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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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初めて

 勢いで飛び出して来たものの、ディルは未だ自分がどうすればよいのかということへ答えを出せぬままでいた。

 目の前にはまだ盗賊の姿は見えない、しかし発動させているスキルは自分に身の危険が近づいているこをがはっきりと教えてくれていた。


「全員で突っ込む、それでいいな?」

「ああ」

「構いません」


 少し前に出ているギルに、ハンとディルが頷きを返した。

 走りながらディルはイナリに言われていた言葉、去り際に小さく呟かれたそれを思い出していた。


『スキルに身を任せるんだよ、そうすればとりあえずは上手くいく』



その言葉は確かに正しいだろう、ディルは言われてそうした方がきっと一番楽なのだろうということを理解してはいた。


じゃが……とそのあとに付け加えられた一言を思い出す。



「だがな、ディル。お前は絶対に逃げ癖をつけるべきではない」

「どうしてじゃね?」

「お前は弱い、本来なら戦いの中で備わっていく精神的な支柱がないからだ。そういう奴は相手にトドメをさす前に躊躇う、そして躊躇った挙げ句最後の最後には間抜けな死に方をする」


 イナリはフッと横を向いて、時たまする少し儚げな顔をする。

 まるで過去を思い出しているかのような、箱の中にしまっておいた大切なものを見て浮かべるような表情をしてからディルの方に向き直る。

 そして再度正面で向かい合った時には、既にいつもの無表情が顔を出していた。


「ここでスキルを使えば確かに問題は解決するだろう、だがそれは所詮一時しのぎでしかない。戦え、逃げるな、決して逃げるな。逃げては何も変わらない、スキルや技術に縋る頭でっかちな人間は絶対に上手くいかないんだ……絶対に」


 その顔には自分が彼女を買った時と同じ、まるで普通の少女のような何かがあった。それがディルにしか感じ取れないものだとしても、彼にとってそれは決して曖昧なものではない。

 まるで自分に言い聞かせているかのようなその口ぶりについて考えるのと、イナリが気配を消してどこかへ消えてしまったのはほとんど同時だった。

 そして答えを出せぬままディルは一人、冒険者ギルドへと向かったのだ。




 

 考えるのをストップして顔を上げると、既に盗賊の姿は老眼の彼でも見えるほどに近付いていた。

 木の上から二人が落ちていくのを見ると、試験官の仕事は確かなようだった。

 落下する彼らの頭から生えているのは、見たこともない細長い武器だった。魔法使いなのに撃墜に飛び道具を使うのは上級冒険者としての余裕というやつだろうか。

 

(……っと、また思考が飛びかけとる)


 すぐに現実逃避をして目の前の光景から目を逸らそうとする自分を叱咤しながら前へと進む。

 

「……っぁ……っ……‼」


 怒鳴り散らしている盗賊達の声は何故か耳に入ってこない。

 集中しているというよりかは、緊張しているのだろう。

 慣れないことをやる最初の一歩というものは、いつだって難しいものだ。


 ディルはスキルが発動していることを確かめた。

 相手に追い付けば一手で殺すところまでもっていけると、スキルが自分に教えてくれている。

 このままスキルに意識を没入させ、トリガーサイクロプスの足を刈り取ったあの感覚まで自分を持っていければ恐らく心を揺れ動かさないままに殺人を終えられるだろう。

 だが……と考え、ディルは黄泉還し(トータルリコール)をぎゅっと強く握った。

 盗賊の男が目の前に見える。剣を横向きに構えている、交差しながら腹部に当てれば臓器を外気に晒させることができるだろう。



 ディルは無精髭を生やした男の顔をじっと見てから……スキル任せにはせず、自らの意思でその腹部を引き裂いた。

  

 誰かの命を奪うことを、スキルなどというもの任せにはしたくなかった。

 命を終わらせるのはあくまでも自分でなければいけない、交差する瞬間にディルの脳裏はその思いで埋め尽くされた。


 背負おう、自らが殺めた命を。

 それこそがきっと、生きていくということなのだから。

 ディルが振り向いた時には、盗賊は既に虫の息だった。

 命乞いをしようとしている男の脳天に、しっかりと剣を突き刺す。


 初めて人を殺した感覚は、思ったよりも呆気なかった。

 だがきっと、あとから色々な思いがやってくることだろう。

 それをわかった上で、ディルは近場にいた男をもう一人斬り殺した。

 その死に顔は忘れぬようにしようと、ただそれだけを考えながら。

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