エピローグ
セントリフティア皇国、夜半過ぎの王宮。しんと静まり返った王宮の一室、皇王の寝室に一つの影が滲み出るように出現した。
「起きろ、皇王」
影の命令に従うように、寝台の中の男性が目を覚ます。
「ん、アルフォードか?」
目を覚ました皇王は眼前の男性に気付くと共に、傍らで眠る女性の寝息に違和感を覚えた。
「起きたのは余だけか?」
「ああ、眠りの魔法と、部屋全体には遮音の魔法を掛けた。室内の会話が外に漏れることはない」
「そうか、相変わらず便利なものだな」
アルフォードの非常識さに慣れてしまった皇王は欠伸を噛み殺して、上体を起こした。
「それで、何かあったのか?」
皇王に問われて、アルフォードは事態を説明する。話が進むにつれて、皇王の顔色は悪くなった。
「シェラは無事なのか?」
「ああ、命に別状はない。しかし長期の治療が必要になった為、しばらく身を隠す」
「そうか、ならば領地はそのまま、オースティンたちに委ねておいて問題ないな」
「そうしてくれ」
皇王は妹が無事でいるのを聞かされて安堵していた。皇妹の身分を返上した彼女を伯爵に叙爵したとは言え、血肉を分けた肉親の安否は彼の懸念事でもある。
「それと、近々カインがここに来るぞ」
「カインが?」
皇王の表情が明るくなった。
「村に帰ったのではなかったのか?」
「村には帰って来た。騎士叙勲も私が済ませた」
アルフォードの淡々とした報告に、皇王は気分が高揚する。
「そうか、騎士叙勲も済ませたか。できれば余が直接に叙勲したかったが、王族以外への叙勲が軽々しくできない以上、カインの雄姿を見られないのが口惜しかったのだ」
「浮かれてばかりもいられないぞ」
「どういうことだ?」
アルフォードの水を差すような言葉に、皇王はムッとした表情になった。
「北のサルードゥン侯が、蛮族討伐の兵を起こす」
「その話は知っている」
「その討伐軍にカインは参加の予定だ」
寝耳に水のような事柄を聞いて、皇王は色めき立つ。
「何だと。ならば余自らが親征して……」
「落ち着け」
アルフォードが渋面で制止を掛ける。
「皇王が蛮族討伐など、侯爵の面子を潰すつもりか?」
「ぐぬぬ」
「心配なのはお互いに同じだ」
歯軋りする皇王に、アルフォードは共感めいた言葉を返した。
「そこで、強力な監視役を派遣するのに、同意を求めに来たのだ」
「断れない話だな、良かろう」
皇王は即答する。
「それで、どのような者を寄越すつもりだ」
「学院の私の研究室で助手を勤めている者だ」
「なるほど、カインにとっては兄弟弟子だな」
うんうんと頷く皇王の表情は明るくなった。
「そうなるが、そういう関係性は伏せてくれ。カインは以外と嫉妬深いのでな」
「そうか、ならば宮廷魔術師の推薦で部隊に随伴する者としておこう」
アルフォードの提案に、皇王は少し考える。
「役職は比較的自由が多いと助かる」
「ならば、独立混成部隊の隊長にしておこう。急な編制だから通常の大隊規模ではなく中隊ぐらいになるぞ」
「それよりも、小隊ぐらいの特務隊が小回りが効いて良いと思うが?」
アルフォードからの要望にも、皇王は反対しなかった。むしろカインの好きにさせてやりたいとの思いが強い。
「ふむ、正規軍とは別行動する部隊か」
「敵後方の撹乱や潜入しての破壊活動など、軍にはできない作戦の遂行を主任務とすれば、カインは喜ぶぞ」
「乗った」
皇王はカインが喜ぶことに弱い。
こうして当事者不在のまま、北方への派遣に向けた下準備は着々と進むのであった。
運命の歯車は回り続ける。




