォルは再び頭を掻いた。しかし、彼の手の感触は、いまだ回復していなかった……。

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