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風月佳人・前編  作者: 斎木伯彦
叙勲式
19/40

任命式

 任命式。正式には騎士叙勲式とされる、皇国の公式制度の一つだ。皇国では有能な人材を教育して、その才能を発揮する場を広く開放していた。騎士叙勲は治安維持活動に従事する主力要員を増やす名目で行われており、その叙勲に身分の垣根はない。昔は騎士となるには貴族の身分が必要だったが、その垣根を取り払ったのが皇国の制度を根本から改革した宮廷魔術師であった。

 その制度を活用してカインは騎士としての資格を得て帰郷したのだ。叙勲式は皇都で執行されるのが常だが、彼の場合は近衛騎士として勇名を馳せたオースティンの願いが皇王に聞き届けられ、こうして出身地のトレリット村で執行されるよう特例が認められていた。

「急がないと、任命式が始まってしまうわ」

 邸宅の玄関先で馬車から降りた女性は、使用人に案内されて式典が開催される大広間へと急ぐ。浅葱色のドレスは彼女の銀色の髪によく似合っていた。胸元には大きなリボンがあしらわれ、彼女の可憐さを引き立てている。しかし着慣れないドレスの裾が足元に纏わり付いて、思うように足が進まない。

「お嬢様、こちらからどうぞ」

 ようやく廊下の突き当たりまで迫ると使用人が扉を開き、彼女は足早に大広間へと入った。大広間では多くの人々が歓談に耽り、あちこちから明るい笑い声が聞こえて来る。

「あ、やっと来たわね、セリナ」

「待っていたわよ」

 キョロキョロと周囲を見回していた彼女に近付いて来たのは、二人の女性だった。亜麻色の髪を結い上げ、やや垂れ目気味の女性は、薄紅色のドレスを着用している。もう一人は艶やかな金髪を肩まで伸ばし、やや勝ち気な印象を与える目元の女性で、藍色の落ち着いた雰囲気のドレスを着用していた。

「アンジェ、セアラ、来てくれたのね?」

「親友のお兄様の騎士叙勲式よ、来ないはずがないでしょ」

 そう言って笑う薄紅色のドレスの女性がアンジェ、その横で控えめに微笑んでいる藍色のドレスの女性がセアラだ。二人はセリナの学友である。

「おや、こちらに美しい花が三輪も咲いていますね」

 抱き合って喜びを表現していたセリナたちに、颯爽と近づいて来たのは青い髪の男性だった。紅い騎士服を着用した彼に、セリナはトゲのある言葉を掛ける。

「どちら様かしら?」

「これは手厳しい。申し遅れました、シオン・ジェルクンと申します。令兄のカイン殿とは同じ学び舎で机を並べ、剣を交えた仲です。どうぞ、お見知りおきを」

 優雅な動作でシオンは挨拶をした。その様子にアンジェとセアラは頬を紅潮させている。

「シオンさん、そんなに畏まらなくてもいいですよ」

 セリナは少しバツの悪い表情を浮かべる。それから隣にいる二人を紹介した。

「こちらの二人は親友のアンジェとセアラです」

「只今、紹介に与りました、アンジェラード・ロザーと申します」

「同じく、セアラ・マハルティーです」

 二人の女性は優雅に一礼する。

「ところで……」

 アンジェが何かを言い掛けようとしたが、唐突に金管楽器の華やかな音色が鳴り響いた。

「いよいよだな」

 シオンの呟きに合わせるように、それまで広間で歓談していた人々が一斉に口を噤む。そして申し合わせたかのように広間の中央を開けて並んだ。それを待っていたかのように再び金管楽器の音色が、今度は行進曲を奏で始める。太鼓の軽快な拍子に合わせて、オースティンを先頭に広間の中央を一団が入場して来る。期せずして居並ぶ人々が盛大な拍手で迎えた。

