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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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また一つ

次回更新は、10/24です。

 一度通った道を戻っていくと簡単に言っても、ディルからするとそれは中々に難しいことだった。


 イナリの先導に従いながら、全く同じにしか見えない道を迷路のように曲がっては進み、進んでは曲がっていく。


 ディルがようやく同じ場所をぐるぐるしているわけではないと気付いたのは、転移水晶からすぐ行ったところにある最初の分かれ道へと戻ってからのことだった。


 自分達が進んだのは右の道、無論帰ってきたのもこの場所からだ。


 少し前の記憶を思い出し、どこからポイズンリザードが出るのだったかと思い出そうとする。

 数時間ほど前のことにもかかわらず、はっきりと思い出すことができない。

 なんとか脳みそを振り絞り、答えを出すことに成功するおじいちゃん。


「左じゃ……」

「真ん中だな、多分二匹だ」


「……」


 だが残念なことに、彼が出した答えは誤答であった。

 ハッと小さく笑われ、顔を赤くしながら、大人しく真ん中の道を歩き出す。


 いつ戦闘に入っても良いように、木の盾を持ちながらゆっくりと前へ進んでいく。


 数歩も歩くと、何やらただならぬ臭気が漂ってくるようになった。

 雨の日に放置してカビたパンを熟成させたような、思わず顔をしかめて鼻をつまみたくなるような不快な臭いだ。


 イナリは小さく頷いて、後ろの右手でピースサインを振って二人に見えるように動かした。

 相手が二匹というサインだ。

 ディルは盾の取っ手をさっきよりも少しだけ強く握った。


 更に前に進むと、道が徐々に広く開き始めた。

 最初は二人が横に並べばパンパンになるほどだった横幅が、三人が並んでも余裕があるくらいにまで拡がっている。


 モンスターと接敵するときは、毎回これくらい幅広になるんじゃろうか。

 それなら冒険者は皆、ポイズンリザードと戦うかどうかが道を行く途中にわかるはずじゃが……そんなことを考えながら、奇襲に備えてゆっくりと歩いていく。


 彼らの耳に、ペタペタという何かが地面を歩く音が聞こえてきた。

 足音は軽く、その後に何かを引きずるような音も混ざっている。

 恐らくは腹や尻尾が、地面に擦れている音だろう。


 イナリが一気に前へと駆け出した。

 彼女のダッシュとほとんど同じタイミングで、キシャアという、喉の奥にある鑢を擦ったかのような、耳障りな鳴き声が聞こえてくる。


 敵との距離が近付き、光に照らされることでその全身が露わになる。

 まずディルの目に入ったのは、毒々しい紫色の体色だった。


 白くなっている喉元のあたりが張っていて、そこだけ奇妙なほど膨らんで見える。

 恐らくは毒腺のある場所なのだろう。


 口を開いていて、中に並んでいる鋭利な歯が見える。

 爪は真っ白で、鉤爪状。

 肉を引っかけ、相手を引っ張ることができるようになっている。


 数は二体で、両方ともイナリの方へと駆けている。

 ディルは見切りを発動させて、急ぎ彼女の方へと駆けていった。


 イナリと二体のポイズンリザードが交差する。

 彼女は身体を軽く捻り、その反動で右の一体の頬のあたりに短剣で傷をつけた。


 右の個体は傷つけられて怒りだし、我を忘れてイナリの方へと向かっていく。


 対して比較的落ち着いていた左の個体は、ディルの接近に気付いて彼の方を向いた。


 両方の個体が、すうっと大きく息を吐くような動作をする。


 毒液を吐き出す前のモーションじゃ、冷静に盾で防ぐ。


 ディルは見切りを使用し、毒液の進路を想定して最適化した動きで盾を小さく上に上げた。 バシャリと木の盾の表面を紫色の液体が走り、ディルの鼻にツンとした刺激臭がやってきた。


 すぐに息を止め、盾を少し離してから息を吸う。

 するとポイズンリザードが、ディルの近くに迫ってくる。


 その速度は思っていたよりも早い。

 腹を這うような動きにもかかわらず、成人男性の全力疾走以上のスピードがある。


 来るのは爪による攻撃。

 盾でもらい続ければ、毒が手の側に漏れ出す可能性も考えられる。

 それならば剣で応戦、相手のモーションを確認しながら時間を稼ぐ。


 ディルは爪の一撃を剣で受け、大きく後ろに下がった。


 すると息を合わせたかのようなタイミングで、後ろから火の矢が飛んでくる。

 シアの援護射撃は、爪を振り下ろしたポイズンリザードの後頭部へと当たった。


 矢が頭に刺さるような形で、うめき声を上げながら下に押しつけられるポイズンリザード。 ディルはすぐにトドメをさそうとはせずに、少し近付いてから剣の切っ先を当てて突きを放ち、火の矢の刺さっていた場所へ的確に追撃を加えた。


 大きな声を出しながら上体をのけぞらせ、血走った目でディルの方を睨んでくる。

 そして再度、深呼吸をするような大きなモーションが入る。


 慌てず、練習した通りに毒液を防ぐ。

 二度、三度と連続で吐き出された液が飛び散らぬよう、しっかりと盾の中心部分で受けて被害を受けぬよう気を配る。


 そして爪の攻撃へ移ったところで剣で迎撃、シアの魔法と合わせて再度傷を負わせる。


 三度目の攻撃が成功したところで、ポイズンリザードの毒液の量が目に見えて減り始めた。 どうやら無限に毒腺から毒を取り出すことができるわけでもないようだ。


 毒を主体とした攻撃から爪をメインにした近距離攻撃へと移ろうとしたポイズンリザードの脳天に、短剣が突き刺さる。


 ディルは荒くなった息を整えてから、顔を上げる。

 そこには毒液が身体に飛び散っている、イナリの姿があった。

 目線を奥へと向ければ、事切れたポイズンリザードの死骸がある。


 ふぅ、と一つ大きな息を吐くおじいちゃん。

 息は音を出さない程度には静かになったが、まだ完全に元に戻ってはいない。

 どうやら盾を動かして剣も使うという二つの処理で、身体が剣一本で戦っていた時よりも疲れているようだった。


 オーガと戦っていた時と勝手は違うが、絶対に討伐不可能な相手でもなさそうじゃ。

 でもこれを続けるのは、ちょっとしんどいのぉ。


 ディルは魔物との戦闘訓練を終えて、早々に第七階層を抜けようと決めた。


 あのピラミッド状の洞穴にいるボスの存在は気になるが、この階層で戦い続けることはディルの体力的にしんどいものがある。


 いずれ戦うじゃろうが……今は先へ進むことを優先にすべきじゃな。


 そしてディルの提案をイナリも飲み、二日ほどが経過したところで第八階層への転移水晶が見つかる。


 戦闘は最低限度だったため、モンスター部屋などを発見することも、不測の事態に陥ることもなかった。

 ディルは持っていた盾を手放せることを喜びながら、第八階層へ足を踏み入れることを決めた。

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