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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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二人酒

次回更新は11/14です

 ディルが向かったのは―――シアの父が千鳥足で歩いて行った左側だった。


 彼がその選択肢にしたのは、シアの精神を鑑みてのことである。


 例えばディルが右へ行き、気落ちしながらも、精神が昂ぶっているシアと話すことを選んだとして。

 恐らくその話し合いの結果は、ディルにとっても彼女にとっても良い結果をもたらすことはないだろう。


 シアは自分の見られたくない場所へ入られ、ズカズカと踏み入られたと感じるだろう。

 彼女がいつもの冷静さを持っていれば問題はないだろうが、こういった家族関係の問題というのはデリケートだ。

 現状の彼女の心がわからない以上、精神にダメージを与えるような真似は避けた方がいい。


 シアの父親の方へ向かい、彼から直接なり間接なり話を聞いた方がいいじゃろう。

 それなら自分が何かを言わない限りは、シアは誰かに自分と家族との一連の言い合いを見られたことは知らずに済むしの。


 ディルの考えはこうだった。


 それにディルは冒険者としては新米だが、父親としてはかなりのベテラン。

 息子が孫娘を産むほどに、父親歴は長いのだ。

 そういった自分の経験から、何か役に立てることがあるかもしれないという考えもあっての決断だった。


 足音を殺し、周囲の雑踏に紛れながらディルはシアの父の背を追う。


 猫背気味で下を向き、ふらふらとしている足取りは、まるで重りでもついているように鈍重だった。




 シアの父が入ったのは、表通りから外れたところにある酒場だった。

 立て付けも悪く、開き扉が軋んでいて、いかにも安酒場といった様子をしている。


 あれだけ酒を飲んだというのに、まだ飲み足りないんじゃろうか。

 酒を飲み過ぎると際限がなくなるというのは良く聞く話じゃが……。


 ディルは少し時間を空けて、怪しまれないようにしてから店内へと続いていった。


 軋るドアを開けると、店内の様子が見えてくる。

 コの字型の長テーブルだけがある、カウンター席のみの酒場なようだ。

 中は薄暗く、マスターが無愛想な顔をしながら料理を作っている。


 客はシアの父を含めても三人しかいない。

 見られずにというのは不可能だと悟り、そのままシアの父から二つ離れた席へと腰掛ける。


 椅子は皮や布の敷かれていない木材をそのまま椅子型にしたような安物で、少し座っただけで座骨に痛みを感じる始末だった。


(あまり長居はしたくないのぅ)


 ディルはポリポリと炒った黒豆を食べているシアの父を見てから、適当にエールとつまみを頼んだ。


 腹も減っていたので、頼んだのは肉野菜炒め。

 料金は銀貨一枚以下であり、想像していたよりも随分安い。


 どうしてこんなにリーズナブルなのだろうと思ったが、疑問は頼んだもの出てくるとすぐに氷解した。


 ほぼ水といっていいほど薄められたエールに、クズ野菜が入っていて全体的に黒ずんでいる料理。

 出てくる質が低い分、値段も安いと言うことなのだろう。


 少し顔をしかめながら料理を平らげつつ、右へと視線をちらちら向ける。


 シアの父は薄いエールをちびちびと飲みながら、何度も大きなため息を吐いていた。


 マスターがそれに声をかけるようなこともないし、ディル以外の客が慰めるような様子もない。

 どうやら薄暗い店の雰囲気と同じく、皆あまり明るくはないようだ。


 こうして様子を見ている限り、既に先ほどよりは酔いも冷めているようだ。

 明るくないせいで細かい表情までは確認できないが、何度もため息を吐いていることから考えると、どうやら自分がやったことに思わないことがないでもないようである。


 喧嘩別れになってから、自分がやったことを後悔する。

 それは人間関係を築く上でしがちな失敗の一つだ。


 落ち込んでいるなら、まずは吐き出させるのがいいじゃろう。

 話を聞いているうちに、シアとの関係や今までのこと、そしてこれからのことも見えてくるじゃろうし。


 ディルは頑張って料理を完食してから銅貨を三枚払い、シアの父が先ほど頼んでいた炒った黒豆を頼むことにした。

 そしてマスターから皿を受け取って立ち上がり、シアの父の隣の席へと場所を変える。


「隣、いいかの?」


 周囲には空席が目立っていたが、シアの父は特に何を言うでもなく、黙って小さく頷きを返してきた。


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