久方の
「……というわけで、今日はわし達二人で一緒に依頼を受けてみようと思うんじゃ」
「構わない、私が冒険者になってからこれほど時間が経過してからというのが遅すぎるような気はするがな」
「相変わらず手厳しいの」
「こういうのが好きなんだろ?」
「……いや、全然、本当に全然好きじゃないんじゃけど」
銀色の小鹿亭へ帰ってきてから四日目の朝、とりあえずCランク昇格試験を終えたその翌日、朝ご飯をテーブルで摂りながら二人は相も変わらずどちらが年上なのかわからないような会話をしている。
ディルとしてギアンでやらなくてはいけないことはまず一つ終わった。
次は貴族とのコネクションを作りいわゆる後ろ楯を持つことが目標となるが、それは流石に一朝一夕に進むようなことではない。無理に動こうとして嫌われるよりかは、じっとしておいた方がいいとディル個人としては考えていた。
何日もスライムを狩り続ければ、いずれはチャンスが向こうからやってくるじゃろう。
おじいちゃんは焦りすぎぬよう自分から動くことはしないよう心がけるようにしていた。
それより何より、ここ最近はあまりにも動きすぎた。少しばかり若返り腰の痛みも軽くなったおじいちゃんではあるが、やはりその身体はどこまでいっても老人そのもの。戦いから帰ってくればクタクタに疲れている動きの良いおじいちゃんでしかないのである。
イナリと一緒に行動をするようになってからというもの、ディルはしっかりと心の休まるような暇もなかった。
少しくらいまったりしても問題なかろう、お金にはそれほど困っとらんしの。それにあまり気を詰めすぎたら、動きに支障が出るようになるかもしれんし。
しばらくは今まで通り、それほど疲れないスライム狩りをして英気を養おうという判断の元、ついでにこの時間を使ってイナリとの共闘の練習をしていけば良いのではないかと考えたのである。
妙案じゃね、と自分の思い付いた考えを心の中で自画自賛するおじいちゃん。
「何を狩りに行く?」
「スライム」
「あれは一人で狩るものだろう」
「今回は効率とかそういうのは考えないということにしとこう」
「そうか」
特に否定をするでもなく黙々と食事を続けるイナリ、獣人が珍しいということもあって彼女は常にフードを被ったままである。
いずれは彼女がもっと自由に暮らせる場所に行っておきたいのうとその窮屈そうな様子を見て考える。
遠く離れた所にある迷宮都市、あるいは噂に聞いたことのある亜人達が暮らすという街々へ行くのもありかもしれん。このままイナリがわしと一緒にいるのなら、の話じゃけど。
このギアンの街にいるのは、ほとんど全員が純粋な人族である。
ジガ王国の中でも王都に比較的近いこの場所では亜人達の姿は少ない、それゆえに問題が起こるような可能性も十分に考えられる。
(……ま、イナリなら大丈夫じゃとは思うけどね)
イナリに乱暴をしようとしている相手がいたのなら、ディルは真っ先にその相手を止めようとするだろう。それほどまでに彼女の能力は驚異的だ。
気配を消す能力や純粋な戦闘能力もそうだが、彼女が凄い部分はそれだけではない。
その強い精神面、そしてどこから入手したのかもわからない見たことも聞いたこともないような毒。ディルはプロフェッショナルが醸し出す独特の覇気のようなものを、イナリから感じ取っていた。
なんやかんやで帰ってきた初日はご飯を持ってきてくれたりもするし、ただ厳しいというだけではないところも一緒に冒険者をやっていく上では高ポイントである。
奴隷とは思えない態度ではあるが、同僚と考えればその歯に衣着せぬ態度も好ましくすらある。
なんにせよイナリは金貨百枚などはした金だと感じてしまうほどの優良な人材だ、そう断言することができる。
彼女自身が自ら開陳しないために、その素性や性格は限定的にしかわからない。
「よし、それなら行くか」
「そうじゃね」
食器をアリスと厨房で料理を作っている母親へと返し、二人は宿を後にする。
今日の依頼で、またイナリのことが少しでもわかるようになるといいんじゃが。
しっかりと休息を取ったからか、それとも他の理由からか……ディルの足取りは、いつもよりずっと軽かった。




