成長
盗賊討伐を終えると、特に労いの言葉をかけるでもなく試験官のガスパが全員に試験の合格を言い渡した。特に間を取ったりされるわけでもなく淡々と
「合格だ、では残りの依頼を完遂させよう」
と言われただけなので、正直なところ達成感だとか感慨などというものもなかった。
二日目にしてしなければいけないことは終わったので、あとの五日間は純粋に護衛依頼をすることで過ごすことになった。
悪夢にうなされながら眠れぬ夜を過ごす……などということはなく、案外スッキリと睡眠することができたのは少々拍子抜けではあった。
実際の所一度覚悟を決めたからか、しっかりと討伐を行った今となってはまるで思考が切り替わったかのように冷静に考えることができるようになった。
これはスキルの力ではなく、純粋に覚悟が決まったがゆえのものだろう。
その後は特に盗賊に襲われるようなことはなく、ディルはしっかりと一週間の護衛任務を終えることができた。
そして依頼が達成されるのと同時、Cランク昇格試験の第一項目がクリアされたことになる。
とりあえず睡眠時間的には問題なかったが、やはりキツいのは馬車の中での揺れである。
戦う時はそれほど感じないのだが、一日のほとんどを馬車に揺られて過ごすのは老体には中々に酷なようで、ギルドへと戻ってきたディルは腰に手を当てながらよたよた歩きをする有り様だった。今までにも長期の馬車行はないではなかったが、今回は心労と実際に戦ってみるまでのプレッシャーのせいで体調を崩しかけていたのである。
本当ならばそのままCランク冒険者として合格してしまう予定だったのだが、無理をおす必要もなかろうとおじいちゃんはとりあえずは休みを取ることにした。
ディルは二日ほど宿でまったりして過ごしてしっかりと体調を整えながら、身体と一緒に精神面も整えていくことにした。
もう人を殺す時も、恐らく躊躇うことはないだろう。無辜の民を殺すとなればまだわからないが、少なくとも悪党を成敗する時には問題はないのは間違いない。
今回の経験でディルは戦う上で、そして冒険者として生きていく上で必要なものをしっかり掴むことができた。
これから冒険者をやっていくのなら、紛争に傭兵と参加することもあるかもしれない。暗殺者を護衛を守るために殺さなくてはいけない場面だってあるだろうし、悪人を運ぶ手間を省くために殺さねばいけないときも来るだろう。そんな時にやられる心配はもうなくなったのだ。
ディルのこれからへの憂いはなくなった。
あとに待っているのはたとえそれがどんなものであれきっと素敵なものだろうと、天井を眺め休養しているおじいちゃんには思えた。
ディルが留守にしていた一週間、そしてディルが宿の中で過ごしていた二日の間にイナリはDランクへの昇格を終えていた。
とりあえずある程度のランクはあった方が動きやすくなるのは事実なのだからとディルはとりあえず祝い代として銀貨を渡し、依頼代を全て渡そうとするイナリの申し出を全て断った。
何かが変わった訳ではなかったが、あれ以降イナリがディルに助言を口にするようなことはなかった。
恐らくディルが吹っ切れたのだと気付いたのだろう、それで何も言ってこないあたりがなんとも彼女らしい態度である。
ゆっくりと休んでから体の体調を整えて、ディルは二つ目の試験である先輩冒険者による実力試験を受けた。
新たな心持ちで試験へと挑んだおじいちゃんの動きは、二日間のブランクがあるとは思えぬほどに冴えていた。
そして剣にも少しではあるが、変化が起こった。
今まではディルがスキルに任せて振っていた太刀筋、それにほんの少し自分というものを乗せられるようになったのだ。
言葉で上手く説明しようとしても上手くできない、非常に感覚的なものではあるのだが、ディルは自分が盗賊を通してまた一歩強くなれたとそう胸を張って言えるようになった。
彼の剣からは、躊躇いと迷いが消えた。
迷いない太刀筋は実力試験の結果という形で現れた。
ディルはやってきたBランク冒険者と戦い……数合打ち合わせただけで勝利を収めることに成功した。
応援しにきてくれていたミースと観戦していたイナリに見守られながら、彼は戦いを終えた。
そしてディルはその瞬間をもって、Cランク冒険者へと昇格したのである。




