行けるところまで
迷宮長者、という言葉がある。
迷宮には、現代の技術では再現のできない、特殊な物品が出ることがある。
少なくとも現在処方できるような薬では到底できないイナリを、治すことができる可能性があるというところからも、それは明らかだろう。
だが人を治療したり、傷つけたりする道具以外にも、迷宮から産出するお宝にはいくつもの種類がある。
鉱石が出ることもあるし、魔石を使うことで動く魔道具が出ることもある。
それらはもし価値があるものなら、金貨数百枚となるような値で売れることもある。
だからこそ、実力がある冒険者の中には、信じられないほどの大金を手に入れられる者達がいる。
うだつが上がらなかったり、自分達もいずれあそこまで上り詰めてやると考えている冒険者達は、そういった深層冒険者達のことを迷宮長者と呼ぶのである。
「おい、あれ見ろよ」
「言われなくてもわかってる。緑雷玉章だろ。あいつら一昨日、金塊を見つけたらしいぜ」
新たにシアを加え、三人パーティになったディル達が第零階層で列の消化を待っていると、前の冒険者達が何やらひそひそと話している。
どうやら彼らの前にいるパーティーの中に、迷宮長者がいるらしい。
大きさはわからないが、金塊となれば相当な金が手に入るだろう。
それだけの物を手に入れても、なお迷宮に潜ろうとするなら、きっとそれは金以外の何か、別な目的があるのだろう。
自分達もアーティファクトを狙う以上、彼らはディル達にとって、潜在的なライバルなのだ。
今はまだ水を空けられているが、すぐに追いついてみせる。
ディルは気合いを入れ直したが、並ぶ時間が長かったために、緊張の糸は少しほつれてしまった。
転移水晶には、ある特殊な裁定がある。
それは転移できる人員は、以前と同じ面子で転移をしなくてはならないというものだ。
つまり未だシアと迷宮を潜ったことがないディル達は、シアと直接第二階層へ行くことができない。
もしも無理に行こうとすると、シアとディル、イナリの間で合言葉が異なることとなり、全く別の場所へと転移されてしまう。
こういった問題を解消するため、冒険者は基本、新たなパーティーを組む場合、挑む階層よりも一段上の階層へ各々が飛び、赤い転移水晶の前で待ち合わせをするという形をとる。
ディルとイナリも特に名案が浮かんだりはしなかったので、まずはディルとイナリ・シアという二組に分かれ、第一階層の転移水晶前で待ち合わせをすることにした。
ディル達が転移した場所は、前に来たことのない、未踏破地域だった。
そのため、地図にある場所へ向かうために少し時間がかかってしまう。
なんとか転移水晶前に行くと、シアは既にディル達を待ちながら、昼ご飯の準備をしていた。
以前とは違い、転移水晶前には三パーティーの姿があった。
一応警戒しながら、ディル達は、シアのいる方へと歩いていく。
「ずいぶんとお早い到着ですな」
「転移した場所がかなりここから近かったので、運が良かっただけです」
シアはなんでもないかのような顔をして、ディルの前に一つの袋を取り出した。
そしてそれをひっくり返し、中に入っている魔石を地面へと落とす。
基本、迷宮で合流をするまでの稼ぎは、それぞれのパーティーの取り分にしていいという暗黙のルールがある。
公式ガイドの報酬は基本は前払いのガイド料だけだが、冒険者達の噂によると、どうやら魔石等をちょろまかす輩もいるらしいという話だった。
だがどうやらシアの態度を見る限り、彼女はしっかりとルールを守るつもりなようだ。
ディルは魔石をそのまま彼女に渡そうかとも思ったが、シアの気持ちを汲み、大人しく受け取ることにした。
ここにくるまでに狩った魔物の魔石を入れた袋を、イナリが取り出す。
そのパンパンに膨らんだ様子を見て、シアはまるでお化けでも見たかのような顔をした。
ほとんど表情が動かないため、少し驚いただけでも、それくらい大げさに見えるのだ。
「すごいですね。それほど時間もかかっていないのに」
「発見した敵は全て殺したからな」
迷宮に出る魔物を、何も律儀に全て狩る必要はない。
基本は体力を無為に失わないために、魔物を避けて遠回りをするのがセオリーだ。
第一階層ならばイナリの能力で、どうとでもなる。
正直お金のことだけを考えるのなら、第一階層のゴブリンとノールをひたすらに惨殺するだけでかなりの額が稼げそうだった。
「私たちの戦闘能力は高いぞ。この見てくれじゃあ、とても信じられはしないと思うがな」
「その袋を見れば、そんな事は思えませんよ」
暗に今までは弱そうだと思っていたと自白したようなものだったが、ディルは特に気にはしなかった。
年を取ると、馬鹿にされた方が色々と楽だと考えるようになるのである。
ディル達はシアに合わせ、少し早い昼ご飯を食べることにした。
ちなみに昼食は肉をパンで挟んだだけの、簡単な軽食だ。
動きが鈍くならぬよう、腹がいっぱいになるまで食べられないのがつらいところだった。
「とりあえず一週間雇うことになったわけじゃけど」
「はい」
「わしらは二十階層まで進みたい。だから、今日は行けるところまで行くつもりじゃ。わしの体力に合わせることで迷惑もかかると思うが、よろしく頼むの」
「任せて下さい。金貨一枚で雇えたのは幸運だったと、言わせてみせますよ」
「ほっほっ、期待しておくよ」
三人は昼食を終え、最低限の腹ごなしを終えてから、第二階層へと転移した。
読んでくださりありがとうございます!
【神虎からのお願い】
もしこの小説を読んで
「面白い」
「続き書いて、早く!」
と少しでも感じてくれたなら、↓の★★★★★を押してくれると、やる気が出ます!
お手数ではございますが、よろしくお願いします!




