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指輪戦争  作者: 東風
第1章
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第3話…この旅の目的 03

 ドーラは小さい村ながらも、草原の中にポツンとある村なので、周りを高い石の壁で囲んでいた。

 風の国とも呼ばれる祝福の風国(グラシュール)では、それはごく当然のことだったが、それにしても石壁は何度も丁寧に修復したあとがあって、村長か、神官のこまめな性格を伺わせていた。

 だが、何かがおかしい。

 フォーチュンは、自分が何をおかしいと感じているのかわからず、首をかしげてシルを見返した。

 「何だろう?

 何かこう……雰囲気が……いや、そうだ、火がないんだ。明かりが見えない」

 寒々とした沈黙が辺りを覆っていて、フォーチュンは何がおかしいのか、言葉にしてようやく思いいたっていた。


 普通なら、門の隙間から、その向こうにあるだろう寝ずの番のたいまつの明かりが漏れてくるはずである。だが、門も、門の向こうも、ぽっかりと開いた黒い穴のような暗闇が、ただそこにあるばかりである。


 「おおい! 誰かいないのか?

 ヴェラ……いや、旅の者だ! おい、誰か出てこい!」

 声を張り上げるだけでは気がすまず、門を拳で殴る。驚いたことに、門はゆっくりとゆれて開いた。

 「確かに妙だな。神官がいるのなら、門の中からこれほどの強風が漏れてくるはずがあるまい」

 重い門を押し返そうとするように、突風が門の隙間を駆け抜ける。

 うるさいほどの風の音は、遥か上空のものではなく、実は街の中からの風だとわかった。

 風の神官が健在な、祝福の風国(グラシュール)の普通の村ではありえないことだ。

「どうする?」

 そう聞かれると強がるのがフォーチュンの気性だ。

 「勿論、入るさ」

 強引に門を押し開いて、フォーチュンは絶句した。


 石壁の内部は、真っ白い雪で覆われていた。ほとんどの木で出来た家屋は雪に没し、村の中央にある風の神殿の尖塔も、強い風に煽られて半ばまで吹き溜まりに埋もれてしまっている。

 生きている村とは、言い難かった。


 雷鳴のように、クリスの台詞が脳裏に閃く。「命がかかっているんですよ? 急がねばならない、そう言う状況なんですよ?」


 明かりは何処にもなく、ただただ、風が雪を舞わせる。暗い空からは、それに追い打ちをかけるように、細かい雪が流れ落ちてきていた。

 「冗談だろ? ……おおい、誰かいるんだろう? ……いや、逃げたんだよな? そうさ、逃げたんだよ。

 フェイサロンにいなかったんだから、じゃ、次のところにでも集まってんだな……きっと」

 乾いた笑い声を響かせつつ、おびえたように辺りを見回す。

 シルはそんなフォーチュンを横目でみたあと、表情を変えずに辺りを見回し、ふと視線を固定して、眉をひそめた。

 シルは一件の家に近寄ると、戸口にはられていた羊皮紙を手にとり、フォーチュンのもとに戻る。そして、黙って差し出した。

 おそるおそるそれを手にとり、フォーチュンは瞠目した。


 書いてあったのは几帳面な神聖文字で、神官や司祭が使うものだ。この様な田舎で村長と言えども文字が書けることは少ないから、手紙の主は神官だろうと思われた。

 年老いた知恵者らしい神官は、この吹雪が近付きつつあることに気付き村人を説得しようとしたが、財産を置いていくことに抵抗を感じた村人のために、結局避難できなくなったらしい。

 そのため吹雪に閉じこめられることになってしまい、食料も燃料も乏しくなったこと、吹雪そのものに魔力が満ち始め、神官一人の力ではどうにもならなくなったことが書かれていた。

