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くたびれた男 気勢のある若人

『僕にとって友人とは物質的、あるいは精神的な利益を共有できる方のことを指します』


 見たこともないアドレスからのメール。本文はたったこれだけ。送り主は見当がついている。中継器にトラップと発信機を仕掛けた、あるいはそうしろと命令された人物──ひねた文面から察するに恐らくは前者。ミスター・アノニマスに、マリオは鼻で笑って返信した。


『それにはまずお互いのことを知る必要があるな。俺の趣味は映画鑑賞だ。ドキュメンタリーも嫌いじゃない』


 両手を頭の後ろにやってサイドドアの外に顔を向けた。流れていく薄汚れた廃墟の街並みを薄めで睨みつける。外された窓。ケーブルの切れた電飾看板。通りかかった警護用のロボットが一瞬だけ攻撃態勢に入ろうとするが、フロントガラス越しに二人の姿を確認してすぐに排除の対象外であることを認識する。


「待ち伏せがあるかもしれないぜ」マリオが人影を警戒しながらいった。

「分かってる。それで、次はどうする?」

「カメラやマイクが残ってるなら、適当に設置していくんだが」

 ヒューズが片手を上に向ける。「さっきの爆発で全部ふっとんだ」

「そうだろうと思ったよ。じゃあ、いったん引き上げるか。腹も減ったしな」


 道を探す。可能ならば車を外壁の向こうへ持っていけるルート──工事物資を搬入、搬出するための大型のゲートを発見した。地図を表示してラップトップPCの画面をヒューズの方へ向ける。


「まだ使えるのか?」

「行ってみないと分からない。セキュリティが堅いのかそもそも死んでるのか、通信を受け付けないせいでステータスが不明だ。電気の供給が止まってるって可能性もあるな」

「それじゃあ、手薄そうなところを三つ、四つ試すか。北西、ちょうど来た方向に戻る感じでいいか?」ヒューズが指で空中に半円を描いてハンドルを叩いた。「駄目そうならこいつは捨てていくしかない。それはそうと、何か連絡がきてるぞ」

「おっと、マジか」


 マリオが慌ててPCを回転させる。『いま、いいか』という一通のメッセージ。発信者──さっきの正体不明の人物ではない。ジョーだ。マリオは1対1での会話の要求を承諾する。


『どうした?』

『ボイドから手紙で連絡があった。あんたへの言伝だ』

『手紙。いまどき手紙か』

『じゃあ、伝えるぞ? 【直接連絡を入れることが難しいため、回りくどい手段を取ることにした。朗報が一つ。君たちに匿名のスポンサーがついた。センフォード6205にある倉庫だが、中の物は自由に使っていいそうだ。もし恩に着てくれるなら、ひとり就職先の面倒をみてほしい男がいる。詳しくは本人から聞いてくれ】だ、そうだ。連絡先はこれだな』


 送られてくるアドレスと電話番号。直接連絡してこれない理由は想像がつく。見張られてはいるが、手紙を出す程度の自由はある。ありがちなのは、電子的に監視された状態。


『用件はそれだけだ。じゃあな』


 チャットが終了する。マリオは発信先を誤魔化しつつ早速もらった番号をプッシュした。コールが二回目に入る前に相手が出る。


『レッドキャップ?』

 聞いた覚えのない声。「そういうあんたは、超能力者?」

『こいつはついさっき買ったばかりのプリペイド。知ってるのはボイドと、あいつから聞いた人間だけってことになる。連絡をくれたってことは、OKしてくれたと取っていいのか?』

「まずは面接ってところだ。奴の言ってることが本当なら、だが」マリオはいったん通話をミュートにする。「ヒューズ、センフォード6205ってところに向かってくれ」

「どこだよ、それは」


 地図を地名で検索──少し遠回りになるが、予定のコースからそう離れてはいない。


「ナビする」ミュートを解除。「今から伝える地点まで来れるか?」

『言ってくれ』


 目当ての倉庫からさほど離れていない場所を選択する。


「メイナード・ドライブ脇の、バラック小屋が乱立してるところだ」

『すぐに向かう。少し距離があるから、遅れるかもしれない』

「言うまでもないだろうが、あのおっさんが嘘をついていたらこの話はナシだ」

『そのときはぜひ一報を入れてくれると助かる。あの辺りは埃っぽくてかなわない』




 待ち合わせの場所に現れたのは、フランケンシュタインだった。


 都市外郭にほど近い廃屋。自分であれば背伸びしても届かないような高さにあるドアの上枠を、体中に傷跡のある色白の巨漢が少し頭を下げてくぐる。部屋に入るなり、眉のない落ち窪んだ目を動かして値踏みするようにマリオを上から下まで眺めた。


「お前さんがレッドキャップ?」男のはっきりとした発音。でかいだけのうすのろではないことが分かる喋り。

 マリオは頷いた。「ああ。そっちは?」

「リストン・カーライル」


 巨大な右手が差し出される。マリオも手を伸ばす。大きさが違いすぎて、自分の拳がまるごとすっぽり包まれてしまった。フランケンがにやつく。握りつぶされるのではないかと冷や冷やしながらマリオも笑った。


 ミスター・フランケン──リストンがマリオの手を開放した。「やり手だっていう話だが、どうにも頼りなく見えるな」

「そりゃあ、あんたに比べりゃ誰だってひ弱に見えるだろうさ。巨人の国からようこそ。生憎だがここには小人しかいないぜ」

 リストンが笑みをこぼした。「それで、どうなんだ?」

 マリオは肩をすくめた。「ここで待ってたってことは、分かるだろ?」


 食料、水、機械、電子部品──それから武器弾薬の類。指定の倉庫には様々なものが押し込められていた。持ち去るものを厳選したとしても、とても乗用車一台では運びきれない量。ジョーに分け前半々で運び出しと保管を依頼し、この待ち合わせ場所にやってきたというわけだった。


