昇格試験
(……ハッ、いかんいかん。一瞬意識がどこかへ行っておった)
ブンブンと首を左右に振ってから、自分の変調に気付いた様子もなく話し続けているミースになんとか調子を合わせる。
適当に説明を聞いているふりをしながら、おじいちゃんはなんとか気を取り直すことに成功した。
「冒険者ランクって、そんなすぐに上がるもんなんかの?」
「それはもう、結果さえ出せばすぐにでも!!」
「良かったな、結果が出せて」
「……ホントにの」
ディルは髭をもしゃもしゃとしながら空を仰ぐ。
もちろんここはギルドの中なので、見えるのは上にある天井ばかりである。
黄昏ようにもそれができないのが、少しだけ悲しかった。
明らかに面白がっているイナリを見てから、本来自分がこの場所にやってきた理由を思い出した。
すべきことがあれば、人間案外しっかりとできるものである。
ディルはミースが説明を終えたタイミングで、後ろにいるイナリを親指で差した。
「とりあえず、この子の冒険者登録を済ませたいんじゃが」
「……はい?」
ディル以外の存在には目もくれていなかったミースが、後ろにいる少女を見た。
フードをかけているために正体はわからない、首元までしっかりと隠れているためにイナリが奴隷であることにも彼女は気付かなかった。
「あ、彼女は……?」
「一応、わしの奴隷」
「奴隷だな、私は完全にこいつの言いなりだ」
「あのね、年寄りのそういうネタは洒落にならんからね。そんなことばっかりされると適当にその辺で解放するからの」
「……なるほど」
背丈、声の調子から女だと判断するミース。
まさかこの年になって性奴隷……というのは流石にないだろう。
となれば恐らく、彼女は冒険者としてやっていくための戦闘奴隷なのだろう。
一瞬のうちに大体の事情を察するミース、ディルに侮蔑の視線を送っていないのをイナリは不服そうに見つめていた。
「で、とりあえずこの子の冒険者登録をしたいんじゃけど」
「あぁはい、わかりました」
ディルは自分が冒険者の時にされたものと同じ説明をしているミースを見て、少しだけ懐かしい気分になった。
自分が冒険者になってからまだそれほど時間が経っていないはずだというのに、何故だかそれがずいぶん前のことだったような気がする。
ふんふんと頷きながらノスタルジーを感じていると、説明が終わった。
どうやら奴隷だからといって特別扱いをしたり、なんらかの制約が課せられるようなことはないらしい。あくまでも主である自分の言うことに従っている必要はあるが、基本的には他の新人冒険者と同様の扱いを受けることになるということらしい。
「何か質問はありますか?」
「特には。おいディル、さっさと行くぞ」
「ほいほい」
「ちょ、ちょっとディルさん!! さっきの説明聞いてましたか⁉」
「……正直に言うとね、全部聞き流してた」
「ちょっともう!!」
「ほほ、スマンスマン。年取ると耳が遠くなるのよね、許してくれ」
「もう……じゃあもう一度説明しますね」
とりあえず都合が悪いことがあれば全部年のせいにしてしまうあたり、ディルはさかしらなジジイである。
だが無論ミースには純粋なディルの不注意であることはバレている。
そのあたりの呼吸というかお互いの意を汲む様子は、まだまだ健在だった。
イナリがギルドカードの仮証をもてあそんでいる間に、ディルは再度Cランク昇格試験に関しての説明を受けた。
今度はしっかり聞いていたために、すんなりと話が頭に入ってくる。
今回の昇格試験でやることは二つ。
まず一つ目は先輩冒険者との戦闘試験、これはDランクの時と同じである。
だが二つ目の試験内容は、今までにディルが一度も経験したことのない内容だった。
「……というわけで昇格試験の内容は以上です、何か質問はありますか?」
「特にはないの。少しだけ時間をおいてから受けさせてもらうことにしよう」
「はい、何かあればすぐに連絡をくれれば段取りは整えますので」
ブンブンと手を振るミースに背を向け、まだ仮証で遊んでいるイナリと一緒にギルドをあとにする。
うーんと唸りながら頬をかくおじいちゃんの眉の間には、深いシワが刻まれていた。
(盗賊退治…………とうとうわしにも、人を相手にする時が来てしもうたか)
Cランク昇格試験の項目の二つ目、それは盗賊相手の対人戦だった。
未だ人を殺したことのないディルは、はてさてどうしたものかと考えながらどこへ繋がっているのかわかっている大通りを進んでいく。
(そのあたり、一度イナリに聞いてみるのもよいかもしれんの)
ディルは考える時間を作るためにゆっくりと歩きながら、慣れ親しんだ宿へと向かい始めた。