 そして神官は、一つの決断を下す。

 「……神殿の地下に、知恵深き神のみわざにより村人全員で凍り付き、助けがくるのを待っております。これを見た方は、風の神官とともに、助けにきて下さい……」

 震える声で読み上げる。

 「よかったな。私の記憶によれば、おまえのその衣装は神官服だ。うまく……」

 すれば、神官達にかけられた奇跡は、フォーチュンによって解かれる、そう言おうとして、シルは遮られた。

 「無理だ!」

 突然、フォーチュンが叫ぶ。シルは黙って、訝しげに彼を見た。

 フォーチュンは自分の剣幕に、慌てていた。

 「いや、……結局この吹雪じゃないか。…………眠りから覚ましても、俺達だけじゃ、ヴェラールまで連れてけねぇ。

 お、俺達はさ、ヴェラールからこういう村を見つけて避難勧告するよう、命令されてきたんだ。あとでヴェラールに戻ってこのことを報告すれば、神官団が助けてくれるはずだ。……それまで、待ってた方がいい」

 しどろもどろと言う調子で言葉を次ぎ、不安げにシルを見上げる。シルは特に何の表情も浮かべず、軽く頷いただけだった。

 「ならば、これから、どうする? 先を急ぐのか? それともここで夜を明かすか?」

 「神殿に泊まっていこう。ヒース達も明日来ると思う。……合流、したいから…………神殿に入ろう。

 凍っている人達を、この目で確かめたいんだ……」


 フォーチュンは近くの馬小屋に行き、扉を開けて、慌ててそれを閉める。中には、堂々とした体躯の馬の、凍死体があったのだ。連れてきた馬をつなごうと思ったのだが、結局、神殿の中まで連れていくことにした。


 どれだけ高いのか、人間には計り知れないほどのフィルカールの本殿と違い、地方の風の神殿は村のものが造り上げるので、それほど高くないのが常である。

 それでも村の中では一番高い建物で、その半分近くまでが雪に没しているのを目の当たりにすると、フォーチュンの表情は更に険しくなった。

 雪面を踏み固め、三階のバルコニーから中に入り込み、手すりを壊して馬を連れ込む。馬の腹につないであった藁を馬のために床に出してやり、リュックを背負って、フォーチュンとシルは階段を下り始めた。


 ちゃんと消して回ったのだろう、まだ半分以上残っている壁の蝋燭に一つ一つ火をつけて、一段ずつ階下へと進む。

 長い間、火の温かさを忘れていた壁は氷のように冷たく、体を支えようとふれた指を、刺すように拒絶する。フォーチュンはかじかんだ指先を片方の手で擦りつつ、沈黙を続けていた。

 二階は一階からの吹き抜けなので、三階の次はすぐに一階の大聖堂である。そこも寒々としていて、外の風の音がこだましていた。

 「地下と言うと、どの辺りかわかるか?」

 「ああ、神殿は殆ど構造が一緒なんだ。壇上のここに……っと、ほら、あった」

 いつもは正面の壁中央間際にあるだろう説教壇が、ここでは右寄りにずらされている。

 そして、本来説教壇があるべき場所の床には、やはりずれたカーペットと落とし蓋があった。

 フォーチュンは最初、一人でそれを持ち上げようとしたのだが、華奢な彼にはとても持ち上がらないことに気付き、シルを見る。

 シルは腕を組んで見守っていたが、促すような視線を受けて、腕を解き、二人で揃って取っ手を持ち上げた。


 落とし蓋を床の上に乱暴にひっくり返し、たいまつを穴の中に差し込んでみる。

 中はかなり広く、手に持ったままのたいまつではうまく照らし出すことが出来ない。

 だが、風にゆらゆらと搖れる縄梯子の下の方に、人のものらしい影が見えた。

 「どうする気だ? 下りるつもりがあるなら、止めておけと忠告したいのだが」

 「……はい、そうですか、と止められるかよ。俺は本物を見たいんだ。……俺は何も知らないからな」

 待ってみても、シルがそれ以上何かを言うそぶりを見せなかったので、些か拍子抜けしながらも、フォーチュンは縄梯子にそろそろと手をかけて、下りだした。


 梯子の縄も凍っていた。


 フォーチュンはそれでもまだ、事態を甘くみていたのだ。

 それが決定的になったのは、彼がもう、登るにも下りるにも中途半端になった頃だった。

 その頃になると、薄暗い中でも梯子の下にいる人物がある程度見えるようになっていた。

 フォーチュンは少し首をひねって、梯子のいちばん下を支えるように腕に絡める人物が、品のいい初老の神官であることを見て取った。その人が凍りつくときに梯子の下の部分を自身に固定してくれていたおかげで、梯子は安定し、下りるのも随分楽になっていたのだ。

