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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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平穏は……

 遠くに見えるのは、鉄製の重厚な門と砦。

 武骨で、暑苦しく、そして懐かしいその街は、最早安らぎすら感じさせてくれる場所だ。

 馬とそれに鞭を打つ御者、そしてその後ろで車輪を転がしながら進んでいく馬車。 

 十人ほどが乗っている馬車から、ひょっこりと二つの人影が現れる。


「ずいぶん久しぶりな気がするの」

「ここがお前のホームなのか? グスラムともティルスともあまり変わらなかった気がするが」

「そうじゃね、最初に来た街じゃから愛着があるんじゃと思う」

「そうか、まぁどうでもいいが」

「それなら聞く必要なかったじゃろ絶対……」



 ギアンの街がようやく見えて来はじめたのは、グスラムの街を出てから二週間ほどが経過してからのことだった。

 春から夏への季節の変わり目にかけて、気温は徐々に上昇していく。

 だがグスラムからギアンへかけて徐々に気温は低くなっていく位置取りになっていたために、二人が歩いている限りでは湿度の変化以外にはそれほど気温が変わったと感じることはなかった。


「まずはどこへ行く?」

「ギルドじゃね、ここでイナリの冒険者登録をしておこう」

「必要ないがな」

「まぁそう言わないで」


 ディルの半歩後ろを歩くのは、一月ほど前から彼に合流したイナリである。

 といっても実際に行動を共にするようになったのは、買い出しと贈り物を終わらせてからのことなので数日ほどのことなのだが。

 おじいちゃんは自分でもわかるほどに、お金を使うのが下手くそである。

 恐らく彼が今の持ち金である金貨五十枚を持ったまま旅をしていれば、誰に何をするわけでもなく彼の財産は半分ほどにまで目減りしてしまっていたことだろう。

 そのため彼はイナリにわざわざトカ村まで行ってから再度自分へ合流させる手間をかけてでも、イナリに御使いをさせたのだ。

 自分の駄目さ加減についてよく知っているディルは、自分としっかり向き合えるタイプのジジイなのである。


 馬車の乗車代と諸々の分を加味して金貨二枚と細かい分だけを残し、残りの金は全てイナリへと渡してしまったのである。

 彼女が猫ババをすることは首にある隷呪環のせいで不可能なために、心配はいらない。

 問題はイナリがオーダー通りに食料・知育教材・そして嗜好品を買ってきてくれたかという部分である。

 ディルは下手に感性がずれている自分が選ぶよりいっそ任せてしまったほうが効果的だろうと思い、その全てを彼女のセンスに任せることにした。

 その結果がどういう風に転んだのか、最低限しかコミュニケーションを取りたがらない彼女の表情や仕草からは窺えない。

 

(気にはなるが……万が一ということがあるしの)


 ディルがだいぶ直接的にかけた商会への脅し、その影響がどこまで出るのかは今の彼には想像もつかない。もしかしたら自分の足取りを追われトカ村にまで行かれれば、マリル達に危害が加えられるようになる可能性もゼロではない。

 だからこそ彼はトカ村に帰るという選択肢は取らないようにしたのである。

 もちろん帰りたいという気持ちはある、だがそのためにはやらねばならぬことがある。

 下手に手を出せばどうなるか、そう相手に考えさせるだけの何かを得てからでなければ安心して訪問することはできないままだ。

 考えられるのは二つ。自分が冒険者として知名度を得るか、それとも後ろに大きな後ろ楯をつけるかだ。

 とりあえず自分にはBランク相当であるトリガーサイクロプスを倒している、その影響を考えると前者の方は既に達成してしまっていると言っていい。

 なのでディルが今回ギアンに帰ってからしようと思っているのはそのもう片方、有力者との顔繋ぎである。

 スライムを同じ値段で買い取り続けてくれている領主、ウェッケナー子爵。ギアンとその周辺を治めている彼とコンタクトを取れる方法を模索しながらまた日々を過ごしていこうというのがディルの考えだった。


 結果的にイナリ持ち帰った金貨は十五枚、しばらく生活する分には困らない額である。

 これを使い潰さぬ程度に、ほどほどに行こうほどほどに。


「よし、入れ」


 乗り合い馬車が帰っていき、通用門で検問を受けてから懐かしいギアンの街へと戻るおじいちゃん。


「奴隷の冒険者だと、どういう扱いになるんじゃろうかね?」

「知るか、そんなもの。……というかずいぶん、呑気なんだな」

「へ?」


 自分がグスラムでしてきたことの重大さを理解しないまま、ディルはイナリを引き連れ冒険者ギルドへと向かう。

 すぐに見えてきた武骨な建物を見て笑みを浮かべながら、早足で駆けていくおじいちゃん。イナリも何も言わずそのスピードへついていく。

 

 歩くのを止め、ドアを開くとすぐに懐かしい顔が現れた。

 どこか遠くを見るような青い瞳が、入り口からやってきた自分を捉え、大きく見開かれる。


「ディルさんっ!!」

「やぁやぁ、久しぶりじゃのうミース」


 こちらに向けて走ってこようとするのを同僚に止められている彼女の相変わらずな元気に苦笑しながら、ディルは後ろにいるイナリの方を見た。


「それでのう、今日はこの……」

「はい、はいわかってます!! ちゃんとCランク昇格試験を受けに来たんですよね、私わかってますから!!」

「……はぇ?」

 

 さっきのミースなど比較にならぬほど目を見開き、おじいちゃんは思わず頭の中が真っ白になった。

 

 Bランクパーティーで討伐するような魔物を単独で倒す、それがどれだけスゴいことなのかをディルは全く理解していなかった。

 ギルドの側からすれば当然、そんな強者を遊ばせておく理由など存在しない。


「ほら、だから言っただろう。ずいぶんと呑気なんだな、とな」



 後ろから聞こえるイナリのバカにしたような声も耳に入ってこない。

 ディルにはもう、テンパりながらミースの話を右から左へと聞き流すことしかできなかった。

 どうやらおじいちゃんがギアンの街でゆったりと過ごせるようになるのは、まだまだ先のようである。

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