「斡旋希望ってことだが、あんたは何ができるんだ?」

「取り立て、恐喝、恫喝、脅迫、まあ、見ての通りってやつだ」リストンがこれ見よがしに拳を鳴らす。「と、言いたいところだが、これを機に別の仕事もやってみたくなってな」

「別、っていうのは?」

「まっとうな仕事ってことさ」

「へえ? そりゃまた、どうして?」

「これといって面白みのある話じゃない。そういうことをやるには、色々とやわになってきたってだけだ」


 リストンが自分の胃のあたりを拳で叩く。マリオが神妙な顔つきで上を指差した。


「こっちの事情はボイドから聞いてるか?」

「ああ。だから来たんだ。俺は少し顔が売れてしまっているし、そもそも、ここじゃあそんな仕事ばかりが溢れかえってる」


 落ち窪んだ目が細くなり、遠くに向けられる。拳を振るいすぎて何もかもが磨り減ったフランケン。


「こっちは既にあんたのために一肌脱いでる。ぜひ、そのあたりも考慮してもらいたいね」

「どういうことだ?」マリオは首をひねった。

「ボイドから聞いていないのか。いま街で起こってるごたごたについては知ってるか?」

「何やら慌しいってことは聞いてる」

「奴が仕組んだのさ。知らず知らずの内だが、俺はその片棒を担がされたってわけだ。気付いちゃいないかもしれないが、状況としては随分あんたに有利なものになってる」


 いまいちボイドという人物が読めない。積極的に協力するわけではないが、敵対するのでもない。金が目的のようでいて、一見して何の特にもならないようなこともする。


 見透かしたようにリストンが言った。「深く考えないことだな。誰にだって自分の流儀があるが、その中でも奴のそれはとびきり込み入ってる」

「弟を犠牲にしたっていう話と、何か関係が?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。興味があるなら聞いてみるといい。はぐらかされるだろうがな」リストンは肩をすくめた。

 マリオは少し考え、言った。「ブラザーフッドにジム・ウォードって男がいる」

「噂程度に聞いたことがある。随分血の気が多いらしいな」リストンが自分の四角い顔を撫でる。「俺の話を聞いていたか?」

「まあ聞けって。恐らくあんたが考えているよりずっと話の分かる男だ。いま、俺に言ったことをそのまま包み隠さず伝えるといい。無下にはしないはずだ」


 視線がぶつかる。平坦な感情を映した巨人の目を、マリオが下から見上げる。無言の睨み合いに横槍を入れたのは無機質な着信音だった。リストンがマリオの腰のポーチを指差す。マリオはタブレットを取り出して画面を確認した。ミスター・アノニマスが会話を望んでいる。


「悪いね」

「お構いなく」


 リストンがポケットから煙草を取り出し、ぼろぼろになったバラック小屋のベッドに腰掛けた。


『唐突にすみません。メールやチャットでもたつかせたくはなかったもので』


 ビロードのような暖かみのある声──喋り方とトーンに齟齬を感じる。ボイスチェンジャーを使っている。秘密の会話をやりたい場合にはありがちな手。


「いや、暇してたところさ。それで、親交を深めようってことかい?」

『ええ。つまり、お互いに協力しましょうということです。僕はあなたの欲しいものを差し出す。そちらも、僕の欲しいものを用意する』

「あんたの期待に沿うことができるかどうか、自信がないな」

『それはこちらもです。とりあえずは、どうぞ』

「簡単だ。身の安全。それだけでいい」

 少し間が合っての返答。『今すぐ、というのは難しいですね』

「じゃあ、俺とあんたの仲もここまでってことだな」

『こういうのはどうです?』


 題名と本文の無いメールが到着。一つのファイルが添付されている。認証キーだった。


『それでいくつかの施設の電子製品との疎通が確立できます』


 マリオは即座に地面に座りこんだ。ラップトップPCを開く。広域にスキャンをかけて通信可能な機器を一覧化し、その全てに鍵を使ってリクエストを送信。ハーモンズ・ウェイという場所にあるビルのまるまる一棟に入り込むことができた。


『今はそんなものしか用意ができませんが、こちらの要求を呑んでくださるのであれば、先ほど仰られたものに関しても保障しますよ』

「なるほど、ほらを吹いてるわけじゃなさそうだってのは分かった。それで?」

『アバティーン・アベニューからインバースまで下り左に曲がってクロムウェルに入るルート、グランビルから北西へ向けて進んでウェストゲイトへ進むルート、バージニア・ロードを北上してウェスト・プールバードへ向かうルート、その三つを使ってドラッグが運ばれます。明日のAM4:00あたりのことです。どれか一つで構いません、これを襲撃してください』

「ドラッグに興味はないね。それに、あまり危険を冒したくはない」

『奪う必要はありません。足を止めて立ち往生させるだけで結構です。そちらにはスナイパーがいるでしょう? しかも、とびきり腕のいい。それでは期待しています』


 通話が途切れる。リストンの方へ顔を向けると、なにやら興味深そうにこちらを見ていた。マリオは訊いてみた。


「なにか、いまの話を聞いてピンときたことは?」

「ひとつある。今のルートはいずれもシーヴズの縄張りだ」

「ドラッグを厳禁にしてる組織は?」

「自分の本拠地ではまた違うんだろうが、少なくともここ”スラム”で禁じているところはひとつも無い」


 運搬ルートという極秘情報。そのうえ、アデルの存在を示唆した。あいつが交戦したのは街中でのドンパチを観察していたときだったと聞いている。


 つまり、これは内部からのリークの可能性が濃厚だ。

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