追いかけるのは
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「ったく、いつから文句を垂れるようになったのか。小さな頃、おしめを付け替えてやったときの恩も忘れて……」
ブツブツと小言を呟いている老人は、ディルよりも少し年下くらいだろうか。
着ている服は、みすぼらしく、少し離れていて、日が落ち始めているというのに汚れがわかるほど汚らしい。
呂律が若干怪しいのは、酒が頭にまで回っているからだろうか。
ディルは二人に気付かれないよう、遠回りをしながら近付いていった。
酒屋の中ではなく外であったのが幸いし、人だかりができるようなことはなかった。
むしろ厄介ごとに巻き込まれぬよう、遠巻きに観察をしたり逃げ出している人の方が多い。
シアは安定した、堅実な稼ぎ方を良しとする冒険者だ。
彼女がそんな生き方を目指すようになったのは、もしかすると反面教師となる父親の背を見ていたからなのかもしれない。
どうやら彼女の父は、酒を飲み博打を打つような碌でなしらしい。
そういう手合いは今まで何度も見てきたが、幸か不幸かディルは自分の周囲にそういう人間がいた経験はなかった。
(親子仲は最悪、というわけではなさそうじゃが……借金とは、あまり良くない言葉が聞こえてきたの)
金貸しは人を見る。
返済能力や、その人間の人となり、そしてそれらと同じくらいに親族や交友関係を。
シアの父に金を貸せば、最悪シアが借金を返済してくれる。
よしんば返せなかったのなら、シア本人をもらっていけばいい。
器量が良く要領も悪くない彼女は、娼館にでも沈めればすぐに金を産む金の雛になるはずだ。
そのような考えでシアの父に金を貸す悪徳業者の姿を、ディルは容易に想像することができた。
「あと一回、あと一回出来れば勝ててたんだ。もう一回賭けられるだけの金があれば―――」
「いい加減にして! 賭博っていうのはね、イカサマでもしない限り胴元が絶対勝つようにできてるの! もう何回も説明したでしょ!? どう足掻いたって主催者側に勝てるようにはできてないのよ!」
近付くにつれ、喧噪に混じり途切れ途切れだった言葉がはっきりと聞こえてくるようになってくる。
ギャンブル……借金をしてまでやりたいと思うほど、面白いんじゃろうか。
少しだけ好奇心が湧き出てきたが、それを遠目に見えるシアの顔が打ち消してくれた。
彼女の父が娘のことを顧みなくなるほどの魔力を持った何かを、わざわざ身を破滅させてまでやりたいとは思えない。
ギャンブルというものを、ディルはほとんどしたことがない。
おまけにやった数回も、家族で遊んだときに勝った人がお菓子を独り占めするだとか、その程度のお金を賭けない軽いものだけだ。
ディルは賭場と呼ばれる賭博をするための場所があることも、そこで大きな額が毎日動いていることも知識としては知っている。
しかし彼は自分でもわかるくらい、勝負事に弱い。
感情は顔に出やすいし、大きな金を賭けられるような胆力もない。
賭博に一度行けば最後、ケツの毛までむしり取られるのは間違いないと、今まで一度として足を踏み込まぬようにしていたのである。
意識を戻し、スキルを使いながら足音を殺して行く。
二人が出てきて、言い争いをしているその右斜め後ろ、小屋の右側面の辺りで身を潜めた。
「違う! もう一回やれば勝てたんだ!」
「あっそ、じゃあもう知らない! これ以上私に面倒かけようとするなら、親子の縁切るから! これも耳にタコできるくらい言ってるけど、親子じゃなくなれば私の名義で借金をすることもできなくなるんだから!」
シアは言葉を刃のように鋭く言い放ち、そのまま走ってどこかへと消えてしまった。
彼女の言葉を聞いた父親の方は、うなだれて俯いている。
そしてこれみよがしにため息を吐いてから、胸の辺りに手をやってまさぐっていた。
だがそこに金があるはずもなく、彼はシアが走って行ったのとは逆の方、左手へと歩き始める。
喧噪が止み、周囲の人達は疎らに散っていく。
人影がバラバラに別れていく中、ディルは考える。
シアは右手へ、そしてシアの父親は左手へ向かった。
今から走って行けば、恐らくどちらに追いつくことも可能だろう。
どちらへ行くのが正解なのだろうか。
シアを慰めるのが先決か、それともシアの父に話を聞いてみるのを先にするべきか。
というかそもそもの話、他人の家のことに勝手に口を出していいものだろうか。
シアとしても、自分に父のことを知られていい気はしないじゃろう。
今までと変わらぬ関係を望むなら、何も見なかったことにしてしまうという手もある。
彼女はあくまで臨時で雇った冒険者であり、ずっと長い時間探索を続けていくというわけでもないんじゃから。
おじいちゃんは頭の中に幾つもの自分を説得する材料を思い浮かべ、そしてすぐに大きく首を振った。
彼が取った行動は―――――――。




