双子の姉妹
「お姉様、交代に来たよ。様子はいかが?」
扉を開けて入って来た女性は明るい声で尋ねて来る。その声に反応したのはエルフィーヌで、彼女は眉間に皺を寄せてこめかみを指先で抑えていた。
「あれれ、気が付いたの?」
「フィーナ、少しお静かになさい」
エルフィーヌの横に来たのは、彼女とそっくりの顔をした女性だった。髪の色が青いので一目で区別がつくが、もしも同じ髪の色だったなら、取り違えてしまうぐらいに似ている。
「失礼しましたセリナさん。こちら、わたくしの妹でシルフィーナと申します」
「シルフィーナ・フェザーです。フィーナと呼んで下さい」
姉の苦渋の表情も気にせず、シルフィーナの態度は明るいままだ。天真爛漫と言えば聞こえはいいが、脳天気とも言えた。
「セリナ・アシャルナートです、よろしくお願いします」
「セリナちゃん、もう大丈夫なの?」
人懐っこい笑顔で迫るシルフィーナに、セリナはやや圧倒される。グイグイと迫る彼女の首根っこを捕まえて、エルフィーヌが立ち上がった。
「フィーナ、参りますわよ。セリナさんが目を覚ましたと、ご当主様に報告せねばなりません」
「もう、お姉様ったら相変わらず堅物なのだから。そのような態度では殿方も敬遠してしまうわよ」
「貴女は、何を仰いますの?」
妹の言葉にエルフィーヌは困惑を隠せない。当のシルフィーナは姉の態度を全く意に介さずニコニコと微笑んでいる。
「当主様への報告なら、アリーシャちゃんが向かったから」
アリーシャの名を聞いて、セリナの鼓動が一つ飛んだ。行方知れずだった彼女が戻って来ているのだとすれば、話したい事柄がたくさんある。セリナは早く彼女に会いたい気持ちになっていた。
「セリナや、倒れたと聞いて肝を冷やしたぞ」
祖父のオースティンが入って来る。彼は寝台の上で起き上がっている孫娘を見て、安堵の表情になった。エルフィーヌが席を譲り、腰掛けたオースティンの後ろに双子の姉妹が立つ。
「お祖父様、先生は?」
「行方知れずじゃ。ただの、アルフォード殿もシェラザード様も、無事じゃとワシは信じておる。セリナも信じて待ってはくれぬか?」
優しい眼差しでそう言われてはセリナもそれ以上に何も言えなくなった。
「お祖父様は、どうして……?」
「ワシはの、アルフォード殿と本気で剣を交えたことがある。全く足下にも及ばなんだよ。それほどまでに腕の立つ方じゃ、そう易々とは夜盗にやられはせんて」
セリナは初めて聞く話だった。
「それに、赤ん坊の姿もなかった。恐らく、二人は赤ん坊を取り戻そうと追い掛けて行ったのだと思っておる」
「アリーシャを?」
「うむ、じゃからの、三人が帰って来た時に笑顔で迎えられるよう、今はしっかりと身体を休めなさい」
祖父はセリナの頭を優しく撫でる。不思議と彼女の心は落ち着いた。
「それと紹介しておこう、こちらの二人はアルフォード殿の遠縁にあたる、エルフィーヌ殿とシルフィーナ殿じゃ。それと、入って来なさい」
紹介された双子の姉妹が優雅に頭を下げる横で、オースティンは部屋の外に呼び掛けた。セリナが部屋の入り口に視線を移すと黒髪の少女がオズオズと入って来る。
「は、初めまして」
頭を下げる少女を見てセリナは言葉が出なかった。それは先日、行方知れずになったアリーシャにそっくりの少女だったからだ。
「この娘はアシャルナート家の遠縁に当たる隣国出身の、アリーシャじゃ。暫く行儀見習いとして共に過ごすからよろしく頼むぞ」
「え……?」
セリナは当惑する。同じ名前、同じ容姿なのに、祖父は全くの別人として扱っている。偶然の一致と言えばそれまでなのかも知れないが、それでもセリナは現状を即座に受容できる心理的余裕がなかった。
「アリーシャです、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる少女は、先日まで働いていたアリーシャにそっくりだったが、確かに所作が違った。以前のアリーシャはどことなく冷たい印象があり隙のない動きをしていたが、目の前のアリーシャはどこにでもいるような普通の少女にしか見えない。それに、オドオドしていて年相応とも言えた。
