#02【出題編】
謎とき小説、ブッキャット先生。初出:twitter(2018年5月)
問題作成:Lop(転載許可済み)
ブッキャット先生は、几帳面な人物である。
しかし、その几帳面さをもってしても、書架の収納力を上回る量の本は、床や階段に積み上げるしかない。
だから先生は、今日も大量の本に埋もれている。
そして、猫にとり憑かれている。
「どうしても、おかしいと思うんですよ」
「なにがですか?」
「ですから、先日のあれですよ」
「あれ」
冷静に指示語で返されると、自分が馬鹿になったような気分がする。
「ひらひら紙が落ちてきた、あれです」
ああ、と得心がいったように先生はうなずいた。
「そうですね。想念上の猫なのに物理現象を生じさせるとは、ずいぶん変わっていますよね」
「それはいいんですが」
「いいんですか」
おどろいたように眼をみはられたが、問題はそこではない。
「猫なのに、英語を書いて寄越すというのはどうなんです。ちょっと納得いかないですね」
「英語は駄目ですか……ですが、英文学の研究者であるわたしの想念上の猫なのですから、独逸語やら中国語やらが出てくるより納得できそうですが」
「いや、だから人間の言語である時点でおかしいじゃないですか。しかも、あんな抽象的な単語。もっとこう、猫らしいものがあるでしょう。たとえば……餌、とか」
「餌」
またしても、自分がひどく愚かになった気がしたが、めげずにつづけた。
「せめて、もっと単純な……そうですね、図形とか? 丸とか、三角とか」
「なるほど、なるほど。餌は描くのが大変そうですからね」
「そうですね。彼女の餌は想念なんでしたっけ?」
猫が雌だということは覚えていたが、なぜ雌なのかは今、思いだした。粗相をしないようにである。その流れで、餌はなにかという話もしたはずだ。
「そうだろうと推測している、というだけですがね。君のような人が――つまり、彼女のことをよく考えている人が来ると、気配が強まりますから。だいたい、あんな紙を落として接触してくるのなんて、君以外に――」
おっと、と先生はつぶやいた。
ひらりと一枚の紙が舞い降りたからだ。今回もまた、わたしの膝の上に。
無言で紙を拾ったわたしに、先生は告げた。
「挑戦状でしょうかね」
顔を上げると、先生はちょっと悪そうな笑顔である。実に珍しい表情は、しかし一瞬で消え去った。
先生も、この謎に興味を持ったのだろう。真面目な顔で紙を覗き込むと、おお、と声をあげた。
「これはこれは、図形じゃないですか。お望み通りだ」
たくさんの升目と矢印が描かれていたから、図形といえば図形である。
「そうですが……わたしがいいたかったのは、もっとこう、単純な」
「まぁまぁ、リクエストに応えてくれたんだから、満足してやりなさい」
ブッキャット先生の猫は、確実に悪戯好きだとわたしは思った。そして、無駄に賢い。
「これもやはり、意味があるなにかなんでしょうかね?」
「意味がないものを寄越すでしょうか?」
「で、先生はもう解けたんですか?」
「そりゃあもう」
「さすがですね……わたしは、さっぱりです」
図形にしてほしいなどと、いうのではなかった。前回の方がまだ見当がついた。
謎の答えは英単語になります。
正解は、連載の続きで公開します。