 セリナは中央を進む騎士服姿のカインに目を奪われる。純白の騎士服は彼の燃えるような赤髪を際立たせ、前を進むオースティンの白髪と、後ろから進むアルフォードの黒髪に挟まれて、より一層の存在感を放っていた。壇上に三人が揃うと、辺りは静寂に包まれる。

「これより、カイン・アシャルナートの騎士叙勲式を執行する」

 オースティンの厳粛な声が大広間に響く。かつて彼が近衛騎士として活躍した姿を知る人々には感慨深い光景なのか、感動に浸っている者も見受けられた。

「カイン・アシャルナート、前へ」

「はい!」

 大きく返事をしてカインは一歩踏み出すと、そこへ片膝をついた。それから腰の剣を抜いて(つか)と刀身を両手で恭しく捧げ持つように頭上へ掲げる。

「後見人のトレリット伯、代理人のアルフォード殿、前へ」

 アルフォードが呼ばれると、会場内はしばしざわついた。それもそのはず、トレリット伯が騎士の後見人になるのは初めてなのだ。

「本日、トレリット伯はお姿を見せませぬが、代理人としてこちらのアルフォード殿を遣わせております。参列の皆様には、どうか了承下され」

「どういうことだ?」

 シオンは思わず呟いていた。彼はオースティンがトレリット伯と思い込んでいたのでこの場の状況が理解できない。しかしその間にも式典は進む。

「カイン・アシャルナートよ、我は後見人として問う。汝の誠は何処にある?」

「はい、我カイン・アシャルナートの誠は、常に天の照覧するところにあります」

 淀みなくカインは答えた。

「うむ、では汝の誇りは何に示される?」

「はい、我カイン・アシャルナートの誇りは、常に剣に懸けて示されます」

 俯いたままでも、その声は広間全体に聞こえる。 

「うむ、では汝の守るべきは何であるか?」

「はい、我カイン・アシャルナートの守るべきは、……家族をはじめとする国家に所属する全ての善良なる者です」

「よし、それでは誓うが良い」

「はい、我カイン・アシャルナートは騎士の誇りに懸け、この剣で悪を断ち、全ての善良なる者を守ります。この誓いは天の照覧するところ、常に我が身と共にあります」

 カインが誓いの言葉を述べると、アルフォードは捧げられていた剣を手に取り、その刀身で跪く彼の肩を軽く叩いた。

「我、後見人たるアルフォード・ルフィーニアは、ここに新たなる騎士としてカイン・アシャルナートを任命する。この命は皇王より発し、トレリット伯の責にて効力を持つものとする。騎士カインよ、立て」

「はい!」

 勢いよくカインは立ち上がった。その彼にアルフォードから剣が手渡される。カインはその剣を高々と掲げた。瞬間、会場から割れんばかりの盛大な拍手が湧き起こる。歓声が鎮まるのを待って、オースティンが厳かに宣言した。

「ここにカイン・アシャルナートの騎士叙勲式を終了する。参列頂いた皆様には、ささやかな宴席を用意しております。どうぞゆっくりとして下され」

 オースティンの言葉を待っていたかのように広間の奥に立てられていた間仕切りが撤去され、朝から厨房で用意されていた料理が姿を現す。

 その時、セリナの視界の隅に、撤去され行く間仕切りに隠れるようにして立ち去る女性の姿が映り込んだ。誰とも判別する間もなく、真紅のドレスの後ろ姿だけを残して、彼女の視界から消えてしまう。

「あれは……?」

「セリナ、何を食べますの?」

 確認しようとした彼女を遮るようにアンジェが声を掛けて来る。歯噛みするセリナの視線の先で、同じ出入口から退出して行くアルフォードが見えた。セリナは親友に腕を引っ張られてアルフォードたちを追い掛ける機会を失ってしまう。

「アンジェ、そのように引っ張るとセリナが可哀想よ」

「いいえ、何も食べられない方が可哀想ですわ」

 セアラの注意もどこ吹く風、アンジェはセリナを引っ張って料理の用意されたテーブルに向かう。

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