「私はセリナ、遠い親戚なら私たち姉妹でもいいわね」
「あ、ありがとうございます」
セリナが微笑み掛けるとアリーシャはまた頭を下げる。
「さて、紹介も終わったし、ワシは事後処理を進めねばならん」
オースティンは席を立った。
「お祖父様、カインお兄様は?」
「カインは大丈夫、とは言い切れんな。あの子は強がって本心を述べぬ。じゃがのセリナ……」
オースティンの眼差しは優しい。
「お前ならば、あの子の本音を聞いてやれるじゃろうて」
祖父の大きな手で頭を撫でられ、セリナは再び安心感を得た。
「じゃからの、まずは自分自身の身体を休めなさい」
そう言い置いて祖父は部屋から出て行った。その後ろにアリーシャがついて行ってしまったので、セリナの部屋には双子の姉妹が残される。
「ところで、エルフィーヌさんたちの話を聞いてもいいかな?」
「うん、いいよいいよ」
身を乗り出して食いついて来たのは妹のシルフィーナだ。エルフィーヌは再び椅子に腰掛けている。
「どこから来たの?」
「私たち姉妹は、遠いところからだよ」
シルフィーナの返答に、セリナは頬が引きつった。具体性の欠けた遠い場所では、何も想像できない。
「フィーナ、それではセリナさんも困るでしょう?」
エルフィーヌは落ち着いた素振りだ。
「わたくしたちは、ここから南の海を渡り、遠い海の果てにある国から参りました」
「海の向こう?」
「ええ、アルフォード伯父様に渡された魔法の道具を使って、姉妹二人で参りましたの」
「遠縁ではないの?」
「伯父様というのは確かに語弊がありましたわね。わたくしもキチンと把握しているのではありませんが、わたくし共の母方の祖父の従弟の令嬢の夫のご姉妹と、アルフォード伯父様の従兄弟がご結婚なさっているのです」
「えっと……」
セリナは途中で関係性が分からなくなっていた。
「お姉様、私たちでもよく分からないのに、セリナちゃんだってチンプンカンプンになって当たり前だよ」
「フィーナ、それでもご説明しなければならないでしょう」
快活なシルフィーナとは対照的に、エルフィーヌは生真面目と言った風情だ。
「うん、ゴメンなさい。よく分からなかったわ。でも、先生を伯父様と呼ぶのだから、交流はあったのでしょう?」
「ええ、年に数回ほど、わたくしたちの屋敷においで下さり、父によくこちらの話をされていましたわ。」
セリナも知らない情報だ。アルフォードは時折、数日間に亘って家を留守にしていたが、まさか海の向こうまで行っていたとは思いも寄らない。
「それで、伯父様は何かあったらご自身を頼るようにと魔法の道具をおいて行かれたのですわ」
「驚かせようと思って来たのだけど、どうもすれ違いになったみたい」
アハハと笑うシルフィーナに対して、エルフィーヌは眉根を寄せた。
「フィーナ、何度も言いますけれども、口を慎みなさい」
「たくさんお喋りしたいのに、お姉様の意地悪」
「意地の良い悪いの話ではありません、淑女としての嗜みの話です。そもそも貴女は……」
「またお姉様のお説教が始まったわ。私のお耳はお留守です」
クドクドと説教を始めたエルフィーヌに対して、シルフィーナは両手で耳を塞ぐ。その姉妹の様子にセリナは呆気に取られた。
「もう、貴女は聞いているのですか?」
「はい、分かりましたお姉様。以後、気を付けます」
「分かれば宜しい」
しおらしくうなだれたシルフィーナの態度に、エルフィーヌは満足げに頷く。しかしセリナは見てしまった。下を向いたまま、舌を出したシルフィーナを。しかし彼女は何事もなかったかのようにセリナに笑顔を向けて来る。
「セリナちゃん、この村のことを教えて」
「フィーナ、淑女としての言葉遣いをしなさい」
またまた説教を始める姉妹のやり取りを見ながら、セリナは心が軽くなるのを感じていた。




