モノローグ
セリナ・アシャルナート。
それが私の名前。
私の家は、村を治める領主様のお屋敷と同じ敷地にあった。
領主様、トレリット伯爵様は領地には顔をお見せにならず、私の祖父がお屋敷のこと、領地経営の一切を任されている。
お祖父様は昔、王宮で近衛騎士を勤めた立派な方で、お勤めの最中に不祥事が起こり、その責任を取って騎士を隠退、それまで先祖代々受け継いで来た領地も召し上げられて、この村に移り住んだのだと、近所の話好きのおばさまから聞かされた。
そのおばさまは、兄や私がお祖父様の養い子だとも言っていたけど。
そう、私には兄がいる。
燃えるような赤い髪は艶やかで、長めに伸ばして後ろは項の辺りで括り、前髪は額の左側、眉に掛かるように垂らしていた。
妹の私から見ても兄は美男子で、その澄んだ碧眼で見詰められたら、どんなお嬢様でも心を奪われてしまうのではと思わせる。
というか、心配が募る。
兄は常に私を気に掛けていて、それがやっかみとなって私たちに降り懸かる。
けれど、私を侮辱したり、直接的に兄を挑発した人たちは、次の瞬間には大きく後悔するのが常だった。
短気な兄は、口より手が早く、その上に大人顔負けの腕自慢だったから、相手が許しを乞うまで徹底的に痛め付けるのだ。
だから、例え相手が悪くても、後でこっぴどく怒られるのは決まって兄だった。
兄が頭が上がらないのは、お祖父様と、先生夫妻、それと私。
私を守る為ばかりに兄は心血を注ぎ、いつも目を光らせていたから、私の周囲は一部の女友達を除いて誰も近寄って来なかった。
それでも、私は幸せだった。
少なくとも私を大切にしてくれる兄が、血が繋がっていないにしても、傍らにいてくれた。本当に寂しくなんかなかった。
あの日、あの時が訪れるまでは、本当に幸せだった。
けれど運命という細くて、目に見えない糸が私を絡め取っていたのだ。私を絶望の淵、終わりのない深い悲しみの渦、破滅の運命へと引き込もうとして……。