毒手
ヌルヌルと地面を這いながら動いていく透明な魔物の中心部にある核が、黒く光を通さない刃によって貫かれる。その周囲にあったゼリー状の物体が、核が壊れ魔力が拡散することでサラサラとした液体へ変わっていく。
その様子をしっかりと眺めてから、ディルは地面にコトリと落ちた砕けかけの核を拾い上げて後ろの方を向く。
「とまぁ、こういう感じでスライムは狩るのが効率がいいんじゃ」
「どうして知ってる私にあえてその説明をするのか、正直なところ理解に苦しむんだが」
「なんていうか、こういうの一回やってみたかったのよね。教導的なあれを」
「ふぅん、そうか」
ディルは普通の冒険者ではありえないようなスピード出世を重ねてしまい今のCランク冒険者としての立場にいる。
そのため彼は本来のベテラン冒険者がやって来るような、後輩の面倒を見たりイロハを叩き込むような経験をしてはこなかった。もっといえばそういったことを教え込まれた経験もない。彼がしてきたことといえばその場の対応と自分がやりたいことに折り合いをつけることだけだったのだからそれも当然のことである。
そのためディルはなんとなく、年上の冒険者ぶりたいという欲求を持っていたのである。
今回はそれを満たすために、少しばかり先輩風を吹かしてみたのだ。
少々子供っぽくはあるが、それもまたディルというおじいちゃんの一側面である。
「確かにこの狩りの効率が良いのは事実だな。実際スライムは放っておけばいくらでも増える、狩り過ぎるということがないからな」
「本当にね。いっつも思うけどここの領主様はスライムの核を定価で買い取り続けて首が回っとるのかね?」
「そんなことを来たばかりの私が知るはずもないだろう。取ってこいと言われれば貴族の情報だろうと一つや二つ程度なら取ってこれるが?」
「いや、もうこれ以上面倒ごと抱えたくないから冗談でもそんなこと言わんでくれ」
「……っと、またスライムだ」
「それじゃあ今度はお願い」
岩の脇から湧き出てきたスライムを、今度はイナリに討伐するように促してみる。ディルの言葉に従い、彼女は素直にスライムめがけて駆け出していった。
そしてディルが買い与えたものよりも少しグレードアップしている短刀でサクッと核を穿ち、一瞬で討伐が終わる。
その速度はスキルを使用しているディルと比べてもそれほど遜色のないものである。
ディル個人的には彼女が持っているスキルと毒のことについて知っておきたかったのだが、どうやらスライム討伐程度ではその詳細について知ることはできなさそうである。
「イナリのスキルは戦闘にもしっかり応用できたりするんかの?」
「当たり前だ。肉体の損耗を度外視すればお前でも倒せると思うぞ」
「じゃあ毒は?」
「……ふむ、そうだな……」
さらっと聞いてみると、どうやらあまり感触は悪くはなさそうだった。それなら少しばかり踏み込んでも問題はなかろう。
「毒は手に入れとるのか? その辺の雑草からでも作れるみたいな」
「いや……そうだな、お前になら構わんか。私は体内で毒が作れる、私が今まで服毒して体に慣らした物に限るがな」
「毒を……作る? 体内で?」
「ああ、肉体というものは外部環境に適応していく。その原理をヤポン特有の魔法と呪いを組み合わせて強化させることでできる、一種の曲芸のようなものだな」
毒を自身の体内で作っているとは、さしものディルも考えてはいなかった。
彼としては安い専門のルートがあるだとか、身近な素材から毒を生成することが可能な裏技があるだとかいった、そういう生活の知恵的なものを想像していたのである。
(体内で毒を作る……一見荒唐無稽なようじゃが、確かにイナリの持っている毒は世間に出回っているものとは一線を隔しておる。それなら……本当に?)
体内に毒を宿す、いわばイナリ自身が毒虫のような存在になっているということだ。
元々肉体的に強靭で再生が可能な魔物と違い普通の人間に、そんなことができるものなのだろうか。
というかそんなことをデメリットなしにできてしまうのなら、今ごろジガ王国はヤポンに征服されているはずである。
となればやはり、彼女の持つその摩訶不思議な力には何らかのデメリット、あるいは代償があるに違いない。そう大人数に覚えさせることのできないような重い代償が。
そう思い至り明らかに考えこんだ様子をディルを見て、イナリは小さく笑う。
「何、心配するな。私とお前の余命がほとんど同じという……ただそれだけの話だ」
なんの気負いもなくただ平然とそう言い放つ彼女。
ディルはそれが嘘でも冗談でもないということを、その口ぶりから察してしまった。
結局それ以降、ディルの方から彼女に何かを問い質すようなことはしなかった。
二人は口数を減らしたまま、スライムの討伐を終え宿へと帰る。
今までで最大数の核を納品し狩りの効率は上昇したにもかかわらず、ディルの表情は決して明るくなかった。