 その優しい配慮に、何故が胸が熱くなる。

 「あんたみたいな人が親父だったら……言っても仕方のねぇことか……」

 「危ない!」

 突然言われて、フォーチュンは慌てて振り返った。握った縄の丁度そばに亀裂が入っている。

 「え? ……うわぁぁ!」

 凍った梯子は脆くなっていた。そんなところにフォーチュンの余計な動作が加わって、縄はまるで細い木の枝のようにぽっきりと折れた。

 ドスン! ドタッ! とフォーチュンは落ちた。

 彼は咄嗟に、自分が何故二回も落ちたのか、何処に落ちたのかを把握して、硬直した。彼の真下には、縄と同じように凍っていた神官がいたのだ。

 掌の下の、冷たい石のようなものが、次第に溶けてゆるくなっていく。それが何であるか、リンゴの木になるのはリンゴの実であるのと同じくらい、フォーチュンにはわかっていた。

 「……忠告したはずだ」

 ゆるゆると目を上げると、たいまつを片手にシルが立っていた。


 明かりに照らし出されて、広い地下室の中が浮き彫りになる。

 そこには、祈るように両手をあわせた、老若男女、大小様々の氷像達の群れがあった。氷像達は全て片隅の方に集まり、中央に向かって頭を垂れている。

 その中央にいるのは、いまはフォーチュンだ。

 「その風の青の美しい衣をこれ以上汚したくないのならば、すぐにも立ち上がるべきであろう」

 「汚す……だって? でもこれはっ……」

 叫びかけて、おそるおそる床に視線を下げる。

 青い神官衣の裾から赤く染まり始めている。赤い火に照らし出された赤い色は、なお赤く見えた。

 「形あるものは常に失われる。それは不老不死と言われる我々とて同じことなのだ」

 夜空の民(闇エルフ)は、何の情感も感じさせず、周囲を見回しながら言葉を継いだ。

 「……見れば村人は全て隅にいる。これでは上からの明かりが届かないが、おまえのような不注意者に壊されることはない。だがそれでは、見つからぬやもしれぬ。

 ……神官は、おまえのような者に壊される覚悟で、ここにいたのだ。

 おのれを呪う前に、神官の勇気を讃えてやるがいい」

 静かに、突き放したように言いながら、シルは片方の白い手をフォーチュンに差し出す。

 フォーチュンはそれを握ろうと手を差し出して、再びぎょっとした。手もまた、赤く染まっていた。

 慌てて引っ込めようとするそれを、シルは強引に掴み、フォーチュンを引っ張って立たせる。そして手を放そうとして、放れないことに気付く。

 フォーチュンの指は、凍り付いたように固まってしまっていた。彼の表情も、恐れと悔恨で歪み、固まっている。

 「俺は……何も知らなかった…………」

 「知らないことは悪ではない」

 「知ろうともしなかった! 気付かせようとしてくれた人がいたのに。そのあげくにこんなことを……」

 「それも悪ではない。その様なものは悪にはなり得ない。

 ただ、おまえは自らの無知に相応の代償を払った。

 高かったのか、安かったのかは、おまえだけが気付けることだ」

 「……親父の言うとおりだ。俺が……兄貴達や、神官様じゃなくて……俺が死ねばよかったのに」

 汚れた手で目を拭う。シルは苦々しく吐息して、鼻を鳴らした。

 「だが、生きているのはおまえで、死んだのは他の者だ。

 ……いや、言いすぎた。どうも、人間は成長が遅いということを忘れていたようだ。おまえなどまだ、そよ風に倒れそうになる若木だと言うのに……。

 上にあがろう。着替えがあるのなら、着替えた方がいい。顔と手も洗うべきだ。そして、今宵はもう休め」

 「でも……神官様が……」

 「日が登ってから、雪の浅いところに穴を掘って墓を作ればいい。じきに、友人も追い付こう」

 「…………うん」


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